作文ゼミ同窓会

 新聞労連の委員長を退任してから今年で6年になります。在任中に力を入れたことの一つに、新聞記者志望の学生、大学院生を対象にした作文講座がありました。各新聞社の採用試験日程をにらみながら、例年1月から3月にかけて、5人から10人程度のゼミ方式で指導しました。わたしが委員長1年目の時に始まった試みで、退任後も2年間、後任の委員長が2グループ、わたしが1グループを受け持つ形でお手伝いさせてもらいました。最初は、新聞労連のイベントを手伝ってくれた学生たちへのお礼代わりでした。その後も引き継がれ、年々、規模も拡大して今では講師6人態勢(6ゼミ)とのこと。この春就職する人たちを含めて、これまでの7年間で新聞社や放送局に入った出身者は計約60人に上ります。18日に、この作文講座の初めての“同窓会”が東京で開かれ、わたしも参加しました。
※参考過去エントリー
「作文教室の個人的な思い出〜新聞労連がことしも就職フォーラム」(2009年11月26日)
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091126/1259163390

 毎回、ゼミが終わった後は居酒屋に場所を移しての放談会でした。色々な話を学生たちとしました。当時は、学生たちの文章力が回を重ねるごとに上がっていくのがうれしく、また新聞やマスメディアに対して学生たちの見方や意見を知るのも楽しみでした。わたし自身にとっても自分の仕事を見つめ直すいい機会でした。
 同窓会に出席してくれた彼ら、彼女たちのうち、古参者は既に記者歴4〜5年。みな、ひと回りもふた回りもたくましくなり、頼もしい限りでした。中には大手紙の支局にいて最近、一面トップの独自ダネをものにした記者もいます。人権にかかわる立派な記事でした。署名を見た時にすぐに気付き、再会を楽しみにしていました。その彼が、あいさつでこんなことを言ってくれました。いわく「作文ゼミでは、作文を書くのが上達したこと以上に、憲法のこととか、表現の自由と知る権利とか、戦争と新聞のことなど、いろいろな話を聞かせてもらったことが、とても有意義だった」と。わたしの話を聞いてくれた学生が記者になり、そして意義深い記事を独自取材で書くまでになった、そのことをとてもうれしく思いました。
 新聞記者の教育は、日本では新聞社が記者職を採用後に自前で行うのが基本になっています。それは記者教育でもあり、企業としての社員教育の一面もあります。新聞社の経営上の命題、例えば「生き残り」が記者教育にも色濃く投影されるのは、新聞発行が企業活動である限りは当然のことでしょう。だからこそ、所属企業の違いを超えた「新聞記者」という職能を考え、語る場が重要だと思います。同窓会参加者ひとりひとりの話を聞きながら、所属は違っていても新聞記者同士、広い意味の「同僚」として、こうやっていろいろなことを語り合う場がもっと広がっていけばいいな、と思いました。と同時に、学生のうちに現役の記者からいろいろな話を聞くことができ、議論ができるこの作文講座の意義は小さくないとあらためて感じました。
 同窓会参加者の中には、新聞の仕事を離れて、新しい道に進む人もいました。どんな道であっても、今は誰でも情報発信が可能な社会です。身につけた「調べて書く」スキルは役に立つでしょう。同様に、作文講座に参加し、結果として新聞とは別の仕事を選んだ人たちにとっても、それぞれの分野で「書く」スキルは役に立っているでしょう。何より、わたしたちマスメディアが発信する情報の最良の受け手になってくれていると思います。