40年前のコザ騒動を知っていますか

 沖縄県名護市在住の作家、目取真俊さんのブログでこの動画を知りました。12月20日の沖縄テレビの放送です。
 ※海鳴りの島から「40年前の叫び」
 http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/447e7ec816a13f7e7b7c88affac21a2a

  1970年当時、北九州市で小学生だったわたしは、よど号ハイジャック事件大阪万博は知っていても、このコザ騒動のことは知りませんでした。初めて知ったのはずっと後年、いつだったか記憶は定かではありませんが、故竹中労さんがルポルタージュの中で紹介しているのを読んだのが最初でした。炎上する車を背にカチャーシーを激しく踊る青年がいた、と竹中さんが聞き伝えで書き記した描写が、うろ覚えながらあたかも一枚の写真を見たかのように強く印象に残っています。
 本土(ヤマト)に住む日本人にとって、ことしは「沖縄差別」が可視化された1年でした。昨年の政権交代以来、米軍普天間飛行場の移設について鳩山由紀夫前首相がいったんは「最低でも県外」を掲げながら、結局は名護市辺野古への移設案に回帰。11月の知事選では、かつて自民・公明連立政権下では県内移設を容認していた現職の仲井真弘多氏も「県外」を公約に掲げ再選されました。もはや沖縄には県内移設受け入れの世論はないに等しいことが分からないはずはないのに、菅直人首相は12月17〜18日に沖縄を訪れ「ベターの選択」と県内移設の受け入れをなおも求めました。仙谷由人官房長官が、後に撤回したとはいえ沖縄に「甘受」を求めた発言もありました。こうした出来事の数々を見れば、現政権がこれが本当に自国民に接する態度なのかと思うくらいに、沖縄に差別的であることに気づくのにさほどの困難はないだろうと思います。
 もう本土に住む日本人は、「沖縄差別」を知らなかった、気付かなかったでは済みません。現政権がいかにひどくても、その政権が成り立っているのは選挙の結果です。差別の責任は詰まるところ、日本国の有権者の一人一人が負っていると言うべきです。そうした状況である現在、40年前のコザ騒動のことは本土に住む日本人にも広く知られていい沖縄の現代史の出来事だと思います。