そこに「読者」がいなければジャーナリズム足りえない〜スイッチオン「記事の書き方」ワークショップ


 新聞や放送、出版などのマスメディアで働くプロやメディア研究者らがデスク役となり、大学生の取材・記事執筆を指導する実験的ジャーナリズムの試み「スイッチオン」プロジェクトの第2回全体ミーティングが30日午後、東京・池袋の立教大で開かれました。インタビュー取材のワークショップを行った先月の第1回ミーティング後、学生たちはアポ取り、インタビュー本番へと進んでいます。今回のミーティングでは、インタビュー取材が済んだことを想定して、記事の書き方のワークショップ「文章の構造を学ぶ」を企画。説得力のある記事とはどんな構造を持っているかを具体的に分かりやすく解説した内容でした。繰り返し強調されたのは、取材者と被取材者の1対1の関係に加えて、そこに「読者」が意識されていなければジャーナリズム足りえないこと。学生たちもあらためてジャーナリズムとは何かが理解できたのではないかと思います。
 ワークショップでメインの講師を務めたのはプロジェクトのデスクの1人川上慎市郎さん(グロービス経営大学院講師)。話の内容は「ライティング・メソッド」と呼べるレベルですが、川上さんやプログラム・ディレクターの藤代裕之さんらがなお完成度を高めている最中ということなので、ここでは印象に残った主な点をいくつか簡単に書いておきます。

 ▽「取材対象者」と「書き手」と「読者」
 この3者の関心が交わる部分がジャーナリズム、ということになります。書き手(取材者)が「これは面白い!」と意気込んでもそれだけではダメ。読者にとって面白いことと、一方的な話ではなく客観的に見ても説得力のあることが書かれていることが必要。主観だけの記事はダメです。
 ▽コストパフォーマンスの高い記事はクオリティが低い
 「コストパフォーマンスが高い」とは、取材で聞いた内容がすべて盛り込まれていること。取材に費やした時間が無駄なく記事に反映されているからなのですが、実はごちゃごちゃとしていて何が言いたいのか分からない。新人記者が必ず経験する失敗でもあります。
 ▽読者の「問い」を想定し、自分の「答え」を想定する
 記事を書き始める前に、自分の取材を通じて読者は何を知りたいと思っているかを想定し、自分が記事で提供できる答えを想定します。これは逆も可なり。自分が書きたいことが読者の関心とかみ合うか、どんな読者だったら自分の答えを「面白い」と感じてもらえるかを点検。
 ▽説得力の「構造」をつくる=3つのポイントを考える
 自分の「答え」に説得力を持たせるには何が必要か。「答え」を3つのポイントに分解してみます。「スイッチオン」がテーマなら例えば(1)その人は以前はどんな考え・行動だったか(2)転機は何だったか(3)今はどんな活躍をしているか―などです。
 ▽ファクトだけを並べる
 3つのポイントそれぞれに、そのポイントを的確に説明するファクトを並べます。そのファクトが取材データから見つからないなら、取材が足りないということです。ファクトの一つひとつについて、5W1Hを並べていきます。

 要は、自分が書く記事の読者はどんな読者(学生か、中高年か、男性か、女性かなど)なのかを整理したうえで、記事全体の設計図を最初につくる、ということです。3つのポイントそれぞれごとに、どのファクトを盛り込むかを決めます。この設計図がしっかり作れていれば、その後の記事執筆はぐんと楽になるでしょう。
 ただし、川上さんからは、そうやって書き上げただけでは記事はつまらない、との指摘もありました。読者が記事を最後まで読み進んでくれるかどうかは、実は書き出しの5行が勝負。この5行が面白いかどうかが記事の出来栄えを決めてしまう、との解説でした。
 設計図を作る際に役に立ちそうな作業もありました。

 ▽「Q」は「論点」、「A」は「主張」
 川上さんの話の前に藤代さんが「見出し」の意義を説明。学生たちは取材メモの一問一答(Q&A)について、取材相手の言葉の中から見出しになりそうなインパクトのある「ひと言」を抜き出し、対応する「問い」とともにカードに書き出していく作業に取り組みました。「問い」は論点を示し、その下に書き出した「ひと言」はその論点に対する取材相手の主張です。それらのカードを並べてみてストーリーの流れができていれば、ひとまず取材はうまくいった、ということでしょうか。

 記事を段落レベル(モジュール)に分解して、どの段落で何を書くのかを取材データに照らしながら決めていくこの方法は、経験を積んだ記者なら身につけているスキルだと思います。しかし、わたし自身の経験を振り返ってみると、このスキルの習得に随分と時間がかかりました。理由の一つは(わたし自身の能力不足以外にも)、記事の書き方に系統だった研修がなく、記者教育がデスクや先輩記者とのいわば「徒弟制度」に委ねられていたことにあると思います。恐らく今も、新聞社の記者研修でこうした記事の書き方を教えているケースはあっても極めてわずかでしょう。経験を積んだ記者から見れば、こうした「記事の書き方」論は当たり前のことですが、「記事の書き方の教え方」を考えるところにスイッチオン・プロジェクトの新しさがあると言っていいと思います。
 日本の新聞社や放送局の記者教育は長らく、報道の実務を通じてスキルを習得するオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)一本でやってきたのが実情ですが、それではもはや間に合わないことは多方面から指摘を受けています(例えば朝日新聞社ジャーナリスト学校発行の「Journalism」4月号の特集「ジャーナリスト教育を考える」ではそうした声がいくつも紹介されています)。マスメディアのジャーナリズムの質を考える上でも、「イズム」以前の「スキル」をどう教えていくかは大きな問題です。また、記者に限らず、こうした記事の構成を理解することは、裏を返せば記事を読む上でのリテラシーをも高める効果も期待できるかもしれません。
 さて、スイッチオン・プロジェクトはいよいよ記事作成の段階に入ります。学生によって進行の度合いには差がありますが、6月下旬には全員が記事を完成させることを目指して、わたしも学生たちの奮闘、苦闘に付き合っていきます。
※ジャーナリスト養成の中での「イズム」と「スキル」の関係を考えるにつけ、「ジャーナリズム」という言葉のイメージは人によって異なるのだろうな、という気がしてきています。考えを整理して、いずれ書いてみたいと思います。

【追記】2009年5月31日午前9時半
 「取材者と被取材者の1対1の関係に加えて、そこに『読者』が意識されていなければジャーナリズム足りえないこと」についての補足です。
 だれに向けての記事(写真や映像も含めれば「表現」と言ってもいいでしょう)なのか、読者の「知りたい」に応えているか、そうした意識がなければジャーナリズムではないし、取材対象者の一方的意見や根拠を欠いた憶測ばかりを紹介するのでは、オピニオンにはなり得てもジャーナリズムとは似て非なるものだと感じました。
 オピニオン(=意見)の表明は大事なことですが、事実を踏まえていることが最低限必要です。違う意見を持っている人に読んでもらうためにも、前提となる事実の認識は共通していなければなりません。インターネットによってだれもが情報発信をできる社会になって、このことは今後もますます重要になっていくでしょう。
 マスメディアにとっては、事実を伝えることが第一の役割だとあらためて感じました。もちろんマスメディアには主義主張があってもいいと思いますし、オピニオンを社会に伝える機能も大事です。

【追記】2009年5月31日午後4時40分
 プロジェクトの学生運営委員会のブログにもリポートがアップされました。
 「第二回全体ミーティングの模様」
 http://blog.goo.ne.jp/321switchon/e/e27bd0ebae86675bc5388c76a1bc9b70
 プロジェクトのこれまでの活動もブログの過去記事でたどれます。写真も豊富。

【追記】2009年6月1日午前9時
 トラックバックをいただいていますが、プロジェクトのプログラム・ディレクター藤代さんも自身のブログ「ガ島通信」にエントリーをアップしています。
 「『ニュース』は書き手と読者と素材の接点にあり」
 http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20090531/1243773719