ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

新聞の扱いが分かれた鯨肉裁判判決〜知られなければ議論は深まらない

 調査捕鯨捕鯨船船員が自宅に送った鯨肉を運送会社から持ち去り、窃盗と住居侵入の罪に問われた環境保護団体グリーンピース・ジャパンのメンバー2人に、青森地裁が6日、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。2年前、持ち出した鯨肉をグリーンピースが公開し、船員らによる横領行為があるとして東京地検に捜査を求めましたが結果は不起訴でした。メンバー2人は青森県警に逮捕された後に起訴。公判では、船員らの不正を告発するための正当な行為だとして無罪を求めていました。わたしはこの問題にはいくつか重要な論点があると考え、6日の判決にも注目していたのですが、有罪の当否はともかくとして、少なからず驚いたのは判決を報じる7日付の新聞各紙の紙面上の扱いが大きく分かれたことです。東京都内発行の各紙の扱いは以下の通りです。

【朝日】社会面トップ、本記とサイド記事(「『公益のための触法』許される余地は?」の見出し)、とはもの、水産庁のコメント、「鯨肉の流れ」のチャート
【毎日】社会面準トップ、本記と識者談話2人(板倉宏日本大学名誉教授と東沢靖・明治学院大学大学院教授)、とはもの
【読売】本記のみ第2社会面に1段見出し
【日経】本記のみ第2社会面3段見出し
【産経】本記のみ第2社会面1段見出し
【東京】本記のみ社会面3段見出し

 いちばん大きな扱いだった朝日が、社会面の半分以上を割いて計7本の見出しを並べているのに対し、もっとも小さい扱いの読売は見出しも小さめの短信に等しい扱いです。注意して紙面の隅々まで見なければ見逃すところでした。新聞それぞれに異なるニュース・バリューの判断はあっていいのですが、それにしてもこの鯨肉持ち出し問題がはらんでいる意味を考えれば、短信並みとの扱いには疑問を感じずにはいられません。
 公判ではメンバー2人は、税金が投入されている調査捕鯨の不正を告発するのが目的だったと主張し、こうしたNGOの調査活動はジャーナリストの取材活動と同じく、国際人権規約憲法でも保障された表現の自由の正当な行使だとして、無罪を主張していました。運送会社が管理する配送所に無断で立ち入り、許可なく配送荷物を持ち去った行為は外形的には不法侵入と窃盗に当たるとしても、目的の正当性との比較で違法性は問うべきではない、というわけです。運送会社が被害を受けたのは事実としても、目的の正当性を重視し違法性を問わないことで社会全体にはより大きな利益が担保される、との主張と言い換えてもいいでしょう。
 こうした権利や利益のぶつかり合いは、この鯨肉問題に限ったことではありません。政党などのビラを配布するためにマンションの集合ポストに管理組合の許可なく立ち入ったことが不法侵入に問われる「ビラまき逮捕」も、個人が平穏に生活する権利と社会に表現の自由が担保されることとのぶつかり合いです。法人格としては私企業(私人)のマスメディアの取材活動に対して、表現の自由に寄与することが尊重され情報源の秘匿が保護されていることにも通じると思います。公務員が公式の広報対応以外の場でマスメディアの取材に応じる場合、職務上知りえた事項の漏えいとして違法性を問われかねません。ここでは公務員法違反と表現の自由や知る権利とがぶつかり合い、そして後者が優先して保護されています。
 鯨肉持ち出しをめぐって、グリーンピースのメンバー2人が無罪を主張したことには、決して小さくない意味がありました。そして、マスメディアやジャーナリストの取材が無制限に違法性を免除されるのではないのと同様に、NGOの調査活動はどこまでなら違法性を免除されるのか、その基準に一定の判断が示されるのかどうか、それを踏まえて有罪、無罪の結論が示されるのかどうかが、この裁判の持つ意義だったのだと思います。青森地裁の結論は有罪でしたが、それならそれで、この青森地裁の判断をどう考えればいいのか、社会の個々人が多様な意見や考え方に接することで、社会全体の議論も深まります。まずは広く知られることが大事であり、そのきっかけや考える材料を提供するのがマスメディアの役割だと思うのですが、短信並みの扱いでその役割は果たせるでしょうか。マスメディアの取材の正当性とも連続性を持っている問題であり、そもそもマスメディア自身が大きな関心を持ってしかるべきだろうと思うのですが。

 今回の青森地裁の判決は有罪でしたが、NGOの調査活動はどこまでなら違法性を免除されるのかについては、一般論としての判断を示さなかったようです。この鯨肉持ち去り問題は、わたしの周囲でも時に議論になります。わたし自身は、運送会社に被害が出ていることを軽視はできないと考えています。調査をする者と調査対象の二者にとどまらず、調査捕鯨や鯨肉をめぐる不正疑惑とは直接関係がない運送会社が第三の当事者になってしまったことがこの問題の特徴の一つです。グリーンピースのメンバー2人は即日控訴しており、仙台高裁で裁判は続きます。引き続き、注視していきたいと思います。

※参考
 「グリーンピース・ジャパン」HP
  http://www.greenpeace.or.jp/

【追記】2010年9月19日23時50分
 ビデオジャーナリストの神保哲生氏が自身のブログに、グリーンピース・ジャパン星川淳事務局長の話を紹介する記事をアップされています。今回の裁判の意義をどう見るかを考える上で、とても参考になります。
 「クジラ肉裁判から見えてきたもの」
  http://www.jimbo.tv/videonews/000703.php