紙面、取材組織、記者クラブの「三位一体」的な縦割り〜ネット以前と同じ新聞メディア

 明治学院社会学部での非常勤講師は24日が3回目の講義でした。初回の概論紹介に続き第2回(17日)から本論ということで、計4回分をめどに「可視化されるマスメディア」をテーマに話を進めています。
 ここで言う「マスメディア」は新聞と放送に特化しています。「可視化」とはこのブログでも再三書いてきたように、以前は知られることがなかったマスメディアの記者の取材ぶりや、マスメディアの記事がどんな経緯で作成されているのかが、インターネットの登場とブログをはじめとするソーシャルメディアの普及によって社会から見られてしまうようになったことを指します。講義の全体テーマは、以前のエントリーでも触れましたが「ジャーナリズム」と「ジャーナリスト」のわたしなりの再定義です。それに際して考察しておくべきマスメディアに現在起きている変化の一つとして「可視化」を選びました。
 講義ではまず、ネットの登場以前のマスメディアを新聞を例に紹介しています。日本での本格的なインターネットの普及は、マイクロソフトがウインドウズ95を発売した1995年に始まったという捉え方が有力な説のようです。わたしの勤務先でも、それまでのワープロに換えて記者全員にパソコンを一人一台ずつ貸与したのがこの年だったと記憶しています。そのころ中学生だった世代が現在、20代後半から30歳ぐらい。この世代以降の若い人たちにとっては、おそらく学生に限らず、ネットのない社会、携帯電話もない社会がどのようなものであったかを想像するのは難しいかもしれません。
 わたしが記者になった1983年当時、「報道」と言えばほぼ同時に新聞と放送のニュースを意味していました。少なくとも、社会で暗黙の合意があったと思います。新聞と放送が報じないことは、社会的には「なかった」も同然でした。ついでに言えば、新聞は販売面でもまだまだ右肩上がりに伸びている時代でした。そんなことを考えながら講義の準備をしていてあらためて感じたのは、メディアとしての新聞は構造も作りも、あるいは取材組織と取材形態も、当時と現在とで基本的には変わっていない、ということです。
 新聞の形状は活字がびっしりと印刷された紙の束ですが、「面」と呼ぶそれぞれのページ建てには厳然とした秩序があります。第1面の右上に配置するのが、その日のその紙面に収容しているすべての記事の中でもっとも重要だとその新聞が判断した「1面トップ」と呼ぶ記事であること。そのほかの1面の記事も、ほかの面に載っている記事よりも重要だと判断した記事であること。新聞によって違いはあるものの、2面以降は順を追って総合面、政治面、国際面、経済面、運動面や文化・生活面、地域面、社会面とジャンルごとの面建てになっていることです。なお、政治面は比較的歴史が浅く、以前は1面に載らない政治記事はもっぱら総合面に掲載されていました。最近では、総合面は各紙とも大型の特集記事や解説記事を多く載せています。
 新聞社の中でも全国紙に顕著なことですが、取材部門である編集局は、伝統的に政治部、経済部、外信部、社会部、文化部、運動部などとジャンル別の縦割り構成になっています。このジャンル分けは紙面の「面」建てに対応しています。逆の考え方もできます。縦割りの取材組織に対応して、面建てが確立されているのかもしれません。そして、今回講義を進めながらあらためて感じるのは、こうした新聞の「つくり」と新聞社の取材組織のありようとに密接不可分な関係にあるのが記者クラブだということです。
 講義の準備をしながら感じたことですが、ひと口に「記者クラブ」と言っても、マスメディアやジャーナリズムをめぐる議論にさほど詳しくない学生たちに、記者クラブとは何かを説明するのはなかなか難しいものがあります。講義では具体例の一つとして、もう10年以上前のことですが、わたしがかつて所属した東京の司法記者クラブのことを説明しました。
 司法記者クラブに所属する記者の取材テーマは主に最高裁や東京高裁、東京地裁の裁判と、最高検、東京高検、東京地検検察庁です。したがってクラブには各社とも社会部の記者が加盟しています。ほかの記者クラブでは、首相官邸では圧倒的に政治部の記者が多く、財務省や日銀は経済部の記者です。中央省庁など東京の記者クラブ以外でも、やはり県庁の記者クラブなら行政担当の記者(地方紙なら政経部など)、県警本部の記者クラブなら事件担当の記者(地方紙なら社会部など)です。記者クラブもまた政治部や経済部、社会部などの出稿部門の縦割りに対応している、と言うことが可能だと思います(厚生労働省記者クラブなど、経済部や社会部、科学部など同じ新聞社ながら所属部門が異なる複数の記者が加盟している記者クラブもあります)。こうしたこともあって、新聞社の中では「現場」と言えば「記者クラブを拠点とした取材現場」や「記者クラブに所属している記者」のことを指すことが多く、中でも政治部や経済部では大半の記者がいずれかの記者クラブに所属していて、ふだん社内にいるのは部長とデスクだけ、というのが通例です。
 新聞というメディアは長らく「面建て」「出稿部」「記者クラブ」を言わば「三位一体」で縦割りにして、社会への情報発信を続けてきました。インターネットのない時代、政治や行政が社会の人々に直接情報を送る手段は限られていましたし、社会の中ですべての人々に対して有用な情報を効率よく流通させるには、マスメディアのこうした仕組みもそれなりにうまく機能していたのだと思います。そしてインターネットが普及した現在も、新聞・放送のマスメディアのこの仕組みは基本的には変わっていません。朝日新聞のように、過度に記者クラブに依拠しない報道を掲げ、取材テーマ別に出稿部門の組織構成を再編している例もありますが、記者クラブから記者を引き上げたわけではなく、クラブに拠っている日常の取材の絶対量が減ったわけではないでしょう。
 次回5月1日の講義では、ネットの普及によって既存マスメディアが直面している「可視化」の具体例を説明しようと考えています。分かりやすい例として、このブログでも以前言及したウイニー開発者の刑事裁判をめぐるNHK記者の取材の問題を取り上げる予定です。その後は、昨年の政権交代を機に、さまざまな動きが続いている記者会見の開放問題と記者クラブのありようについて、マスメディアの「可視化」の観点からはどのように見ることができるか、に話を進めていきたいと考えています。

【参考過去エントリー】
 マスメディアも「見られて」いる自覚が必要〜ウィニー事件のNHK記者取材問題の報じられ方(2009年10月11日)
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091011/1255221338
 
 記者の取材も「見られて」いる〜ウィニー事件のNHK記者取材問題の教訓(2009年10月12日)
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091012/1255324058

記者クラブについて】
 ※記者クラブについてわたし個人は、存廃が問題ではなく運営のありようが重要だと考えています。カテゴリー「記者クラブ」の過去エントリーも読んでいただければ幸いです。
 ※記者クラブについてイメージすることが難しいと感じている方には、ことし4月19日に「記者会見・記者室の完全開放を求める会」が公表したアピールが有用だと思います。以下の同会のブログにアップされています。
 http://kaikennow.blog110.fc2.com/