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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

死なずにすんだはずの自衛隊員〜特殊部隊の集団格闘死で和解

 海上自衛隊には対テロなどを専門とする「特別警備隊」という特殊部隊が広島県江田島市にあります。その特別警備隊の隊員を養成する部隊で2008年9月、当時25歳の3等海曹(愛媛県出身)が、15人を相手にした格闘訓練中に倒れ、16日後に死亡する事件がありました。彼は他の部隊へ転出して、養成課程を辞めることが決まっていました。
 この事件をめぐって、遺族が国や担当教官らを相手に計約8000万円の賠償を求めていた訴訟が昨19日、松山地裁で和解が成立しました。国が遺族に約7千万円を支払うとの内容と報じられています。
 ※中国新聞サイト「国が遺族に7000万円支払い和解 海自3曹死亡」=共同通信の配信記事
  http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201303190136.html
 共同通信の配信記事の一部を引用します。

 訴訟関係者によると、和解文書には「格闘をさせる必要はなかった」と明記。教官ら4人の「深くおわびする」との謝罪の言葉も記され、国は慰霊の催しを行うことや、格闘で死亡した経緯を特殊部隊内で引き継いでいくことも約束した。
 一方、格闘が制裁目的だったとの遺族の主張は国が認めず、盛り込まれなかった。

 この事件は、刑事手続きとしては、担当教官が業務上過失致死罪で略式起訴され、簡裁の略式命令に従い罰金50万円を納付。ほかに書類送検されていた幹部自衛官ら3人は嫌疑不十分で不起訴処分となりました。防衛省は、担当教官を停職20日、当時の特警隊隊長を停職15日とするなど21人を処分。海自は調査委員会の最終報告書も公表しています。
 こうした経緯に対し、遺族は2010年に提訴。当時の報道によると、遺族側は「海上自衛隊の調査報告書には責任の所在が明示されておらず(教官らの)処分にも納得がいかない」「養成課程を辞めることに対し、体罰をしたとしか思えない」としていました(共同通信)。
 この事件のことは、このブログでも触れてきました。わたしの問題意識は、既に転出が決まっていた隊員に、いったい何の必要があって過酷な連続格闘をさせたのか、という点であり、自衛隊で隊員の生命が軽視されかねない傾向が生じていないか、ということでした。さらに、背景には近年、任務の拡大が続いてきた自衛隊の組織のありようがあるのではないかと考えました。新しい部隊や組織、新しい任務が次々に出来てきた中で、個々の隊員の命が軽視されかねないことになっていないか、との疑問です。この疑問は今も続いています。
 今、領土問題で対中国、対韓国との緊張が高まっています。北朝鮮の核開発問題もあります。自衛隊に何をさせるのか、の社会的な議論が一層高まっていくでしょう。憲法改変に熱心な安倍晋三首相が高い支持を得ていることもあって、夏の参院選前後からは自衛隊憲法上の位置づけをも見据えた議論が必要になるだろうと思います。憲法9条を変えて、自衛隊を他国と同じ「戦力」と位置づけるのかどうかです。安倍首相や与党自民党、野党の中でも日本維新の会は、改憲は、発議手続きを定めた憲法96条から、と主張していますが、その先に何が出てくるかも見通す必要があると思います。
 「戦力」としての軍隊が戦場に出れば、当たり前のこととして「戦死」が生じます。組織のありようのいたるところに「死」の想定が必要になります。死ぬのはだれでしょうか。その死を、本当にわたしたちの社会は受け入れることができるのかどうか。そうしたイメージが伴っていなければ、改憲論議はただ勇ましいだけの空疎な感情論に陥る恐れがあると思います。同時に現状の自衛隊が、実情はどうあれ曲がりなりにも「戦力」であることを憲法上、禁じていることの意味を今一度考える必要もあると思います。
 おりしも今日3月20日はイラク戦争開戦から10年です。仮に10年前、日本が集団的自衛権の行使を容認していたら、自衛隊は米軍とともにイラクで戦闘行為に参加していたかもしれません。少なくない戦死者を生んだ英軍と同じ役割です。そうした検証も、マスメディアは手掛けていいのではないかと考えています。

▼参考過去エントリー
「あらためて自衛隊のありようが問われる〜海自・集団格闘死で遺族が提訴」=2010年3月17日
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100317/1268762332
※集団格闘死事件についての過去エントリーのリンクをまとめてあります。

防衛省事故調査委員会の報告書は、防衛省のサイトの以下のページからPDFファイルでダウンロードできます。「2009年9月」の項です。
http://www.mod.go.jp/j/press/sankou/report/index.html