沖縄の決意と覚悟は本土の日本人に伝わっているか〜知事・首相対談の本土紙報道

 時間がたってしまいましたが、沖縄と本土メディアの温度差をめぐる一考として書き留めておきます。欠陥の疑いが指摘されている米軍の垂直離着陸輸送機オスプレイ沖縄県宜野湾市普天間飛行場配備をめぐり、沖縄県仲井真弘多知事と宜野湾市の佐喜真淳市長が9日午前、東京の首相官邸野田佳彦首相を訪ね、オスプレイ配備見直しを要請しました。
 この様子を翌10日の琉球新報は1面トップで次のように報じました。

オスプレイ配備撤回せず 首相、理解求める
【東京】仲井真弘多知事と佐喜真淳宜野湾市長は9日、首相官邸野田佳彦首相、藤村修官房長官と会談し、米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの県内配備見直しを文書を添えて求めた。野田首相オスプレイの訓練移転を進めると強調し理解を求めた上で、配備を撤回する考えがないことを示した。オスプレイ配備に関し、首相と知事が面談するのは初めて。
 仲井真知事はさらに、オスプレイのヘリモード飛行を基地内上空に限るなどとした日米合意事項の徹底順守、全国への配置分散、米軍普天間飛行場の早期移設・返還も強く要望した。
(中略)
 会談で野田首相は「県民、宜野湾市民の要請は政府として重く受け止める」と強調。その上で「安全対策は米側に順守するようフォローアップしていきたい。加えて普天間の早期の移設・返還を含め、負担軽減と沖縄振興に一層取り組みを強める。引き続き理解をお願いしたい」と述べ、配備への理解を重ねて求めた。
 仲井真知事は「沖縄ではオスプレイ配備の反対の機運がむしろ高まっている」と指摘。「米側に日米合意を順守するよう、絶えず思い起こすよう求めてほしい」と要望した。
(中略)
 会談後、仲井真知事は記者団に「配備を見直してくれというトーンで強く要請した。基本的に配備を見直し日本全国で受け持つ方向を検討し実現してほしい」と強調。閣僚との懇談については「国家財政多難な折だが来年の沖縄振興関係の予算(確保)にしっかり取り組んでほしいと要請した」と説明した。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-197879-storytopic-3.html

 オスプレイ配備をめぐって、このブログでも沖縄2紙の報道を紹介してきました。2紙の報道を通じてわたしが感じているのは、基地問題をめぐる沖縄の怒りの質が従来とは変わっている、ということです。
 例えば、沖縄の保守政界の重鎮である翁長雄志(おなが・たけし)那覇市長は、日米同盟の重要性を認めつつ「日米安保体制の中で基地を提供するには、地元の信頼が一番大切だ」「最も信頼関係のない沖縄、過重な基地負担のある沖縄に配備すると、日米関係も大変厳しい状況になる」と指摘し、岩国基地への配備を主張しています。沖縄へのオスプレイ配備の強行が、沖縄政界で基地問題に対する保守や革新の立場の違いをなくさせ、オスプレイ配備反対の一色にしてしまっています。そして、これだけの反対を無視して配備が強行されるようなことが沖縄以外にありうるか、と考えれば、沖縄の人々がそれを沖縄に対する差別と受け止めることも当然だろうと感じています。
 ※参考過去エントリー「『岩国で受け入れを』那覇市長発言の意義〜オスプレイ試験飛行、間もなく沖縄へ」2012年9月23日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20120923/1348366052

 9日の知事と宜野湾市長の首相との対談は、その沖縄への差別に対して、相当な決意と覚悟をもって行われた強い異議申し立ての意味があったはずでした。そして「(沖縄への)配備を見直し日本全国で受け持つ方向を検討し実現」するのは、最低限の要望でした。そうした沖縄の側の覚悟に相応の報道、沖縄側の怒りが本土に住む日本人に伝わる報道がなされたのかどうか―。そういうことを考えながら本土紙の報道ぶりを眺めると、やはりまだまだ沖縄との温度差を感じないわけにはいきません。
 沖縄の新聞は沖縄タイムス琉球新報とも夕刊を発行していないので、紙面では10日付の朝刊でしたが、本土紙はこの知事と首相の会談を9日夕刊で伝えました。わたしが手に取った大阪発行の全国紙と関西の有力地方紙の紙面は以下のような見出しと扱いでした。

【朝日】9面(後ろからめくって社会面の次の総合面)に見出し2段「オスプレイ配備 首相に再考要請」
【毎日】1面に見出し3段「配備撤回、首相に要請」「オスプレイで沖縄知事」写真
【読売】2面(総合面)見出し3段「オスプレイ配備『理解を』」「沖縄側は撤回求める」
【日経】1面に見出し3段「配備撤回 首相に要請」「オスプレイ巡り沖縄知事」
【産経】2面(総合面)短信「オスプレイ運用理解求める」
【京都】1面に見出し1段「配備撤回を要求」「沖縄知事、首相と会談」
【神戸】1面に見出し1段「オスプレイ撤回を要求」「首相に『無理ある』」

 前日の8日、京都大の山中伸弥教授のノーベル生理学・医学賞受賞が決まる大きなニュースがありました。本土紙の9日夕刊の1面トップは、山中氏夫妻の記者会見でそろいました。新聞制作の実務から言えば、そういう日の紙面では、沖縄の知事が首相と対談したことは、重要ニュースだとしても1面の3番手か4番手、見出しも3段が精いっぱい、との判断だったのだと思います。それでも1面掲載はまだましなのかもしれません。総合面掲載ではかなり注意深く目を通していかなければ気付かないかもしれません。
 朝日、毎日、読売は翌10日付朝刊にも、会談を受けての関連記事を掲載しましたが、いずれも総合面や政治面で、沖縄側の要求に政府は冷ややかだ、との情勢を伝えています。読売はこの朝刊に「オスプレイ配備 より強固な日米同盟の象徴に」との社説も掲載しました。

 本土メディアは、先行きの見通しについて「沖縄配備はもはや動かしがたい」「日本政府には配備撤回の考えはまったくない」と見切ってしまっているようです。それはその通りだとしても、そのことに対する沖縄の人々の受け止め方を報じることには、なお大きな意味があると思います。オスプレイは沖縄のみならず、全国各地で訓練を計画していることが伝えられ、配備や訓練実施への反対自体は全国的に広がっています。しかし沖縄の人々の反対との間には、質的な差異があります。本土に住む日本人がその差異を知ることの意味は小さくないはずです。
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※追記 2012年10月15日午前1時
 このエントリーの中で「沖縄と本土メディアの温度差」と「温度差」という言葉を使っているのは不適切だと、沖縄メディアで働く畏友の方から、ご指摘をいただきました。沖縄側で「沖縄は差別されている」と、半ば沖縄の統一認識のごとく語られるようになって2年以上になり、差別問題だとすれば、差別はいじめと同じで、加害者と被害者の関係になり、その加害と被害の関係において「温度差」は存在しない―と。また、現在の沖縄の基地問題、特に今回のオスプレイ強行配備は沖縄に対する「加害」である―と。ご指摘の通りだと思います。「温度差」という言葉を使っていいのは、立場が対等な場合です。
 いじめがそうですが、加害と被害の関係では、傍観している者もまた無自覚に加害に加担しているに等しい存在です。沖縄に対して日本政府と米国が今、行っていることを差別(=加害)だととらえるなら、無自覚的に差別を容認している本土の層の中に本土メディアがとどまっていていいのか(いいはずがない)、というのがこのエントリーの本旨の一つでした。「温度差」に換えて、どういう言葉が適切か、自問を深めたいと思います。