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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

大飯再稼働「決断」へ〜関西の意思、広域連合に負わせ

 関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働問題で5月30日、大きな動きがありました。電力消費地である「関西」の意思を負う立場として、関西広域連合が事実上、再稼働を容認する姿勢を打ち出しました。同日に鳥取県で開かれた関西広域連合の会合で、細野豪志原発事故担当相が政府の対策を説明。再稼働に当たっては経産副大臣らが現地に常駐する特別な監視態勢を取ることなどを表明して、理解を求めました。同日午後、広域連合は声明を発表。「大飯原発の再稼働については、政府の暫定的な安全判断であることを前提に、限定的なものとして適切な判断をされるよう強く求める」と、政府への要望の形式を取って、条件付きながら事実上の再稼働容認を示しました。細野氏の帰京を受けた同日夜の関係閣僚会議で野田首相は、関係自治体の理解が進みつつあるとの認識を示し、立地自治体の福井県、同県おおい町の判断を得て、最終的に自身の責任で再稼働を判断する考えを示しました。
 各マスメディアは、原発が「ゼロ」から「再稼働」へ向かう節目ととらえて大きく報道。大阪や隣接地域の新聞各紙も31日付朝刊は一斉に1面トップで報じました。それだけの大きなニュースであることは間違いありませんが、関西広域連合の意思が電力消費地である「関西」の意思と位置付けられ、事態が次のステップに進んでいく状況には、実はいくつかの問題が潜んでいるのではないかという気がしています。例えば、「民意」とは何か、「民意」を示すには、社会のどの分の意思をどういう方法で代表させていけばいいのか、という民主主義の根幹にかかわる問題です。これはまた別の機会に考えてみたいと思います。ここでは、大飯原発の再稼働問題をめぐるここ数日の動きとマスメディアの報道をめぐって思うところを、備忘も兼ねて少し書き留めておきます。

 まず、以下は各紙の5月31日付朝刊1面の主な見出しです(全国紙はいずれも大阪本社発行最終版)。用語遣いとしては「決断」が多数派なのが目を引きました。
 ▽朝日新聞「大飯再稼働 首相決断へ」「福井県の同意 前提」「『関西大筋で理解』と判断」
 ▽毎日新聞大飯原発再稼働へ」「広域連合が容認」「福井同意後 首相近く決断」
 ▽読売新聞「大飯再稼働 政府決定へ」「広域連合 実質容認」「来月上旬にも最終判断」
 ▽産経新聞「大飯再稼働 近く決断」「首相『私の責任で』」「広域連合の容認受け」
 ▽日経新聞大飯原発 再稼働へ」「首相、来週に決断」「福井知事、了承の意向」「広域連合容認」
 ▽京都新聞「大飯再稼働近く決断」「『関西自治体が理解』」
 ▽神戸新聞「大飯再稼働近く決断」「関西広域連合が容認」

 他地域ではなじみが薄いと思いますが、関西広域連合は滋賀、京都、大阪、兵庫、和歌山、徳島、鳥取の7府県で発足した広域連合で、現在は大阪市堺市も参加しています。5月19日にも細野原発事故担当相の説明を受けており、大飯原発の再稼働問題では電力消費地の各自治体の最大公約数的な受け皿とのポジションです。
 ※関西広域連合ホーム
 http://www.kouiki-kansai.jp/index.php

 5月30日以前は、関西広域連合は全体としても再稼働に消極的で、野田政権の再稼働方針に徹底抗戦するとの観測もありました。それだけに30日の“方針転換”には唐突感が否めません。在阪の各紙とも、水面下で一体何があったのか、各知事らの動向を検証する記事を31日付朝刊の総合面などに掲載しています。例えば朝日新聞2面の記事によると(1)声明の原案は会合前日の29日に、連合長の井戸敏三兵庫県知事が用意したが意見はまとまらなかった(2)30日午後、細野氏に同行していた斎藤官房副長官が、同日夜に閣僚会議が開かれることを井戸氏に耳打ち(3)井戸氏は「再稼働が決まる前に意見表明を」と呼びかけ非公開で声明の文面のすり合わせが進んだ―としています。
 同様の検証の試みは続き、31日夕刊以降にも各紙に関連記事が掲載されましたが、基本的には自治体側には再稼働を止める権限はないこと、経済界・産業界に15%の節電目標を強いられる電力不足への不安・不満が大きいことなどが相まっての「もはやこれまで」ないしは「ここらが潮時」との判断だったのではないでしょうか。
 以前のエントリーでも触れましたが、わたし自身は、もともと関西広域連合のメンバーが決して一枚岩ではなかったことが、この事態を理解する手掛かりの一つになると考えています。例えば、滋賀県嘉田由紀子知事はもともと琵琶湖の環境問題に詳しい研究者で、現状での再稼働に極めて懐疑的であることはよく知られています。京都府山田啓二知事と、原発政策への提言を共同発表するなど、共同歩調を取っています。また立地地元に対して、原発で事故が起きた場合の「被害地元」の立場を強調。滋賀県は独自に、福島第一原発事故と同規模の事故が大飯原発で起きた場合の、放射性物質の拡散予測を算出したりしています。対して、大阪府大阪市のスタンスは、橋下徹大阪市長が率いる「大阪維新の会」のスタンスであり、さらに言えば橋下氏のスタンスです。
 ※参考過去エントリー
 橋下市長と「脱原発」の一つの仮説〜勉強会「原発再稼働の波紋」で報告=2012年5月28日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20120528/1338162680

 繰り返しになりますが、大まかに「関西」と呼んでも、その中には多層・多面の構造があり、野田政権との折衝の受け皿としては本来、関西広域連合は絶対的な存在ではなく、関係自治体の最大公約数的な立場であると理解した方がいいと思います。声明の文言にあいまいさを残したのは、各自治体、各首長の立場に応じて柔軟な解釈を可能にするためだったのかもしれませんし、各首長の意見のすり合わせの限界がこの文言だったのかもしれません。広域連合に参加していない奈良県荒井正吾知事は、政府が広域連合を交渉相手にしたことに対して「(広域連合のような)行政組織ではなく、関係自治体の協議の場をつくればよかった」と、異論を述べたと報じられています。こうしたことも、広く知られていいと思います。
 ※知事「評価差し控える」 広域連合の大飯再稼働容認で 奈良=産経ニュース・2012年6月2日
 http://sankei.jp.msn.com/region/news/120602/nar12060202110002-n1.htm

 橋下大阪市長の5月30日以来の発言も話題になっています。30日夜には「容認するわけではない」「(再稼働は限定的の解釈について)僕と松井(大阪府)知事は期間限定の意味だ」などと語っていたのが、31日には、夏の電力不足を乗り切るための一時的な再稼働に限るとした上で「事実上の容認だ」と明言しました。6月1日には「正直、負けたと思われても仕方ない。反対し続けなかったことには責任も感じている」と述べ、さらに同日夜には、大飯原発の再稼働方針を決めた民主党政権に反対して次期衆院選政権交代を目指すとしていた方針の撤回まで口にしました(いずれも市役所で記者団の質問に)。
 ※橋下氏、民主政権「倒閣」を取り下げ「次の大勝負をかけるときに取っておく」=産経ニュース・2012年6月1日
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120601/waf12060122070025-n1.htm
 一連の発言には分かりにくさもあるのですが、手続き論を重視する橋下氏らしさも感じます。これも前回のエントリーで触れたことですが、わたしは仮説として、橋下氏は必ずしも主義主張として「脱原発」を信条にしているわけではないとみています。6月27日には関西電力株主総会があり、筆頭株主大阪市の市長として橋下氏も出席の見通しです。そこでの言動を注目しています。
 橋下氏については、余談ながら、ツイッターのツイートの更新が5月19日で止まっている(6月3日午前2時45分現在)ことが残念です。大飯原発をめぐるこれだけの大きな動きとマスメディアの報道があり、自身もマスメディアの取材に対しては積極的に発言しているのにです。こういう時こそ政治家にとってSNSは、マスメディアを介さずに直接、自分の言葉で社会に真意を発信するのに最適なツールのはずです。マスメディアの政治報道とSNSの関連で、好き嫌いは別として、橋下氏のツイッターの使い方に注目していましたが、今後も沈黙が続くのだとすれば、皮肉や嫌味ではなく残念です。

 関西広域連合に戻ると、5月30日の声明では、立地地元である福井への配慮が前面に打ち出されました。全文は広域連合のサイトからPDFファイルでダウンロードできます。
 ※http://www.kouiki-kansai.jp/data_upload01/1338364003.pdf
 前回のエントリーでも触れましたが、福井県の西川一誠知事は5月24日に「電力消費地が電気は必要ないと言い、国も必要性を感じないなら(大飯原発を)無理に動かす理由はない」(福井新聞の記事より引用)などと、関西批判と受け取れる発言をしていました。これはマスメディアがあまり指摘していない点ですが、関西広域連合の各首長たちの胸にぐさりときていたのではないでしょうか。政府が再稼働を決め実行する前に「関西」として表明しておきたいことの中には、再稼働が限定的なものであるとクギを刺しておくことのほかに、この電力消費地から供給地への配慮もあったのではないかと思います。
 ただ、やはり福井と関西の温度差は大きいようです。以下に福井新聞の記事を一部引用します。ぜひ、リンク先の全文をお読みください。
 ※再稼働期間めぐり福井と関西対立 知事、原発相来県で念押しへ=福井新聞・2012年6月2日
 http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/politics/35005.html

 関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を事実上容認した関西広域連合の一部首長が運転期間は電力需給の逼迫(ひっぱく)する夏期に限定すべきだと主張している点に対し、県内では「ご都合主義」(西川知事)などと反発の声が強まっている。政府は既に期間限定の稼働を否定しているが、近く来県する細野豪志原発事故担当相に知事はあらためてくぎを刺す見通しだ。
(中略)
 関西広域連合は30日、再稼働を事実上容認する一方で、声明で「政府の暫定的な安全判断であることを前提に、限定的なものとして適切な判断をされるよう強く求める」とした。
 「限定的」の意味について統一した解釈は示していないが、一部の首長は「需給をにらんだ暫定的、限定的な稼働」(山田啓二京都府知事)、「あくまで限定的な期間、対象に限る」(嘉田由紀子滋賀県知事)と夏限定の運転を主張。橋下市長は1日も「ずるずると動き続けることは絶対阻止しなければならない」と述べた。
 「安全は不十分」(橋下市長)としながら、電力不足を回避するため、短期的な再稼働を求める関西の姿勢に、県内の関係者は猛反発している。

 大阪に住み、マスメディアの報道に接しながら思うのは、大飯原発をめぐって政府、立地地元、電力消費地の間で起きていることを、福島の人たちは今どんな風に見て、どんなことを思っているのかを知りたい、ということです。ふと気付いてみれば、そういう報道が電力消費地である大阪ではなかなか見当たらないと感じています。