ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

ジャーナリストの職能を考える実験的プロジェクトに参加します

 既にブログ「ガ島通信」の藤代裕之さんからトラックバック(「大学生向けのジャーナリストプログラムをスタートさせます」)をいただいていますが、新聞、放送、出版などマスメディアの企業内記者や研究者らがボランティアでデスク役を務め、公募の大学生と協同で取材・記事の執筆を進める実験的なプロジェクト「スイッチ・オン(Switch On)」が立ち上がります。わたしもそのうちの一人として参加するデスク陣が1月31日に顔合わせのミーティングを行い、プロジェクトの概要を決めました。
 詳細は藤代さんのエントリーを参照いただけるとありがたい(藤代さん、手抜きですみません)のですが、プロジェクト名の由来は、人にはスイッチが入る(オンする)ように変わる瞬間とかきっかけがある、ということから来ています。その人その人の「スイッチ・オン」を取材して記事にまとめる、という内容です。デスクが3人一組でチームを組み、公募の大学生8人を指導し、学生は2人一組のペアを組みます。3月中旬に参加学生を選考し、3月末に1泊の合宿でスタート。4月から6月まで月に1回のミーティングで進行状況をチェックし、夏に作品をネット上で発表する予定です。
 直接的には、マスメディアに所属する「プロ」らが大学生の取材と記事執筆を指導する、ということですが、プロの側でも企業や大学など所属組織の枠を超えて集い、「記者」「ジャーナリスト」あるいは「表現者」として共通の職能を高める、というのがもう一つの目的です。わたし自身を含めてマスメディアの企業内記者が、時には背負っている企業の看板を下ろして自由にジャーナリズムを語り、考える「脱・会社員化」の場を創る試み、という一面があります。
 わたしは以前のエントリー(「読書:『シビックジャーナリズムの挑戦 コミュニティとつながる米国の地方紙』」)で次のような問題意識を書きました。

 日本の新聞は全国紙、地方紙を問わず、記者は新聞社という一企業の社員としての側面が強く、社会的な存在としての「新聞記者」の職能は実は確立していない、とわたしは考えています。「新聞離れ」が指摘されて久しい中で、「新聞の生き残り」の議論も、「新聞社=企業」の生き残りとしばしば混同され、企業間の業務提携ばかりが話題になります。新聞が地理的な意味以上に、人と人とのつながりという意味での「コミュニティ」に根ざしたメディアとして再生し、生き延びていくためには、まずそこで働き、新聞をつくっている記者やエディター(デスク)が、社会的存在としての職能を自ら確立する必要があると思います。そのためには、同じ職能を持つ者同士のネットワークが必要ですし、アカデミズムとの協同も記者個々人が職能を高めていくためにも有益でしょう。そうすることで新聞のジャーナリズムの質、中味が変わり、ひいては新聞社の経営面でもプラスに作用していくのではないでしょうか。

 「スイッチ・オン」プロジェクトは「新聞記者」の概念にとどまらず、もっと広く「記者」「ジャーナリスト」「表現者」をひっくるめて「取材して書く、表現する」という行為を属性にとらわれず社会化する試みです。ひいては「新聞記者」としてのわたしにも多くのことをもたらしてくれるだろうと期待しています。実は「シビックジャーナリズムの挑戦」の著者として尊敬している寺島英弥さん(河北新報記者)もデスクの一人として仙台から参加されています。多彩なデスクの皆さんとともに参加できることに今からワクワクしています。
 次代を担う若い人たちとの交流それ自体も、昨年、明治学院大で非常勤講師として新聞ジャーナリズムの講義を受け持った際にも感じたことですが、まさに「教えるは学ぶに通じる」で、わたしにとっても多々、得るものは大きいと思います。マスメディアやジャーナリズム、さらにはネット社会の中での表現活動などをめぐって、わたしが思うところ、感じていることも彼らにどんどん伝えていきたいと考えています。
 学生による運営委員会が立ち上がっており、ブログ「Switchon」を開設。参加学生募集などの情報が随時、アップされる予定です。2月21日には説明会が、3月8日午後3時からはシンポジウム兼相談会が、いずれも立教大学(同大社会学部の清水真先生もデスクとして参加されます)で行われます。
 このプロジェクトについては、今後も随時、報告していきたいと思います。

※追記 2009年2月10日午前2時35分
 新聞販売労働者の今だけ委員長さんがブログで紹介してくださりました。ありがとうございます。
 「しんぶん販売考 今だけ委員長の独りごと」