新聞が培ったジャーナリズムの今後の居場所〜ネットに抜かれた日に考えたこと

 ※「新聞ジャーナリズムの居場所〜ネットに抜かれた日に考えたこと」から改題しました(2010年2月24日午後0時半)

 ここのところ、このブログのエントリーに新聞産業の沈滞と先行きのいっそうの苦境感、その中でのジャーナリズムとジャーナリストのありようといったテーマが目立つようになってきました。わたしは1983年に新聞記者になり、途中に休職期間はあったもののこの春で27年間、この仕事を続けてきたことになります。今までと変わらずにこの働き方が続くのなら、わたしにはあと10年の時間があります。しかし、恐らくわたしたちの世代の新聞記者は、平穏のうちに引退の日を迎えた先輩達のようにはいかないだろうなと、そんな予感が日に日に強まっています。
 そんな折り、電通が22日、2009年の広告費のまとめを発表しました。既に話題になっている通り、新聞の広告費がネットに抜かれました。
電通「2009年日本の広告費」.pdf 直
 わたし自身の備忘を兼ねて、いくつか特徴的な点を書き留めておきます。

  • 総広告費は5兆9222億円で前年比88・5%だが、新聞は特に落ち込みが大きく前年比81・4%の6739億円
  • ネットは前年比101・2%の7069億円
  • テレビは1兆7139億円で前年比89・8%。新聞に比べれば落ち込み幅は少なかった。雑誌は3034億円、前年比74・4%で落ち込み幅は新聞以上。ラジオは1370億円、前年比88・4%
  • 新聞広告費は2001年には1兆2027億円、05年は1兆377億円で、06年に初めて1億円1兆円を割って9986億円。大ざっぱに言って10年で半減した
  • ネットは04年にラジオを抜き、実は雑誌も06年に抜いていた

 ネット広告がラジオを抜いたことが明らかになった05年当時、わたしは新聞労連の専従役員でした。当時から広告媒体としての新聞の地位低下の傾向は顕著で、販売部数の低迷と合わせて、新聞労連の運動方針の中では現状認識として「経営面の危機」と位置付けていました。もうひとつ、いわゆるメディアスクラムを代表とする人権侵害への批判、権力監視機能が弱まっているとの批判を「紙面のジャーナリズムの危機」ととらえていました。当時、「新聞が直面する2つの危機」という認識はわたしにもありました。
 危機を自覚しているつもりではいましたが、一方で漠然と「まだ間に合う」とも考えていたように思います。広告費で言えば「いつネットが雑誌、新聞を抜くか」が新聞業界と広告業界で話題になり、それは現実のものになるだろうとわたしも考えながら、しかしその日が本当に来ることにどこまでリアリティを感じていたかと言えば、心もとありません。その日を実際に迎えてみて、正直に言うと「早かったな」という思いがあります。それ以上に、加速度的と言ってもいいほどに新聞広告費が減少していっていること、新しい収益モデル(それは恐らくネットが舞台なのでしょうが)を新聞社がいまだに持ち得ていないことに、あらためて危機の深刻さを見る思いです。
 労働組合運動に身を置いていた当時にいつも考えていたのは、この手で新聞をつくり社会に送り出しているわたしたち自身が、企業経営者とは異なった立場で社会に負っている責任を果たしていかなければいけないこと、そのためにこそ、それ自体が働く者の権利である労働組合を通じてわたしたち自身の生活を守り、ひいては新聞の仕事を成し遂げていくこと、そのための運動をつくっていくことでした。
 あの当時と立場も変わり、今は新聞労連の組合員でもありません。そして新聞の苦境はいちだんと深まりました。しかし今考えていることの根っこは、当時とさほど変わっているわけではありません。新聞が培ってきたジャーナリズムのうちの良い部分を残し、社会の変化に合わせて発展させていくことが必要だと思います。新聞社というマスメディア企業が企業として生き残っていくことだけを意味するのではありません。例え新聞社が生き残れたとしても、そこから発信されるジャーナリズムが社会の変化に合ったものでなければ意味がない、と言い換えてもいいと思います。その「社会の変化」ですが、わたしはインターネットとソーシャルメディアの広がりによって、ジャーナリズムはもはやマスメディアの独占物ではなくなり、プロの記者だけがジャーナリストでもなくなったことだと考えています。
 以前のエントリーでも紹介しましたが、話題の書「FREE」の最後近くで、著者のクリス・アンダーソンは「血の粛清のあとには、プロのジャーナリストに新しい役割が待っているはずだ」と書いています。少し長いのですが、その部分を再度、引用します。

14 フリーはクオリティを犠牲にして、アマチュアの肩を持ちプロを排除する
 ニュースサイトの「ハフィントン・ポスト」が台頭して、人々がコンテンツを無料で提供するようになったことと、プロのジャーナリストが失業し、消えていっていることが同時に起きているのは偶然ではない。
―アンドリュー・キーン
 「グーグルとウィキペディアYouTubeに未来はあるのか?」の著者
 そのとおりだ。フリーはプロとアマを同じ土俵にあげる。より多くの人が金銭以外の理由でコンテンツをつくるようになれば、それを職業としている人との競争が高まる(プロのジャーナリストを多く雇っている者として、私はアマとプロの共通点や違いについて、常に考えている)。それらすべては、出版事業にたずさわることがもはやプロだけの特権ではないことを意味する。けっして、出版によってお金が稼げなくなることを意味してはいない。
 プロのジャーナリストが自分たちの仕事がなくなっていくのを見るはめになるのは、彼らの雇い主が、潤沢な情報の世界で彼らに新しい役割を見つけることができないからだ。全般的に新聞はそうだと言える。おそらく新聞は音楽レーベルと同じように劇的に再構築されなければならない業界だ。『ニューヨーク・タイムズ』や『ウォールストリート・ジャーナル』などの一流紙は少し規模が小さくなり、その下の各紙は激減するだろう。
 だが、血の粛清のあとには、プロのジャーナリストに新しい役割が待っているはずだ。参加資格が必要だった伝統的メディアの範囲を超えてジャーナリズムの世界で活躍できるプロは、減るどころかますます増えるだろう。それでも報酬はかなり減るので、専業ではなくなるかもしれない。職業としてのジャーナリズムが、副業としてのジャーナリズムと共存するようになるのだ。一方で、別のプロはその能力を使ってライターではなく編集者兼コーチとなり、アマチュアが自分たちのコミュニティ内で活躍できるように教育して組織していくかもしれない。そうなればフリーが広がっても、金銭以外の報酬のために記事を書くアマチュアを指導することで、プロはお金をもらえる。したがって、フリーはプロのジャーナリストの敵にはならず、むしろ救いの手になるのだ。

 米国とでは事情が異なる点もありますが、日本でもジャーナリズムが新聞などマスメディアの専有ではないこと、ジャーナリストはプロの記者だけではないことへの理解が広がれば、新聞というメディアとそこで働く人たちが培ってきたジャーナリズムは社会に新しい居場所を見出せる可能性も広がるのだと思います。
 コラムニストの歌田明弘さんは、朝日、日経、読売の新聞3社が合同で運営しているサイト「新S(あらたにす)」のコラム「新聞案内人」で、日本の記者クラブの中に依然として記者会見の開放に消極的で、プロの記者以外の参加を認めない例があることを紹介しながら、以下のように書いています。

 「新聞崩壊」の危機が深まるアメリカのジャーナリズムに、このところ関心を持っている身としては、なるほど日本のメディアはまだそれほど苦境に陥っていないのだなという思いもしてくる。
 昨年12月に来日したアメリカの非営利の報道機関「Center for Public Integrity」の創立者チャールズ・ルイス氏の講演が、 YouTube記者クラブのサイトで公開されている。40分過ぎから質疑応答になり、日本の記者からは、活動の資金源についての質問なども出ている。
 経済的に苦境に陥っているアメリカの新聞は、もはや調査報道をする余裕がなくなってきており、またさまざまな制約があって報道すべきことをしていない、代わって自分たち非営利の報道機関が担い、それをマスメディアにも提供する、とルイス氏は言っている。
 非営利の組織といかに協力関係を作っていくかは、これからの時代、重要な課題になっていく。そうしたとき、記者会見に参加できるのは「報道の対価として収入を得ている職業報道人」に限るという規定は時代錯誤のものになるだろう。
 アメリカでは、健全な民主主義のためにはジャーナリズムが必要であり、そのジャーナリズムが危機に陥っているという認識が広がって、さまざまな基金が資金援助をするようになってきた。寄付がアメリカのように広範に行なわれていない日本では、とても無理だと、ルイス氏の講演を聞いた日本の記者たちは思ったことだろう。
 しかし、日本で営利の報道機関が経済的困難に陥り十分な活動ができなくなったとき、各地の大学が草の根メディアをみずから立ち上げたり、その支援をして仕事の一部を担ったりするといったことはありうるのではないかと思う。

 ※あらたにす新聞案内人・歌田明弘「ジャーナリズムを担うのは誰か」(2010年2月23日)
 http://allatanys.jp/B001/UGC020005120100222COK00491.html

 日本の新聞は、産業としてはますます苦しさが増していきます。そこで働く身としては切なくもあり、正直なところ不安があることも否定できません。しかし、日本でもやりよういかんでは、新聞記者がこれまでに培ったプロとしてのスキル、経験を引き続き生かすことは可能だろうと思います。それはこれまでと同じようにマスメディアの中であり続けるかもしれませんし(わたし自身はそうでありたいと願っていますが)、場合によっては外かもしれません。いずれにしてもその未来への希望だけは、ここまで新聞を仕事にしてきたわたし自身の責任として、新聞の後輩たちに引き継ぎたいと考えています。その希望があれば、どんなに苦境が増そうとも絶望にだけは陥らずに済むのではないかと思います。

▽参考過去エントリー
「新聞記者は『血の粛清』後、プロとして残れるのか〜読書『フリー<無料>からお金を生みだす新戦略』」=2010年2月13日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100213/1266039828

「新聞とテレビの「断末魔」〜週刊東洋経済が特集」=2010年2月18日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100218/1266431214

東洋経済の特集については、スイッチオン・プロジェクトでご一緒している慶応大の坪田知己さんがバッサバッサと歯切れのいい評を書いています。ぜひ一読ください。
 坪田知己の『メディア転生』【第7回】断末魔の新聞とテレビ
 http://blog.goo.ne.jp/gendai_premier/e/e20179fceffb24be039308565bf45c7d

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週刊 東洋経済 2010年 2/20号 [雑誌]

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