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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

教官の資質の問題ではない集団格闘死事件〜自衛隊の拡大基調は続くのか

 このブログでも何度か触れてきた事件ですが、昨年9月に広島県江田島市にある海上自衛隊特殊部隊の養成過程で起きた集団格闘死事件が、刑事手続きとしては一応の決着をみることになりました。検察は8月31日、格闘訓練の担当教官でレフェリー役を務めていた2等海曹だけを業務上過失致死罪で略式起訴し、ほかに書類送検されていた幹部自衛官ら3人は嫌疑不十分で不起訴処分としました。2曹は簡裁の略式命令に従い罰金50万円を納付しました。

「海自の審判役教官に罰金50万円 特殊部隊の格闘死」(47news=共同通信
 http://www.47news.jp/CN/200908/CN2009083101000594.html

 報道によれば、検察の判断は「広島地検の信田昌男次席検事は『制裁を加えるなどの悪意はなく、過去の労災事故などを参考に判断した』などと説明した」(中国新聞)「不起訴とした教官の3等海尉(42)と上官の3等海佐(50)について、訓練内容を十分把握していなかったなどとし、14人目の3等海曹(29)は事故を回避する技量がなかったとした」(読売新聞)とのことのようです。

 ※中国新聞記事
 http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200909010070.html
 ※読売新聞記事
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090831-OYT1T01140.htm

 事件の刑事責任としては、担当教官が個人の過失責任を問われただけで終わることになりました。報道によっても、検察が担当教官の過失をどう認定したのかはよく分からないのですが、訓練自体の必要性にまで踏み込むことは避け、訓練の際に休憩を入れたり、途中で中止したりするなどの安全配慮を怠った点に限定して判断したことがうかがえます。この過酷な訓練については海自当局も中間報告で「必要性はない」と認めています。推論ですが、検察としては、自衛隊という国家機関の中の特殊部隊の訓練という特殊な環境での出来事である点を考慮して、訓練が必要であったかどうかは自衛隊防衛省の裁量に属する事柄として、踏み込むのを避けたのではないかと思います。例えば同じ格闘技でも、学校でのクラブ活動での出来事ならば、異なった捜査結果になったのではないでしょうか。国家が保持し、「防衛」に限ってですが暴力が合法化されている自衛隊が対象だからこその捜査結果だと思います。
 しかし、それでもなおわたしは、この事件は担当教官の個人的な資質の問題で終わらせるのではなく、組織のありようが問われるべきだと考えています。
 以前のエントリーで指摘したことの繰り返しになりますが、必要のない危険な訓練を、経験も技能も不足している疑いが強い教官、隊員の間でなぜ行ったのか。そもそも格闘技が実戦でどこまで必要なのかにも疑問があります。自衛隊の組織の問題としてみれば、特別警備隊に何をやらせるのか、そのためにどんな訓練が必要なのか、その基本的な方針にあいまいさがあったのではないかとの疑問をわたしは持っています。
 近く海上自衛隊は調査結果の最終報告と関係者の処分を発表する見通しと伝えられていますが、検察の捜査結果に乗っかる形で、担当教官の個人的な資質の問題で終わらせ、形式的な監督責任だけが問われるのではないかと危惧しています。
 折しも政権交代が動き出しています。この数年、「戦地」イラクへの派遣を始めとして自衛隊の活動は政治によって拡大に次ぐ拡大を続けてきました。米軍再編にあわせて、米軍と自衛隊の融合も進んでいます。田母神俊雄・元航空幕僚長のようなシビリアン・コントロールをはき違えている最高クラスの指揮官が存在することも明らかになりました。一方でイージス艦による漁船衝突など深刻な不祥事も起きています。
 自衛隊のありよう、さらには米軍との関係をどうするのかを決めるのは政治の責任ですが、民主党の「政権政策」や「政策集」を見ても記述はわずかです。新政権下でも国際協調を大義名分にして自衛隊の拡大基調が続くならば、憲法9条との整合性の議論、改憲論議が先鋭化するでしょう。集団格闘死事件のように、現場の自衛官の命が軽く扱われる不祥事の再発も懸念されます。新政権の今後を注視したいと思います。
 それにしても、集団格闘死事件の刑事処分は衆院選翌日の発表となったことで、ニュースとしては相対的に小さな扱いになってしまいました。残念です。

※参考
 「海上自衛隊特別警備隊関係の課程学生の死亡事案について(中間報告)」
 (平成20年10月22日 防衛省
 http://www.mod.go.jp/j/sankou/report/2008/pdf/20081022_houkoku.pdf
※関連する過去エントリー
 「組織の問題として考えるべき海自・集団格闘死事件」(2009年6月12日)
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20090612/1244737906
 「自衛隊に何をどこまでさせるのか〜集団格闘死事件が問うもの」(2009年5月10日)
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20090510/1241887234
 「不祥事続きの海自への新たな海外任務に疑問」(2009年3月19日)
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20090319/1237399002