重さを手に感じ取り「沖縄」を追う〜琉球新報を購読


 今月から沖縄の琉球新報を自宅で購読することにしました。2、3日遅れとのことですが、郵送で届きます。初日のきょう(3日)は1日付と2日付が同時に届きました。東京でも場合によっては翌日に読めるわけで、これは早いな、と感じました。本当はもう一つの県紙、沖縄タイムスも購読したいのですが、既に琉球新報で自宅購読が3紙目ということもあり見送っています。
 これまでも琉球新報沖縄タイムスの記事をネットではチェックしていました。しかし、見出しの大きさや写真を含めた紙面のレイアウトは紙メディアの新聞独特のものです。鳩山由紀夫前首相が米軍普天間飛行場の県外移設を掲げたことに沖縄でいったんは期待が高まり、しかしそれだけに鳩山前首相の姿勢がどんどん後退していくにつれ、沖縄では怒りが高まっていることが在京メディアでも盛んに伝えられるようになったころから、沖縄メディアの報道を紙面で見たいとの思いが強まっていました。記事自体はネットで読むことができても、その記事が沖縄の人たちにどんな風に伝えられているのかは、紙面全体のレイアウトを見ないと分かりません。沖縄の人たちが日々読んでいるのと同じ紙面を、1日遅れとはいえ実際に手に取って、その重さも感じ取りながら日々の沖縄の動きを追うことで、自分自身に新たな発見、気付きがあるかもしれない、そんな期待もあります。仕事柄、職場で閲覧することもできるのですが、本土(ヤマト)に住む一読者の立場に立ちたいと思いました。
 沖縄に限ったことではありませんが、地方紙にはそれぞれ、その地域に根ざした紙面づくり(広告も含めて)があり、新聞のつくり手と地域で生活している住民との距離も、全国紙に比べればぐんと近いものがあります。ある程度ネットで記事はチェックできますが、紙面は紙面で、地域情報のパッケージとして「地域」を実感できる独自の機能があると思います(「ネットか、紙か」のような優劣の問題ではありません)。
 さて琉球新報の1日付の紙面では、1959年の宮森小学校米軍機墜落事故から51年の6月30日、うるま市の同小学校で児童会主催の追悼集会が開かれたことを伝える1面と社会面の記事が印象に残りました。児童11人、市民7人が犠牲になったこの事故のことは、本土でどこまで知られているだろうか、というようなことを考えました。
 思い起こすのは2004年8月の沖縄国際大米軍ヘリ墜落事故です。奇跡的に住民にけが人が出ませんでした。そのことが本土メディアの報道で事故を過少に扱うことにつながったのではないかと思います。一例ですが、記憶では発生当日、NHKの夜7時の全国ニュースはアテネ五輪プロ野球オーナーの問題発言に続いて、この事故は3番目でした。被害の程度で事件事故のニュース・バリューを判断する習い性が、沖縄の米軍機をめぐる事故でも表れたとしか言いようがありません。
 以前のエントリーでも書きましたが、昨年来の普天間飛行場移設問題をめぐって、本土メディアの報道には変化が生じました。それがどこまで自覚的なものだったのか、その問い掛けを忘れずにいながら、沖縄と基地をめぐって本土メディアは何をどう伝えていくべきなのかを引き続き考えていこうと思います。
※参考過去エントリー
「『なぜ沖縄』の疑問に応えていく報道を〜ヤマトメディアに起きた無自覚の変化」2010年5月30日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100530/1275180587
ツイッター琉球新報を購読することをつぶやいたら、琉球新報のアカウントから返信をいただきました。ありがとうございました。以下に紹介します。
 http://twitter.com/newsworker/status/17467399299
 http://twitter.com/ryukyushimpo/status/17469664706