ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

近況:「軍事報道と表現の自由」の講義が終わりました

※エキサイト版「ニュース・ワーカー2」から転記です。http://newswork2.exblog.jp/7974637/
 近況です。4月から毎週土曜日の午前、明治学院大学社会学部で、非常勤講師として新聞ジャーナリズムをテーマに講義をしています。きのう(24日)で6回が終わりました。
 講義では、新聞と「表現の自由」「知る権利」について、大きく3つの側面から取り上げる予定です。一つは自衛隊在日米軍イラク戦争など軍事報道、2つ目は個人情報保護法や人権保護法案などに代表される表現規制の立法化の動き、3つ目はインターネットなど他メディア社会の中での新聞ジャーナリズムです。
 きのうで「軍事報道と表現の自由」については区切りをつけました。ちょうど講義が始まるころ、名古屋高裁自衛隊イラク派遣の違憲判断が示されたりして、実際の各紙の新聞紙面を手にしながら、自衛隊と軍隊とを問わず、軍事組織が必然的に帯びる秘密主義が、「表現の自由」や「知る権利」と直接、ぶつかっている現状を具体的に話しました。
 きのうは、中国潜水艦の火災事故を報じた読売新聞の情報源の幹部自衛官が、自衛隊法違反容疑でことし3月に書類送検された事件を取り上げました。この事件の特徴の一つは、情報を漏えいした自衛官だけが立件され、読売新聞の側は直接、捜査対象にならなかったことです。そのことをもって政府は「『報道の自由』や『知る権利』の侵害には当たらない」と強弁しましたが、問題は多々あります。こんな立件で有罪になるようなら、そしてこんなやり方が続くようなら、いかに公共性の高い情報であっても、だれも守秘義務に背いてまで記者やジャーナリストに伝えようとはしなくなるでしょう。そのことは軍事問題に限らず、内部告発を許さない社会へと進む危惧があります。その行く末に待っているのは、かつての大本営発表報道ということになりかねません。
 また、現憲法は軍事裁判所の設置を認めていませんが、仮に改憲自衛隊の軍隊化とともに軍事裁判所が設置されれば、公共性いかんはまったく考慮されないまま形式的に「秘密の漏えい」の有無だけが審理される場となる可能性が高いと、わたしは考えています。そうなれば記者の側も無事ではすまなくなる恐れがあります。実際に、自民党が結党50年の2005年に策定した「新憲法草案」には、自衛隊自衛軍に改変する事とともに、軍事裁判所を設置することが明記されています(ちなみに今回、講義に備えて自民党のサイトで以前はアップされていた草案を捜したのですが、見つかりませんでした。世論の改憲論議が冷めている中で、興味深い対応だと思います)。
 読売の中国潜水艦報道事件は現在進行形でもあり、検察庁が訴追するのか否かは、新聞のジャーナリズムに大きな影響があります。この事件について当の新聞は、ただ検察庁の動向を追う「落とし所報道」に終わることなく、社会的な議論の高まりに貢献すべく、多面、多角的な情報と意見を社会に提供し続ける責任を負っているはずだと考えています。

 さて、講義は次回からは表現規制に移りますが、やはり慣れないこととはいえ、消化不良の感は自分で否めません。当初は、昨年の共産党の内部資料公表で明らかになった陸自情報保全隊イラク派遣をめぐる市民運動や取材活動に対する監視活動や、国民保護法の指定公共機関への放送メディア取り込みなどにも触れたかったのですが、時間が足りなくなってしまいました。
 非常勤講師の話を紹介してくれたのは新聞記者の仕事を退職後、大学教員に転じた方ですが、「わたしの体験から言っても『教えるは学ぶに通ず』だから。ぜひやってみてはどうか」と勧められました。「なるほど『教えるは学ぶに通ず』だな」と実感しています。自分では分かっているつもりでも、いざ、学生に話す、人に伝えるとなると、そうそう思った通りにはいきません。自分自身があらためて「学ぶ」つもりで、ポイントを押さえて要点をまとめておくことが重要だと痛感しています。次回以降は、きちんとしたレジュメを用意し、講義の進行管理を試みようと考えています。