再び、生き残りが自己目的化しないことを期待〜やはり「見られて」いる新聞社間の提携

 朝日新聞社新潟日報社が22日、印刷部門の提携を発表しました。2011年春から、新潟県に配達する朝日新聞の一部約3万部を新潟日報社の印刷センターで印刷するとの内容で、輸送の提携も詰めはこれからのようですが、含まれているようです。
 新潟日報サイトの記事によると「新潟日報社は今年7月に読売新聞とも受託印刷で基本合意(2010年秋開始予定)」しており「朝日新聞との提携で、既に実施している日本経済新聞などと合わせ18万部余を受託印刷することになる」とのことです。また、朝日新聞のサイトの「お知らせ」記事によると、「朝日新聞社が委託印刷するのは、広島県中国新聞社、茨城県日本経済新聞社、北海道で十勝毎日新聞社鹿児島県南日本新聞社に続いて5社目。また、読売新聞社中日新聞社とそれぞれ関東、北陸、四国地域などで相互委託印刷を予定」ということになります。
 記者会見で新潟日報社の高橋道映社長は「紙面での健全な競争を続けながら、多様な言論と戸別配達網を守るため、『新たな協調モデル』を発展させた。輪転機の有効利用で経営基盤を強化し、紙面の充実や多メディア展開につなげていく」と述べたと伝えられており、提携は印刷、輸送にとどまり、編集面には及ばないようです。

 「新潟日報社 朝日新聞も受託印刷 3万部、2011年春開始予定」(新潟日報社 netpark)
 http://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/7318.html

 「朝日新聞社新潟日報社に委託印刷 輸送協力も協議」(asahi.com
 http://www.asahi.com/shimbun/release/20091222b.html

 産業としての閉塞感、危機感が深まっている新聞業界では近年、以前なら考えられなかった提携話があちこちで進んでいます。朝日、日経、読売の大手3社によるいわゆるANY連合が2007年10月に発表されて以降、目に付くようになりました。今回の朝日新聞新潟日報の提携も、新潟日報がANY3社と提携する体制が整った、という風にも見え、新潟県内では外見的には「ANYプラスN」連合になると言えなくもないと思います。ANY側に統一の意思があったかどうかは別にして、大手紙が軒並み地方紙の輪転機に印刷を委託する新しいモデルと言えるでしょう。先日は毎日新聞社共同通信社に再加盟するとのニュースが、「包括提携」という表現をめぐって共同通信社長が後日訂正の記者会見を開いたことを含めて大きな話題になりました。新潟日報社共同通信社の加盟社です。業界内の提携は「ANY連合VS地方紙連合」というような簡単な図式に収れんするわけではありません。
 おそらく今後も、新聞業界では様々な動きが続くでしょう。毎日新聞社の共同再加盟に触れた以前のエントリーでわたしは「企業としての新聞社の生き残りを自己目的化するのではなく、組織ジャーナリズムの成果として多様な情報、多様な言論が社会に担保されることが最終的な目的でなければならないだろうと思います」と書きました。加えて、読者、さらには社会の人々にどう向き合うのか、その姿勢も実は読者や社会の人々の側からは厳しく見られているとの自覚も新聞で働く者の側に必要なのだと考えています。新聞販売の現場で働いている「今だけ委員長」さんが河北新報(本社仙台市)に掲載された寄稿記事を紹介したブログを引用します。
 ※しんぶん販売考〜今だけ委員長の独り言「毎日新聞共同通信加盟について考える(その3)」
 http://minihanroblog.seesaa.net/article/135815367.html

 これまでいろいろと毎日新聞共同通信加盟社の包括提携について私見を書いてきましたが、読者には今回の問題がどのように映っているのかを的確に指摘されたコラムが河北新報(12月15日付)に掲載されていました。

 寄稿した渡辺裕子さんは放送局アナウンサーから教員に転じ、現在NIE活動を推進する伝道師として活躍されている方です。
 記事を引用すると
・・・「提携」や「加盟」が具体的に何を意味するのか読者に分からない。しかも、新聞社としての見解が全く書かれていない。共同通信の配信記事というが、読者は「ならば、新聞を作っているあなたの会社はそれをどう思っているのですか?私たちが読んでいる紙面にはどういう影響があるのか?」を知りたい。この話題は読者にとって、新聞という商品の質にかかわってくるかもしれない大切な生活情報のはず。当たり障りのない事実報告に終わっている記事に、歯がゆさと物足りなさを感じた。

 これは「一部訂正」会見まで開かせた地方紙を読んでいる多くの読者の声を代弁しているように感じます。ほとんどの地方紙はこの問題を共同通信配信から転載したと思いますが、独自の見解を加えることなく紙面が画一化されている兆候のように感じてなりません。

 このブログでも何度か、新聞を含めてマスメディアやそこで働く記者が社会から「見られている」ことを書いてきましたし、勤務先以外の外部媒体にも書きました。記者も含めて新聞社の社員、販売をはじめとした関連業界の従業員にとって「働く」ことと企業としての新聞社の生き残りは不可分ですが、一方で新聞という商品は社会の公共財ですし、そうであることを個々の新聞社も業界(労働組合も含めて)も幾度となく社会に向かって訴えてきました。やはり生き残り自体が自己目的化してはならないと思いますし、許されることでもありません。例え「ないものねだり」と言われようとも、むしろだからこそ、(新聞社の経営者はともかくとして)新聞メディアの内側で働いている人間までもが企業経営を第一に考えるようになってはならないと思います。「これでわが社は生き残れる」というところに心の安寧を求め、自らの所属企業が生き残り組に入れるかどうかを最大の関心事として新聞業界の行く末を論じるようなことがないよう、自らを戒めていきたいと思っています。

 ※参考過去エントリー
 生き残りが自己目的化しないことを期待〜毎日と共同、共同加盟社の包括提携に寄せて※追記あり
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091127/259257824

 マスメディアも「見られて」いる自覚が必要〜ウィニー事件のNHK記者取材問題の報じられ方
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091011/1255221338

 記者の取材も「見られて」いる〜ウィニー事件のNHK記者取材問題の教訓
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091012/1255324058

 記者会見の開放は進めるべきだ〜やっぱりマスメディアも記者も「見られて」いる
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091018/1255824803