人権の保障を問う沖縄タイムス〜憲法記念日の各紙社説

 5月3日の憲法記念日には例年、新聞各紙が社説で憲法を取り上げます。戦争放棄と戦力不保持を定める9条を中心として現行憲法をどう考えるのか、新聞ごとのスタンスの違いを知る機会として毎年、注目しています。ことしの在京紙各紙はどうだったのか、見出しだけ抜き出してみました。

朝日新聞憲法記念日に―貧困、人権、平和を考える」
毎日新聞憲法記念日に考える もっと魅力的な日本に」
▽読売新聞「憲法記念日 審査会を早期に始動させよ」
日経新聞日本国憲法を今日的視点で読み返そう」
産経新聞憲法施行62年 脅威増大を見過ごすな 9条改正し国の安全を守れ」
東京新聞憲法記念日に考える 忘れたくないもの」

 自民党が「新憲法草案」を策定した2005年当時に比べて、今は国会内も世論も憲法改正論議は沈静化しています。各紙ともその状況認識は一致していますが、従来から明確に改憲論を掲げている読売、産経両紙は、産経が9条改憲を正面から主張しているのに対し、読売は改憲論が盛り上がりを見せないことへの焦りからでしょうか、直接の改憲主張ではなく、憲法審査会の始動という改憲のための手続き論を論じました。日経は集団的自衛権の解釈見直しと自衛隊海外派遣の恒久法制定を主張し、直接の改憲論とは一線を画しています。
 朝日は通常は2本立ての社説を憲法1本に絞って掲載していますが、貧困問題と生存権を規定した25条に焦点を当てています。昭和初期の大恐慌から日本が戦争へとひた走った時代への言及と、現憲法が戦争の災禍の果てに生まれたことの指摘は盛り込まれていますが、9条には直接触れていない点が目を引きました。
 ここ数年の特徴は、大手紙から明確な護憲論が消えていく中で、ブロック紙や地方紙にはっきりと護憲を打ち出す論調が目立つようになっている点です。ことしの例を挙げると、北海道新聞は「憲法記念日 いま生きる手だてとして」の見出しで、冒頭から「憲法の柱として、第九条の戦争放棄と、第二五条の生存権、すなわち『平和』と『福祉』が一体の関係にあることを示している」「人として生き、平和を守る手段としてこの憲法を活用したい」と書いています。
 第2次大戦末期の地上戦で住民が犠牲になった沖縄では、琉球新報が「憲法記念日 平和の理念再確認したい/拡大解釈は許されない」として9条改憲はもとより、政府の拡大解釈も厳しく批判しています。
 日米安保や米軍基地について考えさせられたのは沖縄タイムスの社説です。「[憲法と沖縄]人権保障の砦が危ない」として、米海兵隊のヘリパッドを増設する計画に反対する東村の住民が昨年11月、防衛省から通行妨害の禁止を求める仮処分申請の債務者と名指しされ訴えられたことを取り上げました。後段の一部を引用します。

 人権保障は憲法の存在意義であり、それは権力(立法、行政、司法)を分離することで弱い立場の人々を護るためにある。ところが今回の仮処分申請は、国策の合理性は問われないまま、行政が司法を使って反対住民を排除しようというものだ。
 住民の反対運動に対する仮処分申請は異例だ。
 本土での米軍基地建設は、激しい住民闘争に遭った。石川県内灘闘争(1952〜53年)、長野県浅間山闘争(53年)、群馬県妙義山接収反対闘争(55年)、東京立川基地拡張の砂川闘争(55〜57年)。計画はすべて中止された。
 政治・行政が司法権を利用することが一般化すると、国民生活はどうなるだろうか。高江区の住民運動は、憲法の基本的な役割を再考する上で大切な問題提起をしている。
 きょうは憲法記念日

 直接9条を論じているわけではありませんが、日本国が国家の政策として日米安保条約を結び、米軍を駐留させていることによって何が失われるのかを日本国の主権者の1人であるはずの沖縄の住民に何が強いられているのかを問いかけています。護憲を信条にする日本国の主権者の1人として、読んだ後に深く考えさせられる社説です。
 ※沖縄タイムス社説 [憲法と沖縄]人権保障の砦が危ない
 http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-05-03-M_1-005-1_001.html