「ミサイル防衛を嗤う」

 この話は「その日」が来る前に書いておきたいと思います。
 北朝鮮の弾道ミサイル問題に関連して、ルポライターの鎌田慧さんが、3月31日付の東京新聞朝刊特報面「本音のコラム」に「ミサイル防衛を嗤(わら)う」と題した短文を寄せています。3月27日に浜田防衛相が出した「破壊命令」を受けて、自衛隊の迎撃ミサイル「PAC3」を積んだ車列が東北へと向かう、同じく迎撃ミサイルを搭載したイージス護衛艦日本海へと出航する、その映像がテレビで繰り返し流れました。鎌田さんは「おおっぴらな大演習だ」と書き、「『関特演』という言葉が浮かんだ」「その八年前、『関東防空大演習』というのもあった」と続けます。
 「関特演」とは1941年7月に関東軍が旧満州国に約七十万の兵力を送った事実上の対ソ連戦争準備行動「関東軍特種演習」のこと、「関東防空大演習」とは抵抗の新聞人として知られる桐生悠々が、主筆を務めていた信濃毎日新聞の社説で「関東防空大演習を嗤う」と題し批判した一大防空演習のことです。
 鎌田さんは「いまはさだめし、ミサイル防衛(MD)大演習の最中である」として、次のように書きます。

 もしも相手のミサイルに当たらなくても、MD政策には傷がつかない。当たらなかったのは、防衛網がまだ弱かったからだ、という言い訳ができる。いま一兆円といわれている予算を、この大騒ぎが増額させるかもしれない。
 防衛は矛盾である。歯止めをかけなければとどまることはない。北朝鮮と話し合い、経済協力によって、軍事強化から平和強化の関係に転換したほうが、二十一世紀的だ。

 ただし、鎌田さんは悠々には触れていません。悠々の「関東防空大演習を嗤う」は以下で読むことができます。
 青空図書館:「関東防空大演習を嗤う」桐生悠々
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000535/files/4621_15669.html
 初出:信濃毎日新聞 1933(昭和8)年8月11日

 要するに「東京に敵機が飛来するようでは戦争に負けるのは必至だ」と喝破していたわけです。決して反戦ではないかもしれません。しかし、後年の敗戦の惨状を言い当てていたこともさることながら、満州事変から2年後の当時としては執筆に相当の覚悟が要る「反軍」の言説だと思いますし、その点にこそ悠々のすごさがあるのだと思います。
 さて、今の事態です。個人的には相当な違和感を覚えています。
 北朝鮮人工衛星の打ち上げだと主張していますが、仮に実際に搭載するのが人工衛星だとしても、弾道ミサイルの技術が開発されることには変わりがないのだとすれば、やはり今回の北朝鮮の実験は簡単には容認できないものだと思います。その上で、ということになりますが、日本が重視すべきは国際協調の外交圧力で北朝鮮に実験を思いとどまらせることではないでしょうか。それが何よりの安全確保策のはずです。
 しかし、報道を通じて実際に目につくのは自衛隊を動員しての軍事的対応ばかりです。官房長官が記者会見で「万々が一に備え」と、実際に自衛隊の迎撃が必要になる可能性が極めて小さいことを認めているにもかかわらず、です。仮に、その「万々が一」が現実のことになったとして、では自衛隊の迎撃ミサイルで住民を守りきれるのか、という問題もあります。軍備は矛と盾です。北朝鮮の弾道ミサイルを矛とすれば日本のミサイル防衛は盾ということになります。矛に合わせて盾をそろえようというのでは、終わりなき軍拡競争が続くことになり、それは文字通りの「矛盾」になってしまいます。わたしもやはり鎌田さんが言うように「いまはさだめし、ミサイル防衛(MD)大演習の最中である」と考えています。
 加えて、今は前面には出ていないものの、わたしたちの社会には既に「有事法制」もあります。放送メディアはすべて指定公共機関に指定されており、住民保護を大義名分に報道の職場と仕事が〝戦時体制〟に組み込まれます。
 4月4日から8日まで、北朝鮮が予告している実験実施期間に入ります。実際に北朝鮮がミサイルを発射したときに、わたしたちの社会で「有事の大演習」が起こることはないのか。それもまたマスメディアが監視し、検証しなければならないテーマだと思います。