異例の訴訟指揮を報じなかった大手紙〜「沖縄密約」はマスメディアも当事者

 1972年の沖縄返還に際して、米国が負担することになっていた軍事施設の原状回復費400万ドルを日本が肩代わりするとの密約が日米両政府間で交わされていた「沖縄密約」問題をめぐって、今月16日に東京地裁で注目に値する出来事がありました。元毎日新聞記者西山太吉さんらが密約文書の開示を求めたのに対し、国は「文書は存在しない」として非開示処分にしました。この措置を不当として、西山さんらが非開示処分の取り消しなどを求めて提訴。16日に東京地裁で行われた第1回口頭弁論で、杉原則彦裁判長は「原告の主張は十分理解できる」とした上で、国側に対し、なぜ文書がないのかや、米国側には密約の公文書が残っていることなどについて合理的に説明するよう要請しました。また、原告側に対しては、報道機関に密約の存在を証言した吉野文六・元外務省アメリカ局長を証人申請するよう求めました。
 沖縄密約問題は今さらわたしが言うまでもなく、日本社会の民主主義のありようを考える上で見過ごすわけにはいかないいくつもの問題をはらんでいます。沖縄に過度に集中している米軍基地、さらには現在進んでいる日米の軍事的融合の原点とも言えること、なのに71年当時に政治部記者として密約の証拠を入手した西山さんが情報源とともに逮捕、訴追され、結果的にはその取材手法の妥当性ばかりが論議を呼んだこと。何よりも、今も日本政府が密約の存在を認めずにいること一つをとってみても、決して「現代史の一コマ」などと言って片付けていいはずのもではありません。とりわけマスメディアにとっては、西山さんの有罪判決が確定したことを今日、どう考えるのか。権力取材のありようの根本が今日もなお問われているに等しいのであり、他人事ではないはずです。
 米国の公文書で密約が裏付けられた後、西山さんが賠償を求めて提訴した訴訟が昨年9月、密約の有無には一切の判断を示さないまま、20年間の除斥期間の経過を理由に敗訴が確定した経緯もありました。そうしたことを踏まえれば、今回の訴訟で東京地裁の杉原裁判長が西山さんら原告側主張に理解を示し、国の挙証責任を極めて重く見る訴訟指揮を見せたことは、驚きに値する「ニュース」です。
 ところが、翌日の東京都内発行の大手紙各紙を見て、少なからず驚きました。この件を取り上げていたのは朝日、毎日、東京の3紙のみ(東京新聞の記事は共同通信の配信記事のようです)。読売、日経、産経の3紙には1行も記事が見当たりませんでした。非掲載の3紙は社論として改憲を掲げ、日米間の軍事的融合にも理解を示している点が一致しており、そういう意味では分かりやすい対応なのかもしれません。
 しかし、仮に社論がどうであれ、あるはずの密約を「ない」といい続ける国家権力のありようは、言論機関として見過ごしていいはずがありません。日本政府が密約を公式に認めない限り、この問題には終わりはありませんし国家権力の正統性に疑問がつきまとい続きます。百歩も万歩も譲って、本当に密約は存在せず米国の公文書が何かの間違いなのであれば、そうであるとの説明を尽くすのは日本政府の責任です。いずれにしても、日本政府が「密約はない」とだけ答え続けることは許されません。そして政府を追い込むのに必要なのは、まず第一にこの問題が社会に広く知られることであり、そのためにはマスメディアがあまねくこの問題をしつこいぐらいに報じ続けることです。
 繰り返しになりますが沖縄密約問題は現代史の一コマではなく現に進行中の出来事ですし、沖縄という限られた地域でのみ関心が高いニュースというわけでもありません。「密約はなかった」としか言わない日本政府の姿勢は、あまりにも民衆をバカにしたものですし、マスメディアもあまりにもバカにされていることをマスメディア自身が自覚しなければなりません。
【参考】
※紙面は確認していませんが、沖縄の新聞は大きなニュースとして扱ったようです。
 国に「十分な説明」要求 沖縄密約開示訴訟(琉球新報
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-146020-storytopic-1.html
 元外務局長の尋問促す 日米密約訴訟/東京地裁 原告側が申請検討(沖縄タイムス
 http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-06-17-M_1-001-1_003.html
 国は米側文書の説明を 裁判所が「異例の指揮」(沖縄タイムス
 http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-06-17-M_1-029-1_002.html
憲法メディアフォーラム「今週のひと言」【政府の「ウソ」を暴けるか】(6月19日更新)=原告のお一人が簡単にですが所感を書かれています。
 http://www.kenpou-media.jp/
※原告側代理人のお一人のヤメ蚊さんのブログエントリー
 http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/278934e961ba27df3dd4a32ebacb7ab4
 「誰もが抱く非常に素朴な疑問をそのまま裁判長が国にぶつけたのだ」「多くを語る必要はないと思う。歴史が変わろうとしている」
※沖縄密約は世上「西山事件」「外務省機密漏えい事件」とも呼ばれるようです。
 ウイキペディア「西山事件
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6
※参考書籍です。
 早い時期に書かれたものとしては、今回の訴訟の原告にも参加されている澤地久枝さんの「密約―外務省機密漏洩事件」(1974年)があります。わたしは新人記者時代に中公文庫版で読みました。現在は岩波書店から復刊されているようです。

密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)

密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)

 西山太吉さんの近著には岩波新書「沖縄密約―『情報犯罪』と日米同盟」(2007年)があります。
沖縄密約―「情報犯罪」と日米同盟 (岩波新書)

沖縄密約―「情報犯罪」と日米同盟 (岩波新書)

 
【追記】
※2009年6月26日午前2時
 訴訟の原告の1人で、元朝日新聞社会部長の柴田鉄治さんが、大手紙の報道スタンスについて書かれています。
 「政府のウソを正すには、メディアは何をすべきか」
 http://www.magazine9.jp/shibata/090624/