ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

議論と理解が進んでいない憲法9条改正と自衛隊~世論調査の設問によって回答に大きな差

 年明け後の世論調査結果がいくつか報じられています。目に付いた項目を書きとめておきます。

 安倍晋三内閣の支持率はおおむね微増で共通しています。それなりに高いレベルで安定しているとみてもいいように感じます。前回比で4ポイント増と、やや増加傾向が出た時事通信は記事で「民進党と希望の党が安全保障関連法をめぐる立場の違いを残したまま統一会派結成を目指す動きに出た結果、政権への期待が高まった可能性がある」との見方を示しました。

【内閣支持率】(カッコ内は前回比、Pはポイント)
・読売新聞 1月12~14日実施
  支持54%(1P増) 不支持35%(1P減)
・時事通信 1月12~15日実施
  支持46・6%(4・0P増) 不支持33・6%(2・5P減)
・共同通信 1月13、14日実施
  支持49・7%(2・5P増) 不支持36・6%(3・8P減)
・JNN(TBS系列) 1月13、14日実施
  支持54・6%(1・9P増) 不支持43・9%(1・8P減)

 憲法改正については、共同通信が安倍首相の下での憲法改正の賛否を尋ねているのに対して、反対が前回より6ポイント余り増えて過半数になっているのが目を引きます。続いての設問で、9条に自衛隊を明記する改正への賛否を問うたところ、やはり反対が過半数の52・7%で、賛成の35・3%と大きな差があります。同じ9条について、読売新聞は設問を「憲法に自衛隊の存在を明記することについて」との書き出して始めました。その結果は、三つの選択肢のうち「自衛隊の存在を憲法に明記する必要はない」は2割にとどまっています。つまり、設問の立て方によって回答結果は相当大きく変わっています。それだけまだ社会的な議論と理解が進んでいないと言ってもいいようにも思います。安倍晋三首相が意欲を燃やす憲法改正は今年、最大の政治課題に上ってきそうな気配ですが、この民意の状況はマスメディアも十分に留意する必要があると考えています。

【憲法改正】
・読売新聞
「憲法に自衛隊の存在を明記することについて、自民党は、戦力を持たないことを定めた9条2項を維持する案と、削除する案を検討しています。あなたの考えに最も近いものを選んでください。」
 9条2項を維持し、自衛隊の根拠規定を追加する 32%
 9条2項は削除し、自衛隊の目的や性格を明確にする 34%
 自衛隊の存在を憲法に明記する必要はない 22%
「国会は、憲法改正の具体案について結論を出すよう、議論を進めるべきだと思いますか、その必要はないと思いますか。」
 議論を進めるべきだ 62%
その必要はない 30%

・共同通信
「あなたは、安倍首相の下での憲法改正に賛成ですか、反対ですか。」
 賛成33・0%(3P減) 反対54・8%(6・2P増)
「安倍首相は、憲法9条に自衛隊の存在を明記する憲法改正を行う考えです。あなたは、この憲法9条改正に賛成ですか、反対ですか。」
 賛成35・3% 反対52・7%

・JNN
「あなたは、日本国憲法を改正すべきだと思いますか、それとも改正すべきでないと思いますか?」
 改正すべき 42% 改正すべきでない 43%
「安倍総理は、憲法9条について戦争放棄や戦力を持たないことなどを定めた今の条文は変えずに、新たに自衛隊の存在を明記する考えを示しています。あなたはこの考えを支持しますか、しませんか。」
 支持する 44% 支持しない 44%

【安倍首相の続投】
・共同通信
「今年9月に安倍晋三首相の自民党総裁としての2期目の任期が終わります。あなたは、安倍首相に自民党総裁選に勝利して、首相を続けてほしいと思いますか、思いませんか。」
 続けてほしい45・2% 続けてほしいと思わない47・5%

・JNN
「安倍総理は自民党総裁としては現在2期目で、任期は今年9月までです。秋には総裁選が行われる見通しですが、立候補の可能性が取りざたされている次の5人のうち誰が最も総裁にふさわしいと思いますか、一人だけ選んでください。」
 安倍晋三 32%
    石破茂  26%
    岸田文雄  8%
    河野太郎  6%
    野田聖子  8%

【自衛隊の巡航ミサイル導入】
・時事通信 ※質問不明
 賛成49・6% 反対38・3%

・共同通信
「政府は、航空自衛隊の戦闘機に射程の長い長距離巡航ミサイルを初めて導入する方針です。長距離巡航ミサイルの保有は、他国を攻撃しない専守防衛の考えに反するという指摘がありますが、政府は専守防衛の考え方に変更はないとしています。あなたは、長距離巡航ミサイルの導入に賛成ですか、反対ですか。」
 賛成41・7% 反対46・7%

「恥ずかしさを感じてもらいたい」沖縄知事の激しい怒り~事故、トラブル続発でも飛行やめない米軍機、止めない日本政府

 沖縄で先週末の連休中、米軍ヘリの不時着が相次いで起きました。6日の土曜日に、うるま市伊計島の砂浜にUH1が、次いで成人の日の祝日の8日、読谷村の廃棄物処分場の敷地内に攻撃ヘリAH1がそれぞれ不時着しました。いずれも海兵隊普天間飛行場の所属。けが人がなかったとはいえ、それぞれ住宅やリゾートホテルまで100~数百メートルだったと報じられています。沖縄では昨年10月11日、普天間飛行場所属の大型ヘリCH53が東村高江の牧草地に不時着して炎上。12月には宜野湾市の保育園にヘリの部品が落下し、小学校の校庭には操縦席の横の窓が落下しました。それ以前にも普天間所属の輸送機オスプレイが大分空港に不時着したり、豪州沖で訓練中に墜落したりしています。年が改まっても、米軍機のトラブルは収まりません。
 9日午前に行われた小野寺五典防衛相とマティス米国防長官との電話会談では、小野寺防衛相は再発防止策や点検整備の徹底などを申し入れたものの、抗議はせず、沖縄県が求める全機種の飛行中止も要求しませんでした。マティス長官も謝罪はしたものの、事故が頻発している理由は説明しなかったとのことです。
 沖縄県の翁長雄志知事は9日午前、記者団の前で、米軍と日本政府を批判しました。沖縄タイムスの電子版記事によると、「言葉を失う。日本政府も当事者能力のなさを恥ずかしく感じてもらいたい」と述べたとのことです。東京発行の新聞各紙夕刊では、1面で報じた毎日新聞が詳しく、それによると知事の発言は「日本国民である沖縄県民がこのように日常的に危険にさらされても何にも抗議もできない。当事者能力がないということについて恥ずかしさを感じてもらいたい」というものでした。何と激しい言葉かと思います。「恥ずかしさを感じてもらいたい」とは、つまりは「恥を知れ」ということです。また、琉球新報によると翁長知事は「(日本政府が)『負担軽減』『法治国家』という言葉で押し通していくことに大変な憤りを改めて感じている。日本の民主主義、地方自治が問われている。単に一機一機の不時着の問題だけではない」と述べ、沖縄の声が日米両政府に聞き入れられない構造的問題にも言及しました。
 読谷村の不時着ヘリは9日午前、自力で普天間に戻った後、午後には飛行を繰り返しました。UH1やCH53、オスプレイを含めて普天間飛行場所属の海兵隊機はこの日、通常通り訓練を展開したと、沖縄タイムスや琉球新報は伝えています。訓練続行に対して、日本政府からはアクションはありません。沖縄県民を危険にさらす状況が続いています。同じようなことは、沖縄以外の日本国内でも起こり得るのでしょうか。翁長知事が「日本国民である沖縄県民がこのように日常的に危険にさらされても何にも抗議もできない。当事者能力がないということについて恥ずかしさを感じてもらいたい」と、「恥を知れ」と激しい怒りを直接投げ掛けた先は日本政府であるとしても、沖縄以外の日本国内に、この知事の言葉は広く知られる必要があると思います。

 以下は沖縄2紙の関連記事のリンクです。

ryukyushimpo.jp

www.okinawatimes.co.jp

ryukyushimpo.jp

 2件の不時着を東京発行の新聞各紙(朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞、東京新聞)はどのような扱いで報じたか、それぞれ7日付と9日付の朝刊の主な見出しなどを書きとめておきます。

【7日付朝刊】
▼朝日
社会面3段「米軍ヘリ また不時着 沖縄の砂浜」写真・住民が撮影した不時着ヘリ(沖縄タイムス提供)、地図
▼毎日
1面3段「米軍ヘリ不時着 沖縄・伊計島」写真・不時着したヘリ(住民提供)、地図
第2社会面3段「『被害なしは偶然』/米軍ヘリ不時着 住宅まで130メートル」写真・不時着ヘリ、小型無人機で撮影(琉球新報提供)
▼読売
第2社会面3段「米軍ヘリ 砂浜に着陸 沖縄」写真・不時着したヘリ(提供写真)
▼日経
社会面2段「沖縄、米軍ヘリ不時着/伊計島の砂浜、けが人なし」
▼産経
第2社会面2段「米軍ヘリが不時着/沖縄・伊計島、けが人なし」写真・不時着ヘリ(小型無人機から、琉球新報社提供)、地図
▼東京
社会面トップ4段「沖縄で米軍ヘリ不時着/伊計島 砂浜 住宅まで100メートル」写真・不時着ヘリ(小型無人機から、琉球新報社提供)、地図/「『米に申し入れる』河野外相」
社会面3段「保育園部品落下1カ月 原因究明進まず」

【9日付朝刊】
▼朝日
1面3段「米軍ヘリまた不時着/沖縄・読谷 住宅地から300メートル」写真・住民が撮影した不時着ヘリ(沖縄タイムス提供)、地図
社会面3段「不時着『なぜこんなに』/米軍ヘリ わずか2日後、憤る沖縄」写真・伊計島のヘリは撤去
▼毎日
1面3段「米軍ヘリまた不時着/沖縄・読谷村 ホテルから数百メートル」地図
社会面4段「『沖縄の空飛ぶな』/米軍ヘリまた不時着 県民怒りの声」写真・住民が撮影した不時着ヘリ(沖縄タイムス社提供)
▼読売
第2社会面3段「米軍ヘリまた不時着/沖縄・読谷 ホテル近く けが人なし」写真・不時着したヘリ(住民撮影)
▼日経
社会面4段「米軍ヘリ また不時着/沖縄・読谷村 付近にはホテル」地図
▼産経
第2社会面3段「米軍ヘリ また不時着/沖縄・読谷村 伊計島の機体は撤去」写真・伊計島のヘリをつり上げる大型ヘリ、地図
▼東京
1面トップ4段「沖縄米軍ヘリ また不時着/読谷村 ホテルまで250メートル」写真・不時着したヘリ、地図
社会面トップ4段「続く不時着『極めて異常』/怒る沖縄 突然異音 低空飛行」※琉球新報 表・沖縄県での最近の主な米軍機トラブル
社会面3段「『北朝鮮よりも脅威』『米軍機恐怖感じる』」/2段「伊計島 不時着ヘリ撤去」写真・ヘリをつり上げる大型ヘリ

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写真:読谷村での攻撃ヘリ不時着を1面で報じた9日付の朝日、毎日、東京各紙朝刊

 

■追記1 2018年1月10日8時25分
 共同通信の出稿によると、河野太郎外相は9日午後、ハガティ駐日米大使と電話会談し、沖縄で米軍ヘリのトラブルが相次いでいることに対して抗議を申し入れたとのことです。

 

■追記2 2018年1月10日23時30分
 9日午前の翁長雄志・沖縄県知事の発言を、東京発行の各紙はどう報じたか、直接引用の部分を書きとめておきます。
・朝日
「米軍のだらしなさ。日本政府も当事者能力がないことに恥ずかしさを感じてもらいたい」=9日夕刊
・毎日
「日本国民である沖縄県民がこのように日常的に危険にさらされても何にも抗議もできない。当事者能力がないということについて恥ずかしさを感じてもらいたい」
「本当に言葉を失うほどだ。何としても悪い循環を断ち切るようにしないと、沖縄のみならず日本の民主主義や地方自治が問われている」=以上9日夕刊
・読売
「日本国民である沖縄県民が日常的に危険にさらされても抗議もできない。日本政府は当事者能力がないことに、恥ずかしさを感じてもらいたい」=9日夕刊
・日経
「本当に言葉を失う。県民が危険にさらされている」=10日付朝刊
・産経 ※夕刊発行なし
「県民が日常的に危険にさらされている。日本政府は当事者能力がなく、恥ずかしさを感じてもらいたい」=10日付朝刊
・東京
「本当に言葉を失う。(再発防止について)何一つ前に進まない」=9日夕刊

 

■追記3 2018年1月12日6時50分
 2件の不時着事故を伝える琉球新報の紙面が手元に届きました。1月7日付、8日付、9日付です。
 6日に不時着した多用途ヘリUH1の機体は8日、米軍の別のヘリがつり上げて現場から撤去、回収しました。同じ日に攻撃ヘリAH1の不時着があり、9日付の紙面はそちらの方が大きな扱いになっているのですが、このUH1の回収方法にも批判があったようです。社会面の記事によると、つり下げられた機体は、うるま市伊計島から海上を飛んで約10分後に米海軍ホワイトビーチのヘリポートに下ろされました。飛行コースは、沖縄本島と津堅島を結ぶ民間フェリー航路を突っ切っており、数分後にフェリーが通過。ヘリを目撃したフェリー乗客の「風であおられて落ちないかねと怖かった」との証言を紹介しています。フェリーの運航会社の代表も「定期船は安心・安全が第一だ。一歩間違えれば事故につながる」と憤慨。ヘリ移送の通知があったのは約1時間前のことで「ウチナーンチュが見下げられている」と批判したとのことです。在京紙の報道にはないに欠けた視点です。

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東京発行各紙の2018元日付1面と社説(備忘)

 備忘を兼ねて、今年も東京発行新聞各紙の元日付け朝刊紙面の主な記事と社説の見出しを書きとめておきます。近年は各紙とも1面トップには、1年の内外の課題を見据えた企画記事の初回を据えることが多かったのですが、今年は6紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)のうち企画は朝日と日経の2紙で、4紙はストレートニュースでした。うち毎日、読売は北朝鮮関連だったのは今年らしい特徴と言っていいように思います。

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 以下は各紙の1面の主な記事の見出しと論説、社説の見出し、リードです。

 【朝日新聞】
▼1面
・トップ「一瞬のハッピーがあれば、人はまた走れる」=企画「平成都は」第1部 時代の転機 3幸福論
・「仮想通貨長者 把握へ/国税 資産分析 税逃れ防止」
▼社説
「来たるべき民主主義 より長い時間軸の政治を」場当たり的政権運営/シルバー民主主義?/われらの子孫のため  

 現在の安倍政権になって6回目の新年を迎えた。近年まれな長期政権である。
 しかし、与えられた豊富な時間を大切に使い、政策を着実に積み上げてきただろうか。
 正味5年の在任で、例えば、社会保障と税という痛みを伴う難題に正面から取り組んだとはいえまい。持論の憲法改正も、狙いを定める条項が次々変わり、迷走してきた感が深い。
 原因の一つは、国政選挙を実に頻繁に行ったことにある。   

 

【毎日新聞】
▼1面
・トップ「『拉致解決 資金援助が条件』/北朝鮮元高官証言/『調査部門残っている』」/解説「勝手な論理許されぬ」
・「計画公表前 受注リスト/リニア談合 年度内の立件視野」
▼社説
「論始め2018 国民国家の揺らぎ 初めから同質の国はない」機軸をめぐる試行錯誤/民主主義の統合機能を 

 2018年が始まった。
 北朝鮮の核・ミサイル危機は越年し、トランプ米政権の振りかざす大国エゴも収まりそうにない。国家が人間の集合体以上の特別な意思を持って摩擦を生み続けている。
 日本にとって今年は1868年の明治維新から150年にあたる。その歩みにも、日本の国家意思と国際社会との衝突が刻まれている。
 あるべき国家像とは。自らを顧みて問いかけが必要な節目である。
 明治を特徴づけるのは、身分制を廃して国民国家を目指したことだ。ただ、人びとが自動的に「国民」になったわけではない。明治政府は国民の「まとまり」を必要とした。  

 

【読売新聞】
▼1面
・トップ「中露企業 北へ密輸網/タンカー提供 決済仲裁/国連制裁の抜け穴/石油精製品/本紙、契約文書を入手」
・「児童ポルノ7200人購入名簿/検事、警官ら 200人まず摘発」
▼社説
「緊張を安定に導く対北戦略を 眠っているカネは政策で動かせ」戦後最大の「まさか」/「キューバ」を教訓に/中国との信頼醸成図れ/国民負担議論の好機  

 70年余り続く平和と繁栄を、どう守り抜くのか。周到な戦略と、それを的確に実行する覚悟と行動力が求められる年となろう。
 北朝鮮による緊張が高まっている。広島型原爆の10倍を超える威力の核実験を行い、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した。核の小型化と弾頭の大気圏再突入の技術があれば、米本土への核攻撃能力を手にすることになる。
 冷戦後、圧倒的な軍事力を持つ米国は、ロシアや中国との「核の均衡」を維持しつつ、世界の安全保障を主導してきた。米国を敵視する北朝鮮は、自国の独裁体制維持を目的に、安定した国際秩序を崩そうとしている。  

 

【日経新聞】
▼1面
・トップ「溶けゆく境界 もう戻れない/デジタルの翼、個を放つ」=企画「パンゲアの扉 つながる世界」1
・「銀行間振込 夜も休日も/全銀協、10月から即時決済」
・「電子攻撃機の導入検討/政府 電磁波で通信網無力化」
▼社説
「順風の年こそ難題を片付けよう」財政・社会保障の姿を/雇用改革も待ったなし 

 新年を迎え、目標に向けて決意を新たにした方も多いだろう。2018年をどんな年にしたら良いのか。政府と企業の課題を考えてみよう。
 「世界経済は2010年以来なかったような、予想を大きく上回る拡大を続けている」。米ゴールドマン・サックスは18年の世界経済の実質成長率が17年の3.7%から4.0%に高まるとみている。地政学リスクなどあるが、久しぶりの順風である。 

 

【産経新聞】
▼1面
・トップ「中国、2030年までに空母4隻/原子力検討、アジア軍事バランス変化/米と覇権争い 主戦場は南シナ海」
・「自衛隊で『わが国存立』/改憲、自民が複数条文案」
▼論説
・1面「年のはじめに 繁栄守る道を自ら進もう」石井聡論説委員長 

 異例の新年である。「戦後最大の危機」を抱えたまま、幸運にもこの日を無事に迎えることができた。
 朝鮮半島をめぐる緊張がさらに高まる場面も訪れるだろう。平和への願いは尊い。だが、祈りだけで国や国民を守るのは難しい。正月とはいえ、そうした状況に日本が置かれていることを忘れてはなるまい。
 極東に浮かぶ島国が世界の荒波にこぎ出した明治維新から、150年という大きな節目に当たる。
 当時の列強の組み合わせとは異なるものの、日本を押さえ込み、攻め入ろうとする国が出現している。
 世界経済に目を向けると、座標軸はめまぐるしく変化している。少子高齢化を切り抜けるため、有効な手立てが見つかったわけでもない。
 難局を乗り越えて生存していくには、国も個人も自ら針路を決めなければならない。その選択をためらっている暇はあまりない。 

 

【東京新聞】
▼1面
・トップ「福島除染『手抜き』/汚染土詰めた二重袋 内袋を閉めず/1000袋発見 不正横行か/雨水入り、漏れる恐れ」
・「改憲 今年中の発議目指す/2019年春までの国民投票想定/自民方針」
▼社説
「年のはじめに考える 明治150年と民主主義」明治憲法つくった伊藤/民衆の側から見る歴史/広場の声とずれる政治 

 明治百五十年といいます。明治維新はさまざまなものをもたらしましたが、その最大のものの一つは民主主義ではなかったか。振り返ってみましょう。

 日本の民主主義のはじまりというと、思い出す一文があります。小説・評論家で欧州暮らしの長かった堀田善衛氏の「広場と明治憲法」と題した随想です(ちくま文庫「日々の過ぎ方」所収)。 

  

 紙面づくりで目を引いたのは産経新聞です。
 2面と3面には見開きで朝鮮半島有事のシミュレーションを掲載。「米の北攻撃 3月18日以降」「予備役招集 開戦シグナル」の見出しはインパクトがあります。
 7面では「BPO 中立性に疑義」「委員リベラル寄り『国民不在』」の見出しで、放送倫理・番組向上機構(BPO)を真っ向から批判。まずやり玉に挙げたのは、沖縄の米軍基地反対運動を批判した東京MXテレビの番組「ニュース女子」について「重大な放送倫理違反があった」とした意見書。「一部の政治活動に“お墨付き”を与える存在」との評論家潮匡人氏のコメントを紹介し、意見書についての民放労連の委員長談話も「反対運動批判を封じにかかった」と批判的に評しています。
 8面と9面は「新春2018年 首相と語る」。安倍晋三首相と女性4人の座談会です。4人はジャーナリスト櫻井よしこ、気象予報士・女優の半井小絵、「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員長の肩書を持つ「沖縄・政治活動家」の我那覇真子の各氏と田北真樹子記者。女性4人は田北記者も含めていずれも着物姿、安倍晋三首相はスーツ。場所は首相公邸。見出しを拾うと「日本の立ち位置は強力」「タブーに挑み 国民守る」「自衛隊論争に終止符を」「拉致被害者 帰国見たい」「安保環境 非常に厳しい」「印象操作の沖縄地元紙」「安保法 対北で不可欠」となっています。
 13面の国際特集は「粛清・洗脳…2018年正恩政権の行方」で、「Q 反乱の可能性は/エリート層使い統制」「Q 経済制裁 影響は/穀倉地帯で餓死恐れ」「Q 地方住民 生活は/楽しみは韓流ドラマ」の記事3本と図解で構成。北朝鮮社会の実情に詳しいアジアプレスの石丸次郎氏の話を紹介するなど、深い内容も盛り込まれています。
 1面トップの中国の軍拡記事も含めて、全体として中国、北朝鮮が安全保障上の脅威であることをリポートしつつ、それに対応しようとする安倍晋三政権の政策を評価するトーンが貫かれていると感じました。

進む「軍拡」、「敵」は北朝鮮、政府批判は「反日」~ジャーナリズムの使命は戦争させないこと

 2018年になりました。うっすらと不安を感じながら迎えた年明けです。

 昨年、「米国第一」を掲げて登場したトランプ米政権は、やはり何をしでかすか予測が付きません。北東アジア情勢では、核・ミサイル開発をやめようとしない北朝鮮に対して、軍事攻撃に踏み切る可能性がマスメディアでも取り沙汰されています。

 そうした中で昨年、日本で顕著になったことの一つは「軍拡」です。年の瀬、海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」を空母に改造することを防衛省が検討しているとのニュースがマスメディアを駆け巡りました。メディアによって内容に若干の差異はありましたが、要は政府が「空母ではない」と言い張っている「いずも」を改造し、米国製の最新鋭ステルス戦闘機F35Bを運用できるようにするということです。ほかにも陸上配備型迎撃システム「イージス・アショア」は国会での論戦もなく、閣議決定だけで導入が決まりました。巡航ミサイルも防衛省の言い値で予算化されました。2018年度の防衛費は6年連続増で過去最大です。

 今や安倍晋三政権は軍拡路線をひた走っています。しかし、空母を例にとってみても、そんな米軍並みの攻撃型兵器は「専守防衛」の自衛隊には配備できません。だから各メディアとも、これまでの日本政府の憲法9条の解釈との整合性を問題視しているのですが、国民の目の届かないところでまず兵器の導入が決まり、9条との整合性は後回しになっているのが実情です。そこに憲法遵守の姿勢は見られません。それでも「軍拡反対」の民意の大きなうねりが生じるわけではないのは、やはり「北朝鮮の脅威」のゆえなのでしょう。

  北朝鮮の弾道ミサイル発射実験を巡っては昨年、ミサイルが8月29日と9月15日の2回、日本列島を越えて宇宙空間を飛行した際に、日本政府はそれぞれ全国瞬時警報システム(Jアラート)で「国民保護情報」を発出して避難を呼びかけました。このJアラート発報とその報道に対しては、このブログの昨年9月17日の記事に書いた通り、危機の実相に見合ったものではなかったとわたしは考えています。

 ※参考過去記事:「危機の実相に報道は見合っているか~『ミサイル再び日本越え』は有事ではないし、災害と同列ではない」

news-worker.hatenablog.com

 しかし日本の社会では、このJアラートによって、北朝鮮の標的になっていることが強調され、そうとはっきりとは日本政府が言わずとも、北朝鮮を「敵」と考える雰囲気が広がっているように思えます。全国各地でミサイルを想定した避難訓練も続いており、「何もやらないよりは、万が一の時に被害を軽減できるかも」との心理で、知らず知らずのうちに「危機」を受け入れ、順応する人が増えつつあるようにも感じます。そうした状況をひっくるめて、「危機」は作為的に演出されている一面があるように私には思えます。

 軍事面では、より直接的に北朝鮮を「敵」ととらえた行動が顕著です。海上自衛隊は、米国の原子力空母と日本海で共同訓練を何度か実施しました。航空自衛隊も米空軍の戦略爆撃機と日本近海上で共同演習を繰り返しています。これはひとたび有事となれば、北朝鮮を攻撃する米軍を日本は支援することを示した北朝鮮へのメッセージであり、米軍と一体となった北朝鮮への軍事的な威嚇です。日本のマスメディアは、北朝鮮に対する「圧力」や「警告」と表現していますが、言い方はどうであれ、日本国憲法が国際紛争を解決する手段として放棄しているのは戦争だけではなく、武力による威嚇、武力の行使も含まれます。ここでも憲法遵守の姿勢は希薄です。

※参考過去記事:「トランプ米大統領の「威嚇」と日本、憲法9条~思い起こすゲーリングの警句」

news-worker.hatenablog.com

 ここで思い出すのは、ナチスドイツの大立者だったヘルマン・ゲーリングがドイツ敗戦後、米軍に拘束されていた間に残した言葉です。上記の昨年11月12日の記事を始め、このブログで何度か紹介しました。国民はだれも戦争を望まないが、政治指導者が国民を戦争に駆り立てるのは簡単なことだ、我々は攻撃されかかっているとあおり、平和主義者のことは愛国心が欠けている、と言えばよい、これはどんな国にも当てはまる―。

 このブログで初めてこの言葉を紹介したのはちょうど2年前、2016年の元日にアップした記事でした。

※参考過去記事:「ヘルマン・ゲーリングの言葉と伊丹万作の警句『だまされることの罪』〜今年1年、希望を見失わないために」

news-worker.hatenablog.com

 2年前は、さすがに安倍政権も日本が他国から攻撃されかかっているとまでは言っていませんでした。しかし今はまさに、北朝鮮を「国難」と呼び、ミサイルからの避難訓練を繰り返しています。一方で、敵基地を先制して攻撃することにも使える巡航ミサイルやF35B戦闘機、空母などの攻撃型の兵器の導入を図り、武力には武力で対抗する軍拡の道を歩んでいます。まさに日本は北朝鮮から攻撃されかかっている、あるいはすぐにでもそうなる可能性がある、との雰囲気が醸し出されつつある、というのは考え過ぎでしょうか。

 「平和主義者には愛国心が欠けている」とのレッテル張りは、もう既にわたしたちの社会で始まっていることのように思えます。沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設を巡り、現地で反対、抗議活動をする人たちには、激しい誹謗中傷が加えられています。中国や韓国との歴史問題でも「自虐史観」などの用語で批判が加えられ、近年ではより直接的に「反日」という言葉も、主に安倍晋三政権を批判する人たちや組織に対して用いられるようになっています。

 「軍事」を「国防」「防衛」と言い換えながら、無理を重ねて軍拡を続けていけばどうなるかは、73年前にわたしたちの社会は経験済みのはずでした。わたしはマスメディアのジャーナリズムを職業として選び取って、まもなく35年になります。この間、マスメディアの労働組合運動に一時期、身を置く中で、かつて日本の新聞が戦争遂行に加担した歴史を学び、その中から、ジャーナリズムの使命は第一に戦争を防ぐこと、起きてしまった戦争は一刻も早く終わらせることにあるとの確信を持つに至りました。それこそが、ジャーナリズムに職業として関わる者の責任であり、矜持であると考えています。その意味で、ゲーリングの言葉が現実のことになりつつあるように思える現在の日本社会で、戦争を起こさせないためにジャーナリズムが負っている責任は極めて重いのだと自覚しています。

 2年前のブログ記事では、戦前の映画監督、脚本家で、俳優、映画監督の伊丹十三の父、伊丹万作の警句についても紹介しました。伊丹万作は1946年に発表した「戦争責任者の問題」で、戦争はだます者だけでは起こすことができず、だまされる者がいることで起こると説き、こと戦争については「だまされていた」ということで何ら責任を免れるものではない、むしろ、だまされることは罪であると看破していました。

 これは2年前にも書いたことですが、仮にゲーリングが言うように国民があおられ、平和主義者が誹謗中傷を受けるとしても、「だまされることの罪」を社会の側が自覚しているならば、戦争への道は決してゲーリングの言うように「どこの国でも有効」とはならないのではないか、そう言う意味で、希望は失わずに済むのではないかと思います。

 幸いなことにわたしは、同じように多くの人たちが戦争に反対していることを知っています。決して絶望することなく、マスメディアの組織ジャーナリズムの一角で働く一人として、自分の立場でできることを悔いの残らないように一つずつやっていく1年にしたいと思います。

 本年も、よろしくお願いいたします。

 

※参考 

 ゲーリングの言葉について、日本で入手可能な確実な出典を探して手にしたのは、ジョセフ・E・パーシコ(Joseph.E.Persico)というアメリカの伝記作家の「ニュルンベルク軍事裁判」上・下(白幡憲之訳、2003年原書房刊)という本でした。その下巻の171ページに、以下のくだりがあります。 

 「もちろん、国民は戦争を望みませんよ」ゲーリングが言った。「運がよくてもせいぜい無傷で帰ってくるぐらいしかない戦争に、貧しい農民が命を懸けようなんて思うはずがありません。一般国民は戦争を望みません。ソ連でも、イギリスでも、アメリカでも、そしてその点ではドイツでも、同じことです。政策を決めるのはその国の指導者です。……そして国民はつねに、その指導者のいいなりになるよう仕向けられます。国民にむかって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。このやり方はどんな国でも有効ですよ」  

  

ニュルンベルク軍事裁判〈上〉

ニュルンベルク軍事裁判〈上〉

  • 作者: ジョゼフ・E.パーシコ,Joseph E. Persico,白幡憲之
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2003/06/01
  • メディア: 単行本
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ニュルンベルク軍事裁判〈下〉

ニュルンベルク軍事裁判〈下〉

 

 

 「戦争責任者の問題」は著作権保護期間を過ぎた作品を集めたネット上の図書館「青空文庫」に収録されていて、だれでも自由にアクセスできます。全文で7000字ほどです。
  ※伊丹万作「戦争責任者の問題」
  http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html 

「あってはならない」基地被害が続く沖縄~被害者を疑い誹謗中傷するグロテスクな光景 ※追記:原因「人的ミス」、米ヘリ飛行再開を日本政府容認

 沖縄県宜野湾市で12月13日午前、米軍普天間飛行場に隣接する市立普天間第二小学校の校庭に、米海兵隊の大型ヘリCH53Eから操縦席横の窓が枠ごと落下しました。当時、校庭では児童が体育の授業中でした。窓枠はおおむね90センチ四方で重さ7・7キロ。はねた小石が当たって児童1人がけがをしたと伝えられています。落下場所がどこか別の所なら許されるというわけではないのですが、授業中の小学校の校庭に軍用機が部品を落とすとは、沖縄県外の日本本土に住む誰であれ、わが身とわが地域に置き替えて考えてみれば、沖縄の人々が受けている基地被害の深刻さ、苛烈さが分かるはずです。菅義偉官房長官も小野寺五典防衛相も、記者会見や記者団のぶら下がり取材に、口をそろえるように「あってはならないこと」と述べたと報じられました。「あってはならない」ことが起こってしまったというのに、そして基地による住民被害は変わらず続いているというのに、それでも「あってはならない」などと口にしてしまうのは、単に危機感を演出しようとしているだけということを問わず語りに語ってしまったようにしか、私には思えません。あるいは、ほかに言葉が思いつかないくらいに国語力が乏しいということでしょうか。

 東京発行の新聞各紙の初報は13日の夕刊でした。朝日新聞、毎日新聞、東京新聞は1面トップなのに対し、読売新聞は1面の3番手、日経新聞は社会面トップ。産経新聞は東京では夕刊を発行していません。経済紙の日経はともかくとして、朝日、毎日、東京の3紙と読売の扱いの差は、普天間飛行場の辺野古移設問題を含めて沖縄の基地集中の問題の報道ではいつも通りのことです。朝日、毎日、東京は1面にそろって沖縄タイムス提供の写真やヘリの資料写真、普天間飛行場周辺の地図なども併用しました。

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 翌14日付の朝刊では、四国電力伊方原発3号機を巡り、広島高裁(野々上友之裁判長)が運転を差し止める決定を出したという歴史的なニュースがあり、朝日、毎日、読売、東京の4紙が1面トップでしたが、朝日、毎日、東京の3紙は沖縄のヘリ窓落下の続報を2番手の準トップに置き、総合面や社会面にも関連記事を載せて詳しく報じました。読売の続報は、本記が社会面準トップで政治面に関連記事、この朝刊が初報となる産経は本記が2面、政治面と社会面に関連記事が載りました。新聞はニュースの格付けに意義があるメディアです。ここでもやはり、朝日、毎日、東京と読売、産経とでニュースバリュー判断は2極化しています。

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 今回の窓落下で、住民の生活の場と隣り合う普天間飛行場の危険性があらためてクローズアップされました。わたしが危惧するのは、そのことをもって、「だから辺野古への移設を急がねばならない」との言説が勢いを増すことです。普天間飛行場の危険の除去ということだけを見るなら、それも合理的なように思えるかもしれませんが、日本全体の安全保障という観点に立ち、なおかつ沖縄の現代史を踏まえるなら、地域に大きな痛み、犠牲を強いる基地負担を、地域の反対にもかかわらず沖縄に押し付けることのいびつさに目を向け、沖縄だけにそういうやり方が許されると考えることの恥ずかしさに気付くべくだろうと思います。ほかに受け入れる地域がないから沖縄に、という日本政府の政策は、かつて民主党に政権が映っても最終的には変わらなかったのですが、それでも日本が民主主義国ならば、選挙を通じて政策を変えさせることが可能なはずです。しかし現実にはそうなっていない以上、沖縄県外の日本本土の日本国民は、日本国の主権者としてだれも等しく、沖縄に苦痛と犠牲を強いている責任を問われる立場だろうと思います。もちろん、わたし自身もです。

 宜野湾市では窓落下の前の12月7日、普天間飛行場から約300メートルの保育園の屋根に、円筒形の物体が落ちているのが見つかりました。米軍ヘリが上空を通過し、直後にドーンという音を職員や園児が聞いていました。屋根にへこみも見つかりました。物体は米軍のCH53Eヘリのものであることを米軍も認めましたが、ヘリからの落下は否定したと報じられています。飛行前に取り外す部品であり、数はそろっているというのです。

 このトラブルに関連して伝えられたニュースにとても残念な気がしています。米軍が落下を否定していると8日に報じられて以降、保育園には「自作自演だろう」「うそをつくな」などの電話やメールが連日、届いているとのことです。

 ※共同通信「沖縄の保育園に中傷メール ヘリ落下物は『自作自演』」=2017年12月12日

 https://this.kiji.is/313215116650775649?c=39546741839462401

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)近くの「緑ケ丘保育園」の屋根に円筒状の物体が落下したトラブルで、米軍ヘリから落ちたと主張する園に対し「自作自演だろう」といった誹謗中傷の電話やメールが計数十件寄せられていたことが12日、分かった。神谷武宏園長が明らかにした。

 園長によると、米軍がヘリからの落下を否定した8日以降、「うそをつくな」などの電話やメールがあったという。園長らはこれに先立つ7日に「米軍ヘリが上空を通過後に『ドン』という音がした」と証言していた。

 園の保護者らは12日にトラブルの原因究明や園上空での米軍ヘリ飛行禁止を求める嘆願書を県などに手渡した。

   ※朝日新聞「米軍ヘリ部品発見の保育園、中傷メール・電話が相次ぐ」=2017年12月16日

 http://www.asahi.com/articles/ASKDH5DS6KDHTIPE01X.html 

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)から約300メートルの場所にある緑ケ丘保育園には連日、なじるようなメールや電話が舞い込んでくる。「自分たちでやったんだろう」「教育者として恥ずかしくないのか」……。

 7日午前、大きな音が響き、屋根の上で見慣れない物体が見つかった。円筒形で高さ9・5センチ、重さは213グラム。米軍は翌日、大型ヘリCH53Eの部品だと認めた。一方で米軍は「飛行する機体から落下した可能性は低い」とした。メールや電話はそれから相次ぐようになった。

 多くは「自作自演だ」など園側を疑い、中傷していた。ウェブにも同様の臆測が流れた。嫌がらせのメールをはじく設定にしたが、それでも1日4~5通のメールが毎日届き、電話もしばしばかかってきて相手は名乗らない。

 部品が見つかった屋根にはへこんだ痕跡があり、宜野湾署も確認している。職員や園児が「ドーン」という衝撃音も聞いている。神谷武宏園長は「じゃあ、部品はどこから来たんですか。私たちじゃなく、米軍の管理の問題でしょう」。

 「そんなところに保育園があるのが悪い」。そんな電話もある。園長はこう反論している。「基地より先に、住民がいた。園だって生活に必要だから、先人たちが建てたんです」 

 電話やメールを発する人たちは義憤に駆られてのことなのかもしれません。しかし、一般論としても、被害を訴えている同胞がおり、なお真相は明らかになっていないのに、駐留外国軍は無条件で信用できると言わんばかりに同胞を非難するというのは、わたしの目にはグロテスクな光景に映ります。

 やはり、せめて太平洋戦争末期の沖縄戦や、日本の敗戦以降の米統治を踏まえた沖縄の現代史が広く日本の社会で、知識として共有されることが必要だと感じます。それはマスメディアの大きな課題の一つであることも痛感します。

 

 13日のヘリの窓落下を報じる14日付の琉球新報の紙面が手元に届いています。最終面は写真特集です。沖縄でこの出来事がどのように受け止められているかを少しでも知るよすがになれば、と思います。写真は順に1面と最終面、総合面(2、3面)、社会面です。

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 社説は「普天間飛行場の即閉鎖を」と主張しています。

 ※琉球新報 社説「米軍ヘリ窓落下 普天間飛行場の即閉鎖を」=2017年12月14日

 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-630559.html  

 これほどの重大事態にもかかわらず、政府は同型機の飛行停止ではなく、飛行自粛を求めただけだ。あまりにも弱腰すぎる。全ての訓練の即時中止を求める。

 事故を受け菅義偉官房長官は「(事故は)あってはならない」と発言した。「あってはならない」事故が引き起こされるのは、沖縄に米軍基地が集中しているからである。県民の命を守るためには、海兵隊の撤退しかない。 

 

【追記】2017年12月19日8時30分

 米軍側は18日に、事故原因を人的ミスと発表しました。ヘリの機体の構造的な欠陥はないとして、19日以降に同型機の飛行を再開します。日本政府もこれを容認しました。米軍は今後、普天間飛行場を離着陸する全米軍機の搭乗員に対し、宜野湾市内全ての学校上空の飛行を「最大限可能な限り避けるよう指示」したとのことですが、いつものことながら「最大限可能な限り」の留保が付いています。実際は、ヘリがまた学校上空を飛行しても米軍は「必要があった」と言うだけでしょう。日本政府が自国民を守るためにできるのは、ここまでのようです。 

※共同通信「政府、米軍ヘリ飛行容認 近く再開、沖縄の反発必至」=2017年12月18日 
 https://this.kiji.is/315415487327503457?c=39546741839462401 

 防衛省は18日、沖縄県宜野湾市の市立普天間第二小に米軍のCH53E大型輸送ヘリコプター操縦席窓が落下した事故を巡り、同型機の飛行再開を容認する方針を発表した。米軍から事故原因に関し「人的ミスと結論付けられた。窓のレバーが緊急脱出の位置に動かされたことで離脱した。事故は当該機固有の問題だ」と説明を受けたと明らかにした。政府関係者によると、米軍は19日以降に飛行を再開する見込みで、沖縄県側がさらに反発を強めるのは必至だ。
 在日米海兵隊は18日の声明で「安全な飛行のための全機の包括的な点検を行った」などとして、同型機の飛行再開の準備が整ったとの認識を示した。 

※琉球新報「CH53飛行再開へ きょうにも、政府容認 米軍「学校 最大限回避」 普天間第二小・ヘリ窓落下」=2017年12月19日

ryukyushimpo.jp

 この窓落下事故でも、普天間第2小学校に誹謗中傷の電話が相次いでいるとのことです。沖縄の現代史の中での基地の成り立ちへの無知、無理解ゆえだと思うのですが、マスメディアはこうした無知、無理解あるいは誤解に対して、一つひとつ、ことあるごとに、誤りを指摘していくべきだろうと思います。

 以下は沖縄タイムス、琉球新報の19日付社説を紹介しておきます。

▽沖縄タイムス「[米軍ヘリ飛行再開へ]負担の強要 もはや限界」
 http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/185362 

 普天間飛行場は、住民の安全への考慮を欠いた欠陥飛行場である。普天間飛行場の辺野古移設は「高機能の新基地を確保するために危険性除去を遅らせる」もので、負担軽減とは言えない。
 一日も早い危険性の除去を実現するためには、安倍晋三首相が仲井真弘多前知事に約束した「5年以内の運用停止」を図る以外にない。期限は2019年2月。
 そこに向かって、不退転の決意で大きなうねりをつくり出し、目に見える形で県民の強い意思を示す必要がある。命と尊厳を守るために。 

▽琉球新報「CH53E飛行再開へ 米本国では許されない」
 https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-633426.html 

 海兵隊は普天間第二小学校の喜屋武悦子校長に安全点検と搭乗員に対する教育を徹底できたとの認識を表明。最大限、学校上空を飛ばないようにすると米軍内で確認したことを伝えた。これに対し「最大限の確認では納得できない」と喜屋武校長が述べたのは当然だ。飛行禁止にすべきだ。
 結局、防衛省は飛行再開のために必要な措置が取られたとして、飛行再開の容認を決めた。県民にきちんと説明しないまま、米軍の言いなりである。これでは米軍の代行機関ではないか。
 この1年間、米軍機の事故が頻発している。その都度日本政府は、米軍の飛行再開を容認してきた。翁長雄志知事が指摘するように「当事者能力がない」。 

 

追悼 原寿雄さん~市民と足並みをそろえるジャーナリズムへ

 悲しい知らせに接しました。元共同通信編集主幹のジャーナリスト、原寿雄さんが11月30日、死去されました。92歳でした。以下は共同通信の新聞用の配信記事です。 

 「デスク日記」や「ジャーナリズムの思想」の著者で、報道の在り方を問い続けた元共同通信社編集主幹のジャーナリスト、原寿雄氏が11月30日午後6時5分、胸部大動脈瘤(りゅう)破裂のため神奈川県藤沢市の病院で死去した。92歳。神奈川県出身。葬儀・告別式は親族のみで行った。喪主は妻侃子(よしこ)さん。
 東大を卒業。1949年に社団法人共同通信社に入り、社会部次長、バンコク支局長、外信部長、編集局長、専務理事、株式会社共同通信社社長を歴任。新聞労連副委員長や神奈川県公文書公開審査会会長、民放とNHKでつくる「放送と青少年に関する委員会」委員長なども務めた。
 57年、「菅生事件」取材班の一員として、大分県で交番を爆破し共産党の犯行に見せかけた警官を捜し出して報道。社会部次長の時、60年代のマスメディアを巡る状況を記録した「デスク日記」(全5巻)を小和田次郎の筆名で出版した。
 その後も、官庁や企業の提供情報に依存した報道を「発表ジャーナリズム」と呼び批判するなど、メディアに警鐘を鳴らした。他の著書に「新聞記者」「ジャーナリズムに生きて」、共著に「日本の裁判」「総括安保報道」など。 

 マスメディアの組織ジャーナリズムと、新聞労連という労働組合運動の双方で、私にとっては大先輩に当たる方でした。私が新聞労連の委員長だった時に、議長を兼ねていた日本マスコミ文化情報労組会議(略称MIC)の関連の集会で、基調講演とパネルディスカッション出席をお願いしたのが、最初に親しくお話をさせていただいた機会だったと思います。2005年の春のことでした。以来、勉強会や学習集会などで何度も謦咳に接することができ、その都度、様々なことを学び、また様々なことに気づかされました。そして原さんの話を聞いた後はいつも「頑張らなければ」と気持ちが上向きになりました。叱咤と共に、励ましをいただいたと、私自身は思っていました。
 原さんのことは、「小和田次郎」の筆名で「デスク日記」を書いていたころの社会部デスク時代や、編集局長や編集主幹といった組織ジャーナリズムの編集責任者としての側面は、世代の違いもあって実は私はよく知りません。それ以降の、この12年余のことになりますが、原さんから教えをいただき、今も胸に刻んでいることをいくつか書きとめておきます。

 ▽絶望するな、悲観するな
 一つは、絶望するな、悲観ばかりするな、ということです。2005年当時、自衛隊が戦火やまぬイラクに派遣されていました。自民党がまとめた憲法改正案では、9条を改悪し、軍隊である自衛軍を保持することが明記されていました。非正規雇用が増大し「格差社会」「ワーキング・プア」という言葉が生まれたのもその時期です。ご存命だった加藤周一さん(だったと記憶しています)が「今の社会の雰囲気は1930年代に似ている。表面上は分からないが、少しずつ何かが変わっている。例えば書店に並ぶ書籍の表紙が。そうやって少しずつ戦争に近付いていく」というような趣旨のことを話していました。そんな中で私は、マスメディアの労働組合運動に身を置きながら、日々、重苦しさを感じていました。
 そんな中で、原さんからお聞きしたのが、絶望するな、悲観ばかりするな、ということでした。MIC関連の集会での基調講演でした。確かに危うい時代だ。新聞が戦争反対を言わなくなった1931年の満州事変の少し前に似てきた。ジャーナリズムを取り巻く状況は厳しい。だが、民意はどうだ。決して9条を変えることを望んではいないし、戦争も望んでいない。世論調査の結果を分析すれば分かる。メディア規制の動きはあっても、メディアへは不信もあるが期待もあるということも読み取れる。ジャーナリズムは市民と足並みをそろえて、権力に対抗していくことができる、というような趣旨でした。目が覚める思いがしました。また、別の場だったかもしれませんが、やはりよく覚えていることがあります。「今はまだ幸いに『表現の自由』があるじゃないか。今ある表現の自由を行使することがまず必要じゃないのか。そうでなければ、本当に表現の自由は奪われてしまう」。マスメディアにとっても、またマスメディアの労働組合運動にとっても、つまり当時の私にとっては二重の意味で、「表現の自由」を守ることはほかならぬ私たちが大きな責任を負っているのだ、ということに気付かされました。
 このブログではたびたび、マスメディアが実施する世論調査の結果を紹介し、時には私なりの考察も加えています。それは元をたどれば上記の原さんの指摘によります。民意が何を考え、求めているのかは、いつも念頭に置いて、社会に向き合っていきたいと考えています。

 ▽「我が国ジャーナリズム」に陥るな~「ペンか、パンか」の問題
 二つ目は、ジャーナリズムは「我が国」とか「国益」などの意識から離れよ、ということです。偏狭なナショナリズムに陥るな、と言ってもいいと思います。そうした意識は排他的なものの考え方と結びつき、社会を戦争に駆り立てるものだからです。このことは原さんから何度もお聞きしましたし、著書やお書きになった文章でも必ずと言ってもいいほど触れていたのではないかと思います。原さんの考えの根底にあるのは、1931年の満州事変を境に、戦争に反対しなくなった戦前の新聞だと思います。「我が国ジャーナリズム」では戦争に反対できない、ということもおっしゃっていました。
 記事では「我が国」と書かずとも「日本」と書けば十分です。政治家の発言の直接引用などは別として、この点は私も実務の上で、先輩たちからそう教育を受け、また後輩たちにもそう指導してきました。「我が国ジャーナリズム」では戦争に反対できない、という意味づけはとてもクリアです。
 これに関連すると思うのですが、原さんは新聞が反戦ジャーナリズムを維持できるかどうかに関して「ペンか、パンか」の命題を重視していました。「パン」とは新聞社の従業員と家族の生活です。戦前の新聞が戦争に反対しなくなった歴史は、一面ではペンがパンに屈した歴史でした。しかも、必ずしも反戦の言論に対する直接的な弾圧はなくとも、新聞の側が忖度するように軍部批判を辞めていった歴史です。翻って今日、原さんは「結局は個人の覚悟から出発するほか、ペンの力がパンの圧力に勝つ反戦ジャーナリズムの道はないように思う」と、2009年刊行の岩波新書「ジャーナリズムの可能性」に書いています。そして「日本ではジャーナリストも企業内労組に属し、一般職を含む労組はパンを優先しがちである」として、労組が反戦を貫けるかどうか「正直言って覚束ない」とも。原さんはかつて、新聞労連の副委員長でした。はるかに下って、新聞労連の委員長を務めた私は、この指摘に忸怩たる思いですが、一方では原さんの危惧を共有してもいます。
 ジャーナリズムの究極の目的は戦争をなくすこと、始まってしまった戦争を終わらせることです。労働組合の目的の一つが、働く者の地位と生活の向上だとして、それは何のためかと言えば、貧困や社会不安の根を除き、戦争の芽を摘み取ることです。ジャーナリズムの労働組合運動にとっては、戦争反対は二重の意味で譲ってはならない目標のはずで、「ペンとパン」の問題はここにもあるのだと、今、この文章を書きながらあらためて思います。戦争については、原さんが「『良心的』ではだめだ。良心的な人が戦争に加担していた。良心を発動しなければならない」と常々おっしゃっていたことも強く印象に残ります。

 ▽全員がモノを言おう
 三つ目は、組織の中で全員がモノを言うことの大事さです。2005年の集会とは別の場でした。原さんを囲んだ場で、司会者から「通信社勤務と新聞労連の両方の立場で後輩にあたる」として指名を受けて、私は少々失礼な質問を原さんにしました。マスメディアの現状に対する原さんの憂慮と懸念はもっともで、特に職場で日常的な議論が失われているように思う。でもその状況は昨日、きょう、突然始まったわけではないはず。原さんは共同通信社で経営にも携わる立場だった。その意味で、今日のマスメディアの状況に責任のようなことはお考えではないのか、と。本当に失礼な質問でしたが、原さんが結論としておっしゃったことは今でも鮮明に覚えています。「全員発言が大事だ。全員が発言していれば、そうおかしいことにはならない」「今、職場がおかしいのだとすれば、全員がモノを言うということができなくなっているからではないのか」。
 思い起こせば私が記者になった30数年前、私が所属する組織の職場では「モノを言う」のは当たり前のこととされていました。特に労働組合の職場集会では、発言がないと先輩から怒られていました。「意見の食い違いを恐れない。意見が出ないことを恐れる」が、私が所属していた労働組合の合い言葉でした。2004年の夏、新聞労連委員長に選出された大会でのあいさつで、各労組の代議員を前に、私はこの合い言葉を紹介し、このことをモットーに職務を遂行していくことを表明しました。
 原さんが指摘された通りだと思います。私が知る限りでも、「全員がモノを言う」ことの大事さは職場でも労組でも共有され、実践もされていました。しかし今はどうでしょうか。その風潮が弱まっているのだとすれば、その責任は原さんの世代よりも、むしろ私たちの世代にあるのかもしれません。私自身、組織ジャーナリズムに身を置く時間はもう長くは残っていませんが、「全員がモノを言う」こと、そのことの意義を全員が共有し尊重する、そういう組織ジャーナリズムであり続けるということを、自身の課題の一つとして胸に刻んでおこうと思います。

 原さんは、お会いすると必ず「いつもブログを読んでいるよ」と声を掛けてくださいました。原さんの「デスク日記」に比べれば、さして面白くもない走り書きのようなものですが、私には大きな励みでした。
 今、社会の様々な面で「分断」が指摘されています。マスメディア、特に新聞の間でも論調の2極化が起きています。極論と穏健な論調とがあれば、どうしても極論が一時的にせよ支持を集める傾向は否定できないように思います。そうした極論にはしばしば「国益」といった言葉が飛び交い、意見を同じくしない人たちには「反日」などのレッテル張りすら行われています。戦争は、こういった雰囲気の中で近付いてくるのだろうな、と思わざるを得ません。そういう状況だからこそ、原さんが遺されたジャーナリズムを巡る数々のことを、後続の私たちが受け継いでいかなければならないと強く思います。何よりも、ジャーナリズムとは国益に奉仕するものではない。市民、社会の人々の知る権利に奉仕し、戦争を防ぐためにあらねばなりません。原さんが言われたように、絶望せず、悲観せず、しかし着実に歩んでいく。そのことを誓って、原さんへのお礼に代えたいと思います。原さん、ありがとうございました。 

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※参考過去記事

news-worker.hatenablog.com

news-worker.hatenablog.com

news-worker.hatenablog.com

 

※比較的最近刊行された原さんの著作を3点、紹介しておきます。若い方でも読みやすいのではないかと思います。 

ジャーナリズムの可能性 (岩波新書)

ジャーナリズムの可能性 (岩波新書)

 

 

ジャーナリズムに生きて――ジグザグの自分史85年 (岩波現代文庫)

ジャーナリズムに生きて――ジグザグの自分史85年 (岩波現代文庫)

 

 

原寿雄自撰 デスク日記1963~68 (ジャーナリズム叢書)

原寿雄自撰 デスク日記1963~68 (ジャーナリズム叢書)

 

NHK記者の過労死と労働組合の当事者性~裁量労働制は人件費抑制効果が顕著

 NHKの記者だった女性が2013年7月、31歳で心疾患で死亡し、長時間労働による過労死として14年5月に労災認定されていた問題は、私の記憶にある限り、マスメディアの記者の働き方がニュースとして当のマスメディアで大きく報じられた、稀有のケースです。ほぼ初めて、と言ってもいいかもしれません。背景には、先行して、電通の新入社員の女性の過労自殺が大きな社会問題になり、労働当局が法令違反を問うなど電通が厳しい批判にさらされていたことがあります。世はこぞって「働き方改革」の大号令で、マスメディア企業も例外ではありません。
 報道で知る限りですが、NHKが公表するまでに労災認定から3年半近くもかかったことを巡っては、NHKが「遺族の意向で非公表」としたのに対し、遺族の見解・認識は異なるようです。遺族には、過労死が認定されたことをNHKが局内で周知していなかったことに対して、不信感もあったようです。いずれにしても、電通事件の前にNHKの事例が明るみに出ていれば、どうなっていただろうか、ということを考えてしまいます。もっと早く「働き方改革」が叫ばれるようになっていたのか。あるいは逆に、長時間労働自体はどのマスメディア企業でも珍しくなく、過労死もこれまでなかったわけではなく、不幸ではあるがさして大きくニュースとして取り上げるほどのことではない、となっていたかもしれない、とも思います。
 私自身、労働組合運動を通じて、在職死亡したマスメディア企業の社員が過労死と認定されたケース、認定されなかったケースの両方を見てきました。過労死認定へ労働組合が積極的に動いたケースもあれば、そうでなかったケースもあります。NHKにも日本放送労働組合(日放労)という職員の労働組合があります。この女性記者のケースでは、労働組合は何をしていたのでしょうか。
 働き方、働かされ方の問題では、労働組合には当事者性があります。NHKは女性が労災認定されたことを今年10月4日に明らかにしました。報道によると、女性の死亡当時、NHKでは記者職の職員は、勤務時間の算定が難しい場合にあらかじめ決まった一定時間を働いたとみなす「事業場外みなし時間制度」を適用されていました。この制度の導入に当たっては、労働組合はNHKと交渉し、同意していたはずです。自らの働き方にかかわることですから、通常は労働組合は交渉に十分な時間を求めます。また報道によると、女性記者は亡くなる前の1カ月間の時間外労働が159時間に上ったと認定されていました。東京都庁を担当し、13年6~7月の都議選や参院選を取材。参院選の投開票があった3日後の24日に死亡しました。選挙取材で土日も出勤し、死亡前1カ月の休日は2日だったということです。「事業場外みなし時間制度」が運用される中で、労働組合は組合員の働き方の実態をどこまで把握していたのか。女性の死亡後、労働実態を把握し、改善のために労使交渉を求めたのか。そうしたことが分かりません。労働組合が何をしていたのか、今、何をしているのかは見えていません。労働組合の役割に迫るような報道も、私が目にした範囲ではありません。電通事件でも同様です。

 マスメディアの記者の長時間労働を巡って、当の記者たちから注目されていい(記者たちに注目してほしい)と思う記事がネット上のサイトにあります。弁護士ドットコムNEWSが11月15日にアップした「20連勤もざら、代休なく、給料変わらず…記者たちの『裁量労働制』どこが問題か検証」との記事です。
 NHKでは働き方改革の一環として、ことし4月から記者を対象に「専門業務型裁量労働制」が導入されたということで、「どこまで働かせてもOKなのだろうか。どこからが法律違反になるのか。最近の働き方について10月、複数の若手記者にヒアリングし、労働問題に詳しい武田健太郎弁護士に聞いてみた」との内容です。
 記事中の見出しを書きとめておくと以下の通りです。 

●ケース1:一切労働時間の報告を求められず、深夜早朝勤務しても給料変わらず
●武田弁護士「裁量労働でも割増賃金は発生する」

●ケース2:休みが潰れる。潰れても代休がない
●武田弁護士「休日出勤の場合、代休や休日出勤手当を請求すべき」

●ケース3:宿直勤務明けも、普通の勤務が丸一日続く
●武田弁護士「人事部や労働組合などの苦情処理窓口に相談して」 

www.bengo4.com

 この「専門業務型裁量労働制」は「労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使であらかじめ定めた時間を働いたものとみなす制度」です。注意が必要なのは、労使であらかじめ定めた時間を働いたものとみなすことによって賃金が定額になることです。マスメディアの記者であれば賃金は通例、月例の基本給と諸手当から構成され、1日8時間を超える時間外労働については、本来は時間に応じて支払われるのが基本です。しかしそれでは、月に100時間や200時間の時間外労働が続いた場合に人件費は膨れ上がります。裁量労働制によって、実労働時間が何時間であろうと、あらかじめ定めた時間を働いたとみなすことによって月例の賃金は一定の金額に固定されます。マスメディア企業でこの裁量労働制が先行して導入された事例では、経営側の思惑は労働時間の短縮ばかりではなく、この人件費抑制効果にも着目してのことだったと言ってよいのです。少なくとも人件費抑制効果は小さくありません。
 裁量労働制は、導入に際しての労使交渉が決定的に重要です。疑問点をあぶり出し、一つ一つ、会社や法人側と交渉し改善させるかどうかで、結果は大きく変わります。賃金が減っただけで、労働の負荷はむしろ高まり労働時間が増えた、ということが起こりかねません。労働組合の役割は決定的に重要です。マスメディアの記者の働き方にかつてない関心が向けられている今、マスメディアの労働組合も、社会的な関心の対象になるのは当然のことであるように思います。

【追記】2017年12月3日22時30分
「記者の働き方と労働組合の当事者性~NHK記者の過労死と裁量労働制に思うこと」から改題しました。

東京大空襲をくぐり抜け、黄金色に輝くイチョウ

 以前このブログで、1945年3月10日の東京大空襲で焼かれながら、戦後に再び若芽を吹いた東京下町の神社のイチョウの木を紹介しました。ふと思い立って先日、そのうちの東京都墨田区押上にある飛木稲荷神社に足を運んでみました。
 最初に訪ねたのは1月で、寒空の中に太い幹が立っているだけでしたが、今回はこんもりと生い茂った葉が一部は黄色く染まり、一部は黄緑から黄色へと変わりゆく最中でした。日差しを浴びて黄金色に輝くさまに、強靭な生命力を感じました。静かな秋の日の午後。この平和な時間が続くようにと願いました。

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※飛木稲荷神社 東京都墨田区押上2−39−6
 京成、東武、東京メトロ半蔵門線の各「押上駅」から徒歩

news-worker.hatenablog.com

民意から浮かび上がる「安倍改憲のジレンマ」

 先日の週末に実施された世論調査の結果がいくつか報じられています。目に止まった主な内容を備忘を兼ねて書きとめておきます。
 安倍晋三内閣の支持率は53・1~44%。過去のどの時点の調査結果と比較するかによって差異はありますが、上昇・安定傾向にあると言ってよいと思います。では安倍首相への評価や期待が高いのかと言えばそうでもないようで、来年秋に予定される自民党総裁選で安倍首相が3選されるのがよいかどうかを尋ねた調査では、いずれも否定的な回答が過半数でした。自民党政権への支持は必ずしも安倍首相への支持ではない、という傾向が続いています。民意は「安定の中での変化」を志向しているようにも思えます。
 憲法改正を巡っては、国会の発議は急ぐべきかどうかを尋ねた毎日新聞の調査では「急ぐ必要はない」が66%に上り、「急ぐべきだ」の24%を大きく上回りました。議論を促進すべきだと思うかどうかを尋ねた産経新聞・FNNの調査では、促進すべきと思うが59・0%です。議論はいいが、発議は急ぐ必要がないとの民意が浮き彫りになっているように思います。

 興味深く読んだのは産経新聞の「自衛隊明記 賛成59%/朝日・共同は逆転 なぜ?」の記事です。憲法9条1項、2項の条文はそのままに、自衛隊の存在を明記するとの安倍首相と自民党の改正案について、産経新聞・FNNの調査では賛成が59%を占めたのに対し、朝日新聞や共同通信が以前に実施した調査では反対が賛成を上回っていました。
 記事によると、産経新聞・FNN調査の質問は「憲法9条の条文を維持した上で、自衛隊の存在を明記することに賛成か」と聞いていました。一方、朝日新聞や共同通信は「安倍政権のもとで」「安倍首相は」という表現を加えた上で、9条改正への賛否を聞いていました。産経新聞の取材に埼玉大社会調査研究センター長の松本正生教授(政治意識論)は「自衛隊を憲法に位置づけるのは理解できるから、その賛否を問う文脈では賛成が多くなる。ところが、質問で『安倍首相のもとで』と前置きされると、『近いうちに改憲の国民投票に持ち込むのか』と感じ、回答者の受け止め方、つまり文脈が変わってしまう。改憲よりも経済再生などを優先すべきだと考え、結果的に反対が多くなるのではないか」との見方を示しています。議論は結構だが発議は急ぐべきではない、との民意とも符合しているように思えます。

www.sankei.com

 私なりの仮設ですが、結局のところ、自民党政権である安倍晋三内閣の支持率と安倍晋三氏個人への期待に落差、乖離がある一因は、安倍氏が憲法改正、中でも9条改正を宿願としていることにあるように思えます。民意は性急な9条改正を望んでいないので、安倍氏が9条改正を主張すればするほど安倍氏への期待は低下する、別の人に政権を担ってほしいとの要請が強まる、しかし安倍氏が自民党総裁3選を果たして実現したいのは9条改正―。これはジレンマです。仮に「安倍改憲のジレンマ」と呼びます。このジレンマが続くのか、今後、どのような民意が示されるのか、注視していこうと思います。

 以下は、マスメディア各社の世論調査の主な項目の質問文と結果です。

▼内閣支持率 ※カッコ内は前回比、Pはポイント
・朝日新聞 11~12日実施 支持44%(2P増) 不支持39%(変わらず)※前回10月23~24日
・毎日新聞 11~12日実施 支持46%(10P増) 不支持36%(6P減)※前回9月26~27日
・産経新聞・FNN 11~12日 支持47・7%(5・2P増) 不支持42・4%(3・9P減)※産経新聞・前回10月14~15日
・NHK 10~12日実施 支持46%(7P増) 不支持35%(7P減)※前回10月7~9日
・TBS 11~12日実施 支持53・1%(4・4P増) 不支持45・8%(3・4P減)※前回10月14~15日

▼安倍晋三首相の続投について
・毎日新聞:「安倍晋三首相は自民党総裁として現在2期目で、任期は来年9月までです。安倍首相が3期目も引き続き自民党総裁を務めた方がよいと思いますか。」
 総裁を続けた方がよい 35%
 代わった方がよい 53%
・産経新聞・FNN:「来年(2018年)秋に予定される自民党総裁選挙で、あなたは、安倍首相が再選されるのが望ましいと思いますか、それとも安倍首相以外の人が選ばれるのが望ましいですか。」
 安倍首相の再選が望ましい 41・5%
 安倍首相以外の人の選出が望ましい 51・9%
・TBS:「安倍総理は自民党総裁としては現在2期目で、任期は来年9月までです。あなたは、安倍総理が3期目も自民党総裁を続投することに賛成ですか、反対ですか?」
 賛成 36%
 反対 54%

▼憲法改正
・毎日新聞
 「憲法9条の1項と2項はそのままにして、自衛隊の存在を明記する改正案に賛成ですか。反対ですか」
 賛成 33% 反対 29%
 「衆院選の結果、憲法改正に前向きな勢力が衆院の3分の2を超える議席を維持しました。国会が改憲案の発議を急ぐべきだと思いますか。」
 急ぐべきだ 24% 急ぐ必要はない 66%
・産経新聞・FNN:「憲法に関する次のそれぞれの質問について、あなたのお考えをお知らせください。」
 「国会は、憲法改正に関する議論を促進すべきだと思いますか、思いませんか。」
 思う 61・0% 思わない 32・6%
 「あなたは、憲法9条の条文を維持したうえで、自衛隊の存在を明記することに賛成ですか、反対ですか。」
 賛成 59・0% 反対 29・1%

苦情の矢面に立つ職員にも謝罪の姿勢なし~“メディア初登場”の佐川国税庁長官

 国税庁長官の佐川宣寿氏と言えば、前財務省理財局長として、大阪市の学校法人「森友学園」への国有地売却問題の国会答弁で事実確認や記録の提出を拒み続け、批判を浴びたことで知られます。国税庁長官という昇格人事に対しても疑問視する声がありました。国税庁長官に就任後も、歴代長官が恒例としてきた就任記者会見についても、記者から森友学園の問題で追及を受けるのがよほど嫌なのか、避け続け、ごく短いコメントで抱負を公表したのみで今日に至っています。その佐川氏の、ある意味では“メディア初登場”と言ってもいいのかもしれません。国税庁職員の労働組合である「全国税労働組合」との間で10月4日に開かれた団体交渉に佐川長官が出席。そのやりとりの様子が10月25日発行の機関紙「全国税」に掲載されました。

 労使の団体交渉の性格上、森友学園の問題に直接触れたやり取りはなかったと思われますが、それでもやはり組合側の発言からは、佐川氏が批判にもかかわらず昇格ポストの国税庁長官に就いたことで、全国の税務署の職員が納税者からの批判にさらされていることがうかがえます。そしてそのことに対して佐川氏はと言えば、「職員の皆さんが高い使命感を持って職務に精励していることに感謝申し上げる」とまるで他人事のような形式的な発言しかしていません。「全国税」は「職員へ謝る姿勢なし」「職員が苦情の矢面に」との見出しを立てています。掲載されているやり取りの一部を引用します。 

 委員長 定員削減に歯止めをかけてもらいたい。また、「できないものはできない」とのスタンスでなければ、職員の生活と健康は守られない。佐川長官の理財局長時の森友事件に関わる言動に国民から批判があり、職員は批判の矢面に立たされている。現場で苦悩する職員へ、何らかの言葉を発するべきだ。
 長官 職員の皆さんが高い使命感を持って職務に精励していることに感謝申し上げる。事務の簡素化、効率化に務めながら、職員の健康にも配慮し、明るく風通しのよい職場を作りたい。
 全国税 法定外資料を提出した納税者から、「来年からは提出しない。信用できない」と言われた。消費税無申告事案の調査で、領収書がない仕入税額の否認では、「おたくのトップは

認められるのに」と言われた。
 総務課長 今後とも適正な職務に努めてほしい。 

 税金はあらゆる公共の業務の中でも、もっとも公正性と透明性が必要なのに、その業務の元締めである国税庁長官に佐川氏が就き、しかもマスメディアの取材にも応じず、対国民、納税者に対して沈黙を続けていれば、納税者の不信と怒りを招くのは当然だろうと思います。その批判に現場の国税職員がさらされ続けるなら、やがては職務に対するモラルハザードを起こさないとも限らないでしょう。なのに佐川氏は職員に謝罪することもありません。本気で「感謝申し上げる」とひと言しゃべってすむ、それで組織の士気と規律が維持できると考えているのでしょうか。

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 機関紙「全国税」は、全国税のサイトからPDFファイルでダウンロードすることができます。
 ※全国税トップ http://www.kokko-net.org/zenkokuzei/index.htm
 記者会見を始めマスメディアの取材を避け続けている佐川氏ですが、団体交渉からは逃げるわけにいかなかったようです。団交にそれだけの重みを持たせる活動の積み重ねが全国税にはあるということだろうと思います。機関紙をサイト上で公開している透明性も含めて、全国税の活動に敬意を表します。