この半年、この10年〜こうの史代さん「3.11を心に刻んで」を胸に

 きょう9月11日は、東日本大震災から半年です。犠牲者が1万5781人、いまだ4086人の方が行方不明(10日現在の警察庁集計)。福島第一原発事故は収束せず、多くの方々が避難生活を余儀なくされたままです。犠牲になった方々のご冥福をあらためてお祈りいたします。災害は自然現象と人間の営みの関わりで起こるのであり、防災とは、人間の営みをどう考えていくのかに通じる一面があることを強く感じるようになった半年です。
 きょうはまた米中枢同時テロからちょうど10年の日にも当たります。10年前の8月、わたしは当時所属していた労働組合の執行委員長に選出され、9月11日は執行部が懸案などを集中的に勉強する合宿の真最中でした。夕食を終え、夜の討議に入って間もなく、テレビの中継に釘付けとなったことをありありと思い出します。この事件では、多くの人命が奪われました。それから10年、米国が掲げたテロとの闘いは終わらず、今も人命が奪われ続けています。この間、日本は日米同盟を国家戦略の基軸に据えて、イラクにも自衛隊を派遣しました。
 6年前のきょうは、小泉純一郎首相当時に自民党が大勝したいわゆる「郵政解散選挙」の投開票日でした。小泉氏が「労働組合抵抗勢力」と言い切っていたまさにその当時ですが、わたしは自衛隊イラクに派遣された年から2年間、新聞労連の専従役員となり、職場とは違った立場から、わたしたちの社会とマスメディアというわたし自身の仕事を見つめる時間を過ごしました。今はマスメディアが取り上げることもほとんどありませんが、小泉氏は時の首相としてイラク戦争で米国支持をいち早く表明しました。国家としての日本が、いまだイラク戦争支持を見直していないことを、忘れずにいたいと思います。

 前世紀とはまったく違う位相に変わった21世紀の最初の10年を、自分が過ごしてきた時間に重ねて振り返ってみて、マスメディアのジャーナリズムは何のためにあるのかということを、あれこれ考えずにはいられません。
 東日本大震災で亡くなった方、行方不明の方が計1万9867人(10日現在の警察庁集計)に上るという事実は、そこに1万9867もの人間の営みがあったということです。その一人ひとりの生の営みを、同じ社会の隣人として、仲間として知ることで、災害に立ち向かう勇気や知恵を得ることができるのだと思います。戦争も、そこで生命を奪われる人たち一人ひとりの生の営みに思いをはせることができるか否かが、ジャーナリズムには問われているのでしょう。
 この10年、わたしは自分が身を置く「新聞」というメディア、新聞の仕事について、突き詰めて言えばその役割の一つは戦争を止めることにあると確信するようになりました。しかし、では、マスメディアの片隅に身を置いて、わたしは何をしているのか。今後、何ができるのか。自問が続きます。

 岩波書店東日本大震災から2カ月後の5月から、毎月11日に被災者の方々を心に刻むための連載をホームページで続けています。
岩波書店「3.11を心に刻んで」 http://www.iwanami.co.jp/311/
 きょう9月11日も3人の方が寄稿しています。その中で、広島市出身の漫画家こうの史代さんの一文が深く胸に刺さりました。「だんだん暗くなってゆくけれど、怖くはないからね、安心してまっすぐ歩いて行くんだよ」…。病気で幼い息子さんを亡くした和尚さんが、息子さんを看取る際に掛けた言葉の紹介から始まります。生き残った者が、死者とどう向き合って生きていくのか。それは戦争であれ、災害であれ、ジャーナリズムが何をどう伝えていくのかにも通じると思います。座右の一文とし、気持ちが前に進みづらいと感じたときには読み返すことにしようと思います。

夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

 わが家にあるこうのさんの作品です。読んで涙が止まりませんでした。原爆が何をもたらしたのかに本当に気付いているのか、ここでも自問が続いています。