外国人記者の「働かされ方」に問題はなかったか〜毎日WaiWai問題検証で考えること

※エキサイト版「ニュース・ワーカー2」から転記です。http://newswork2.exblog.jp/8351890/
 既に1週間が経ってしまいましたが、毎日新聞社の英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」に不適切な記事が掲載されていた問題で、毎日新聞社が20日付朝刊と自社サイト上に内部調査結果と第3者委員会「『開かれた新聞』委員会」の委員4氏の意見を掲載しました(全文は毎日新聞のサイトで読めます)。この問題は以前のエントリ(「趣の異なる新聞不祥事〜英文毎日の不適切コラム問題」)でも取り上げましたが、今回の検証については、総じて毎日新聞は真摯に取り組んだとの印象をわたしは持っています。その上で、不適切な記事を書いていた当該の外国人記者の毎日社内での立場と処遇について、「組織と個人の関係」や「働き方、働かされ方」の問題につながってくる大きな問題をはらんでいると考えています。わたしが感じていることを書いてみます。

 この記者について、検証記事には以下のような記述があります。

 今回、懲戒休職3カ月の処分を受けた担当の外国人記者は、96年10月から同編集部で働くようになり、「WaiWai」の執筆に加わるようになった。

 英字紙時代の最後は外国人15人、日本人3人の計18人のスタッフがいたが、ウェブになってからは外国人5人、日本人3人の体制に縮小、のちに日本人は2人になった。「WaiWai」の執筆は、実質的に担当記者1人になった。

 担当記者は常にMDNに関心が集まることを意識していた。「母国での就職難のため来日した。仕事を失うことに恐怖感があり、MDNを閉鎖する言い訳を誰にも与えたくない」とも考えていたという。「性的な話題を取り上げるとユーザーの反応がよかったので、そういう話題を取り上げた」とも述べている。

 担当記者は、正確さが問われるニュース記事と「WaiWai」とは別の扱いと考えていた。このため、紙面でもサイト上でも「雑誌記事の翻訳で、表現やその内容には責任を負いません。記事の正確さについても保証しません」との趣旨の断り書きを英文で載せていた。

 この記者について毎日新聞社の検証チームは「記者倫理の欠如」を指摘しています。そのこと自体にわたしも異論はありませんが、一方で「なぜこの記者に記者倫理が備わらなかったのか」も考えずにはいられません。この記者は「毎日デイリーニューズ」で1996年10月から働いていたといいますから、少なくとも記者歴11年以上です。一般的に日本の新聞社の記者で言えば、新卒採用者でも一通りの取材実務の経験を積み、出稿部門の中核として後輩の指導にも当たるようなポジションの年次と言っていいと思います。検証記事には以下のような指摘もあります。

 毎日新聞本紙では、記者が書いた原稿はデスクが目を通し、事実関係や表現について筆者に細かく確認を取ったうえで出稿される。さらに、紙面に掲載されるまでには、記事の扱いや見出しを決める部署や校閲部門、当日の編集責任者など何重ものチェックを経る。しかし、「WaiWai」ではこうした綿密なチェックは行われていなかった。原典の雑誌記事との照合も行われず、ほとんどが外国人スタッフの間で完結していた。

 新聞本紙では記事の出稿に際して綿密なチェックシステムがあることはその通りですが、記者たちも入社時の研修に始まって、取材実務の経験を積む中で、記者倫理を身に付けていくことを日常的に要求されます。新聞社が人材育成の観点で定期的に研修を行うこともあれば、職場の中で上司や先輩から教え込まれることもあります。新聞社が組織として記者育成に当たっている面はあると言っていいと思います(日本の新聞社の場合、記者教育は実務を通じてという「オン・ザ・ジョブ・トレーニング=OJT」が主流で、そのことに是非の議論もありますが、ここではそのことは別の問題として、脇に置いておきたいと思います)。
 では毎日新聞社の英文サイトの職場はどうだったのでしょうか。詳しい実情は分かりませんが、新聞本紙の職場との違いとして、担当記者が毎日新聞社の正社員ではなかったことが強くうかがわれます。検証記事には「ウェブになってからは外国人5人、日本人3人の体制に縮小」「(担当記者は)『母国での就職難のため来日した。仕事を失うことに恐怖感があり、MDNを閉鎖する言い訳を誰にも与えたくない』とも考えていたという」などの記述があります。
 仮にこの記者が正社員、つまり「期限の定めのない雇用」と異なって、契約社員などの有期雇用だったとして、日本の新聞産業の中で英文スタッフには珍しい話ではなく、また雇用形態自体が記者としての資質をただちに左右するわけでもありません。わたしが感じているのは、WaiWaiの担当記者が11年余りも毎日新聞社で働いていながら、記者倫理を欠いて不適切な記事を発信し続けていた背景には、外国人の、そして恐らくは非正規雇用であろう記者に、メディア企業が自明のこととして記者倫理を期待しながら、日本人の正社員記者なら当然のごとく与えられている記者としてのスキルを上げていくトレーニングの場を、組織として積極的に用意しようとは考えていなかったことがあるのではないか、ということです。先に引用したように、毎日新聞本紙の場合は記事が紙面に掲載されるまでに何重ものチェックがありますが、そのこと自体、記者にとっては、OJTの一端になっている一面があると言っていいと思います。
 担当記者の記者倫理の欠如は厳しく問われるべきですし、新聞本紙に準じたチェック体制の構築も必要でしょうが、そもそも企業として、外国人スタッフに対して、日本人の正社員記者と同じ視線で接していたのかも考えなければ、真に実効のある再発防止につながるかどうか、危うさが残るとわたしは思います。このことは、「記者倫理」と「新聞社のジャーナリズム」の観点から「働き方、働かされ方」の観点にまで視点を広げた時、「均等待遇」の問題に収れんされるとわたしは考えています。
 正社員労働であるか、有期雇用の非正規労働であるかを問わない均等な待遇とは、賃金などの経済面での労働諸条件にとどまらず、仕事に必要なスキルの習得、職業倫理の向上なども含めて考えてしかるべきではないでしょうか。専門的な技能のニーズが一時的に発生する業務というわけでもないのに、期限を切った細切れ雇用を繰り返す一方で、業務に必要なスキルの習得は個人の責任、というような働き方、働かされ方の中では、個人が仕事に対するモチベーションを維持するのは大変なことだと思います。
 毎日新聞WaiWai問題に話を戻すと、担当記者が「母国での就職難のため来日した。仕事を失うことに恐怖感があり、MDNを閉鎖する言い訳を誰にも与えたくない」とも考えていた、という点が、わたしは強く印象に残っています。その担当記者を含めて英文サイトの職場で働く外国人スタッフたちを毎日新聞社という企業組織がどういう発想と視線で処遇していたか。新聞本紙では当たり前に行っている何重ものチェック体制が英文サイトになかったこと自体が、その答えの一つではないかという気がします。

 チェック体制の問題は、もうひとつの論点として、新聞社の中でのネット関連事業の位置づけの問題にもかかわってくるのかもしれません。紙の新聞の発行部数が伸びず、広告媒体としての地位も相対的に低下している新聞産業の収益構造の問題にもかかわってくると思います。毎日新聞WaiWai問題でも、毎日JPのバナー広告は自社モノだけという状態が続いていて(7月27日現在)影響の深刻さがうかがわれ、新聞社のネット展開の側面からもWaiWai問題は大きな意味を持つと認識していますが、この点は可能ならば別の機会に書いてみたいと思います。