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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

読書「自衛隊という密室―いじめと暴力、腐敗の現場から」(三宅勝久 高文研)

自衛隊という密室―いじめと暴力、腐敗の現場から

自衛隊という密室―いじめと暴力、腐敗の現場から

 このブログではたびたび自衛隊を取り上げています。戦争放棄と戦力不保持を定めた憲法9条を持つ国家が、世界有数の軍事力を「軍」ではないとして保有している、そのありようにわたしが大きな関心を持っていることが理由です。加えて「自衛隊員」という働き方、働かされ方が、わたしの個人的な考察テーマである「組織と個人」に合致していることも、もう一つの大きな理由です。
 「憲法との整合性」と「自衛隊員の働き方」という2つの側面は、相互に関係し合っているように思えます。自衛隊の存在は憲法9条に違反しているとの批判に対し、日本政府は長らく、自衛隊は「専守防衛」を旨とし、海外派遣も戦闘地域は避けるとして、批判をかわそうとしてきました。しかし今や海外派遣は国土防衛と並ぶ本来業務に位置付けが変わり、イラク派遣によって戦闘地域への派遣も実績ができました。米軍再編に合わせて、米軍との運用面での融合も進みつつあります。自衛隊のありようの変容とともに、「自衛隊員」という働き方もまた今日、大きく変容していると思います。
 自衛隊をめぐっては、9条との整合性、あるいは日米安保条約との兼ね合いでは、肯定論と否定論ともに多くの論評があります。しかし職業としての「自衛隊員」、働き方と働かされ方に焦点を当てた考察や論評は極めて少ないとの印象があります。マスメディアを含めてジャーナリズム活動も同様です。その数少ないジャーナリストの一人が本書の著者の三宅勝久さんです。
 三宅さんは元山陽新聞(本社岡山市)記者のフリーランス・ジャーナリスト。自衛隊員をテーマにした著作としては「悩める自衛官―自殺者急増の内幕」(花伝社)「自衛隊員が死んでいく―“自殺事故”多発地帯からの報告」(花伝社)に続く3作目となります。
 もともとサラリーマン金融をテーマに取材していた三宅さんは、多重債務者に自衛隊員も少なくないことに気付き、自衛隊員の取材を始めました。前2作がタイトルの通り、自衛隊員の自殺を中心的なテーマとしたのに続いて、本書では第1部「暴力の闇」で、海上自衛隊特殊警備隊の集団格闘死事件など自衛隊の内部にある隊員間の暴力やハラスメントを具体的な事例に基づいて報告。さらには第2部「『腐敗』と『愛国』」で、自衛隊の幹部の間に旧日本軍への憧憬が潜在していることを浮き彫りにします。第2部で取り上げているのは、イラク派遣の際に「ヒゲの隊長」として知られ参院議員に転身した佐藤正久陸自1佐の防衛省官制選挙疑惑や、政府見解に反する歴史認識を論文で公表して更迭された田母神俊雄・元航空幕僚長が、その特異な歴史観を在任当時に「講和」として第一線の自衛官に話していたことなどです。著者の三宅さんは「旧日本軍の伝統を、陸海空自衛隊はそのまま引き継いでいます」と言ってはばからない田母神氏の姿に、軍隊あって国家なし、のようだった旧軍への憧憬を見出しました。
 三宅さんはあとがきで「国民の生命・財産を守るはずの自衛隊は、かつて国民を苦しめたこの旧日本軍の背中を追いかけようとしている」と看破し、次のように書いています。

 衣食住が保障されているのにどうして借金をするのか、精強なはずなのになぜ命を絶つ隊員がこれほど多いのか、なぜ暴れるのか、なにが自衛隊員を苦しめているのか―これらの問いを追いかけてきた私は、「日本軍」という新たなヒントに行き着いた。「軍国主義」と「民主主義」の間を迷走する、軍隊でない「軍隊」自衛隊。かつて国民をおびやかした“先輩”のあとを追うという矛盾のなかに「兵士」の苦悩を解く鍵がないだろうか。

 政権交代が実現し、社会のありようも自民党を中心とした政権の時代から様々な側面で変わろうとしていますが、民主党自衛隊日米安保体制に対するスタンスは必ずしも明確ではありません。仮にこの先、自衛隊をこのままにして憲法9条の改変へと進み、自衛隊が「軍隊」になるとしたら何が起こるのだろうか、ということを考えずにはいられません。
 三宅さんが取材してきたことは、いずれもマスメディアでは深く取り上げられることもないままのことばかりです。自衛隊日米安保を取材テーマにしているマスメディアの政治部、社会部記者にはぜひ読んでほしいと思います。ばくぜんと9条改憲は必要だと考えている人、国際貢献のために自衛隊の海外派遣は当然だと考えている人、そんな人たちにも読んでほしい、そしてもう一度自衛隊について考えてほしい、そんな1冊です。

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