ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

脱「政争」の報道へ

 今回も少し日が経ってしまいましたが、備忘を兼ねてのエントリーです。
 民主党は8月29日、新代表に野田佳彦氏を選出しました。野田氏は30日に国会で首相に選出され、9月2日に組閣。2年前の政権交代後、3人目の首相です。
 民主党の代表選には5人が立候補。国会議員による1回目の投票では小沢一郎氏の支持を受けた海江田万里氏がトップでしたが、上位2人による決選投票で野田氏が逆転しました。結果が見通せない混戦を制したのが、知名度が高いとは言えず華やかさもない野田氏だったことを、大手紙各紙は30日付の朝刊紙面でさまざまに論じました。各紙のサイトから社説の見出しを記録しておきます。また、恒例ですが、各紙とも政治部長の署名の論評記事を30日付朝刊の一面にそろって掲載しました。その見出しも記録しておきます(大阪市内発行の最終版より)。

【朝日】社説「野田新代表―先送りの政治から決別を」▼渡辺勉・政治エディター「国民と向き合う政治を」
【毎日】社説「野田民主党新代表『もう後はない』覚悟を」▼古賀攻・政治部長「政治に熟成の力を」
【読売】社説「野田民主新代表 世代交代で再生への歯車回せ」▼玉井忠幸・政治部長「政治を前に進めよ」
【日経】社説「野田新代表は与野党協調で政策実現を」▼池内新太郎・政治部長「『前に進む政治』取り戻せ」
【産経】社説(「主張」)「野田新代表 やはり早期解散こそ筋だ 信を失った民主党は出直せ」▼政治部長・五嶋清「民主の自壊が始まった」

 「もし投票権さえない人物に操られる政権が誕生したら。もし野党との約束事をほごにしかねないリーダーにしてしまったら。民主党議員なりにそのリスクを考えた結果だろう。非常識との格闘をまずは評価したい」(毎日・古賀政治部長)「最後に勝敗を決したのは『日本の政治を壊していいのか』という危機意識の広がりだろう」(読売・玉井政治部長)などのように、小沢氏の支配下にあるとみられた海江田氏を野田氏が逆転したことを、まずは好意的にとらえている論調が目立ちます。その上で、日経の社説が見出しに「与野党協調で政策実現を」と掲げたように、ねじれ国会を踏まえて、与野党が歩み寄れるところは歩み寄るべきだ、とのトーンがおおむね共通しているように感じました。東日本大震災からの復興と福島第一原発事故の収束という課題を抱えた中では、マスメディアとしてはそれが常識的で穏当な論調と判断し、選択したように思います。ただ、産経新聞は社説で「マニフェストの破綻を認めた時点において政権政党の正当性は失われたのである。もう一度、練り直して国民の信を問うことが野田氏の最大の責務である」と書き、政治部長与野党協議以前に民主党内の協議が不調に終わりそうなことを指摘して、他紙と一線を画しています。

 これらの社説や署名評論の中で、もっとも強くわたしの印象に残ったのは、朝日新聞の政治エディターの渡辺勉氏が署名記事の最後で「私たちメディアも、政争中心になりがちな報道を乗り越えたい」と書いていることです。「首相が務まる政治家なのか。政権を担える政党なのか。だれのための政策なのか。いっそう厳しくチェックしていきたい」と結んでいます。民主党代表選のマスメディアの報道を振り返れば、そもそも小沢一郎氏が支持する海江田氏を軸にしての選挙構図だったために、「親小沢」「反小沢」の多数派獲得競争を追う〝政争報道〟がやはり前面に出ていたように思います。仮に選挙の構図自体が政争色の強いものであったとしても、それをどう報じるかは、工夫と検討の余地は小さくないと思います。政治部長のこのような署名記事では異例と言っていい朝日・渡辺氏の言及を、多としたいと思います。

 この「政争報道」の問題とも関連するのですが、沖縄の地方紙・琉球新報が同じ8月30日付の朝刊に掲載した東京支社発の記事を一部引用して紹介しておきます。
琉球新報「沖縄への関心薄く 野田新代表『県外』を即否定」
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-181045-storytopic-3.html

 【東京】東日本大震災の復興のため増税不可避との立場を取るなど、財務相としての印象が強い野田佳彦新代表。沖縄に関してこれまで目立った発言はないが、復興財源を確保する立場から、29日の記者会見で、沖縄振興一括交付金に関して「(3千億円の)数字だけが独り歩きをしている」と述べるなど、県の要望に懐疑的な見方を示した。普天間移設についても「菅政権の政策を継承したい」と県外移設を即座に否定。基地問題や新たな沖縄振興政策で、県にとって厳しい交渉が予想される。
(中略)
 本紙が代表選の際に依頼した普天間問題や沖縄振興に関するアンケートには「どの社にも答えていない」(野田陣営)として無回答だった。決選投票で代表の座を争った海江田万里氏も無回答。東日本大震災の復旧・復興が新政権の最優先事項になったこともあり、民主党内で沖縄への関心度の低下が目立った代表選だった。

 「沖縄への関心度の低下が目立った」という指摘は、「政争報道」が前面に出ていた本土マスメディアにもそのまま当てはまるように思えます。かつて、政権交代とともに首相に就いた鳩山由紀夫氏が、普天間飛行場沖縄県内移設見直しを掲げながら挫折し、退陣していった経緯の中で、「沖縄」は一時期、本土マスメディアの政治報道の中心にありました。その報道の過程で、おそらくは無自覚のものながらも本土メディアの沖縄の報じ方に変化が生じたとわたしは感じていました。沖縄は本土によって差別されているのではないか、との観点が、本土メディアの報道にも反映されるようになったように思うと、このブログでも書きました。しかし、今回の民主党代表選と野田内閣発足を通じては、琉球新報の記事が指摘している通りです。
 日本社会にとって東日本大震災からの復興と福島第一原発事故の収束が最大課題であるのは間違いありません。ただ、福島県で多くの方々が住み慣れた土地を離れて避難を強いられている現状からは、国策と地域住民という大きな問題にともに連なっているという意味で、マスメディアの報道にとっては沖縄の基地問題も同じ視野にあるべきでしょう。政争中心になりがちな報道を乗り越える、その具体的なステップは、こうしたことの一つ一つをおろそかにしないことなのだろうと思います。
 ※参考過去エントリー
 「『なぜ沖縄』の疑問に応えていく報道を〜ヤマトメディアに起きた無自覚の変化」=2010年5月30日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100530/1275180587

 もう一つ、ここで書き留めておきたいのは、野田氏本人が口にした「どじょう」というキーワードの使われ方です。金魚との比較が面白いこともあってか、マスメディアも「どじょう内閣」などと盛んに使っています。しかし、第三者の指摘ではなく当の政治家本人が自己アピールとして口にした言葉です。マスメディアがそれを多用して、どこまで伝わるものがあるのか、わたしは疑問を感じています。一例では、組閣時の社会面の横見出しに「どうじょ、よろしく」と載せた新聞(在阪)がありました。
 どじょうは地味で泥臭いが手堅く堅実、というのはあくまでも野田氏の自己主張です。それが本当かどうか、地味だが手堅いのかどうかを見極めるための材料を多面的に提供していくのがマスメディアの役割です。

 ちなみに新聞各紙と共同通信は9月3日、緊急の電話世論調査の結果を一斉にネット上で報じました(紙面では4日付朝刊に掲載)。野田内閣の支持率は▼日経新聞67%▼読売新聞65%▼共同通信62%▼毎日新聞56%▼朝日新聞53%―となっています。