開戦から71年の日、紙面から思い起こす表現の自由と戦争

 71年前のきょう12月8日は、日本が米英に宣戦布告して太平洋戦争を始めた日です。その8日付の朝刊で、手元にある毎日新聞(大阪本社発行13版)は1面トップに、国家公務員が共産党機関紙「赤旗」を配布して国家公務員法違反罪に問われた2件の判決で、最高裁が7日に国家公務員の政治活動の制限を緩和する判断を示したニュースを据えています。朝日新聞(大阪本社発行13版)も1面準トップの扱いです(1面トップは7日夕方に発生した三陸沖の地震津波)。
 この2件で社会保険庁職員(当時)と厚生労働省課長補佐(当時)が起訴されたのは2004〜05年でした。この時期にはほかにも、04年2月にイラク戦争に反対する市民団体メンバー3人が反戦ビラ配布のため、立川市自衛隊宿舎に立ち入り逮捕され、12月には葛飾区のマンションで共産党の「区議団だより」を配った僧侶が現行犯逮捕されました(いずれも一審無罪、二審で逆転有罪、最高裁で確定)。
 4件に共通しているのは、摘発を受けたのはいずれも戦争に反対する政党やグループの言説、つまりは戦争反対の意見表明、表現活動だったことです。当時は小泉純一郎首相の元で、国論を二分した末にイラク自衛隊が派遣されていました。このことは今一度、はっきりと脳裏に刻みつけておこうと思います。
 71年前に無謀な戦争が最終段階に突入したその日の朝、この最高裁判決が載った同じ新聞紙面には、来週の日曜日に投開票を迎える衆院選の記事も載っています。既にこのブログでも書いてきていますが、近い将来に憲法の見直しが具体的な政治日程に上るかもしれない、そういう大きな意味を持つ選挙です。仮に憲法が変わり、戦争をしない国から戦争に参加しうる国に変わったとき、わたしたちの社会で表現の自由はどんなことになるのか。マスメディアの報道にかかわる一人として、その近未来像をあらためてイメージしておこうと思います。繰り返しになりますが、選挙の結果、戦争放棄と戦力不保持を定めた憲法9条の扱いが「白紙委任」になってはいけないと考えています。
 きょう12月8日は、71年前のこの日から4年後の8月に日本が敗戦するまでに、どれだけの人命、どれだけの人々の生が奪われたかをあらためて想い起こす1日にします。
※「公務員の『政治活動』拡大 赤旗配布で最高裁初判断」47news=共同通信
  http://www.47news.jp/CN/201212/CN2012120701001934.html
 「政党機関紙配布:最高裁判決 旧社会保険庁職員無罪確定へ」毎日新聞
  http://mainichi.jp/select/news/20121208k0000m040061000c.html

※けさの毎日新聞1面のコラム「余録」は、1941年の米英開戦時に陸軍軍人だった東条英機が首相だったことについて、東条を推し内大臣木戸幸一の戦後の弁明を紹介しています。一部を引用します。思うところが多々あります。

「もう選択の余地がなくなっちゃったんだ。政治家はみんなどこかに隠れてしまって」「東条は生真面目だ。政治家でもないんですよ、あの人は、軍人ですよ」「おそらく他の大臣を持って来ても戦争は始まったでしょう」「戦争すれば負けると思ったんだ、僕は」▲こう見ると開戦必至で、敗戦は不可避だから東条にやらせたとも受け取れる物言いである。何も今さら木戸の責任をあげつらいたいのではない。「政治」というものの底が抜けた国がどんな運命をたどるか−−衆院選さなかの開戦の日を前にそれを思い起こしたのだ▲

ネットで読めます。 http://mainichi.jp/opinion/news/20121208k0000m070104000c.html