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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「主権回復の日」「屈辱の日」の報じ方に重なる憲法観 ※追記・琉球新報の紙面

 かねて異論が絶えない政府主催の主権回復を記念する式典が4月28日、東京で開催されました。61年前の1952年のこの日、サンフランシスコ講和条約の発効により、日本は敗戦後の占領統治を脱して主権を回復。一方で沖縄は72年の日本復帰まで米国の施政権下に置かれ続け、基地の増強が続きました。沖縄の犠牲を前提にした日米安保条約体制の上に、日本本土の戦後復興と平和があったと見るべきで、式典への異論も、今日もなお続く沖縄の過剰な基地負担からの観点が中心です。沖縄県仲井真弘多知事は式典を欠席し、副知事が代理で出席しました。

※「主権回復61年で式典 首相『決意新たにする日』」47news=共同通信
 http://www.47news.jp/CN/201304/CN2013042801001356.html

 政府は28日、1952年のサンフランシスコ講和条約発効から61年を迎え「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を東京都内の憲政記念館で開いた。安倍晋三首相は戦後復興の歴史を振り返り「本日を一つの大切な節目とし、たどった足跡に思いを致しながら、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と表明した。天皇、皇后両陛下が出席したが、お言葉は述べなかった。
 本土復帰の72年まで米施政権下に置かれた沖縄県では、4月28日が「屈辱の日」と呼ばれる。このため同県の仲井真弘多知事は県民感情に配慮して欠席し、高良倉吉副知事が代理出席した

 この日は午前11時の式典開始に合わせて、沖縄県宜野湾市では「4・28『屈辱の日』沖縄大会」が開かれ、主催者発表で1万人が参加したと伝えられています。この日の東京の式典と沖縄の抗議大会を本土のマスメディアはどのように伝えたか。一例として、わたしが住む大阪の全国紙5紙の扱い(29日付朝刊、大阪本社発行の最終版)をまとめました。詳細は後掲の通りです。いくつか、感じることを書き留めておきます。
 日経以外の4紙は本記を1面に据えました。各紙とも重要ニュースと判断したことが分かります。ただ、朝日、毎日が見出しに沖縄ではこの日が「屈辱の日」と呼ばれていることを反映させ、写真も政府式典だけでなく、沖縄の抗議大会の様子も掲載しているのに対し、読売、産経は1面の見出しや写真には「沖縄」がありません。記事では読売は、政府式典に沖縄県知事が欠席したことと、抗議大会に主催者発表で1万人が参加したことを紹介していますが、産経は知事の欠席は触れたものの、沖縄現地での動きには言及がありません。
 朝日、毎日と読売、産経のこの違いは社会面ではいっそう顕著で、「屈辱 怒りの拳」(朝日)「『がってぃんならん』」(毎日)と抗議大会の様子を大きな写真とともにトップで伝えた朝日、毎日に対し、読売は第2社会面に記事のみで政府式典のもようと抗議大会を併記。産経は抗議大会の記事のみ1段見出しで全文19行です。
 社説で取り上げたのは朝日、読売、産経の3紙。朝日は2本を掲載し、うち「47分の1の重い『ノー』」の見出しを取った1本では、普天間飛行場の移設にせよ、オスプレイ配備にせよ、本土の自治体がどこも引き受けようとしないことを挙げて「沖縄の異議申し立ては、そんな本土の人々にも向けられていることを忘れてはならない」と、沖縄の過剰な基地負担は政府だけの問題ではないことを踏み込んで指摘しています。これに対して、読売、産経の社説は、主権を維持し守ることの大切さを説くことに力点を置いた内容です。
 かねて、沖縄の基地負担をめぐってこのブログで書いてきたことですが、沖縄と本土ではマスメディアの間に段差があり、今は本土のマスメディア間にも論調の違いが明確になっています。そして全国紙間の論調の比較でみると、それは憲法改正に対する論調とスタンスの違いに重なっているようにも思えます。そもそも主権回復の日を記念し、式典を開催する発想の根本には、本来なら主権回復と同時に憲法をも改正すべきであった、との憲法観があることは、この日の紙面でも指摘されています(例えば読売のスキャナー)。式典で安倍首相は1952年以後の沖縄の苦渋に触れはしましたが、それは式典開催を公表した後に沖縄の反発の声に接したからで、当初から思いが至っていたかどうかは疑問です。これらのことは、憲法を変えるということが、わたしたちの社会で何を意味するのかを考える上で、さまざまなことを暗示しているのではないかと思います。沖縄の基地負担の問題を、あらためて憲法の問題としてとらえ直すことが必要なのではないかと感じています。
 なお、29日付朝刊紙面では、日経が社会面で編集委員の署名記事で、天皇皇后の今回の政府式典出席について「天皇の政治利用」の観点から問題点を指摘しているのが目につきました。

 今回は、大阪で目にするマスメディアの報道として全国紙5紙を対象にしました。政府式典に対しては、沖縄メディアばかりでなく、本土の少なくないブロック紙や地方紙も開催前から疑問を呈しています。琉球新報は25日付の紙面に、24日現在で少なくても16地方・ブロック紙が社説で式典に言及し、否定的論調が多数を占めているとの記事を掲載。本土での報道の様子を読者に伝えています。
 ※琉球新報「4・28式典 社説で否定論調 16地方・ブロック紙」2013年4月25日
  http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-205813-storytopic-1.html
 また沖縄タイムスは30日付の紙面で、29日当日のもようを本土紙がどのように報じたかを紹介する記事を掲載しています。
 ※沖縄タイムス「4・28 政府と沖縄の落差 内外で注目」2013年4月30日
  http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-04-30_48671
 本土の人たちにとっても、この問題をめぐってどのような言説があるのかを知ることは、やはり意義が深いと思います。29日付紙面でも少なくない地方紙が政府式典を社説に取り上げています。以下のNPJのページにリンクがまとまっていますので紹介します。
  http://www.news-pj.net/previous.html

 沖縄タイムス琉球新報は28日、抗議大会のもようを速報する号外を発行しています。ネット上でもPDFファイルで読むことができます。
沖縄タイムス:【速報】4・28抗議の拳 「屈辱の日」沖縄大会
 http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-04-28_48613
琉球新報:【号外】政府式典に抗議 「屈辱の日」大会に市民結集
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-205964-storytopic-3.html


 29日付の沖縄タイムスの社説が強く印象に残ります。前半部分を以下に引用、紹介します。「戦後史の学び直しもこれからの大きな課題である」とは、本土のマスメディアとその中で働くわたし自身にも言えることだと受け止めています。

 「がってぃん(合点)ならん」
 腹の底から怒りが湧く場合、土地の記憶や体験に根差した島くとぅばが出てくる。その思いがストレートに伝わり、会場には終始、指笛が鳴り響いた。今回の大会で目立ったのは、島くとぅばに、抗議の意味を込めた人が多かったことだ。
 宜野湾海浜公園屋外劇場で開かれた「4・28政府式典に抗議する『屈辱の日』沖縄大会」。ゴールデンウイークにもかかわらず、約1万人(主催者発表)が駆け付けた。
 東京の政府式典と同じ時刻にぶつけた。親子連れや沖縄戦を体験したお年寄りら世代は幅広い。車いすを押してもらい参加した年配の人もいた。切迫感が伝わる。 
 米軍統治下の苦難の歴史など沖縄の集団的記憶が政府式典によって簒奪(さんだつ)されるかもしれないという危機感だ。沖縄のコアの経験が逆なでされたのである。
 登壇者の発言や大会参加者の感想の中に「主権」「自己決定」「尊厳」「自恃(じじ)」「離縁状」といった言葉が多かったことに注目したい。
 ここに示されているのは県民の自立への渇望であり、気概の表れである。
 沖縄の若い世代には「4・28」の意味が必ずしも浸透しているとはいえない。沖縄の中でも風化しつつあるのが現実だ。中部地区青年団協議会のメンバーは「『屈辱の日』を知らなかった。国民主権とは何か、全国民が考える日にしたい」と呼び掛けた。
 戦後史の学び直しもこれからの大きな課題である。
(続く)

沖縄タイムス社説[「4・28」抗議大会]新しい風が吹き始めた=2013年4月29日
 http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-04-29_48631

▽全国紙の29日付朝刊、大阪本社発行の最終版
【朝日】
本記1面準トップ「すれ違う 4・28」「政府『主権回復』沖縄『屈辱の日』」「首相『決意新たに』」写真・沖縄県宜野湾市の「屈辱の日」大会参加者
※1面トップは「北方領土交渉 再開へ」
2面「配慮演出 開催は譲らず」/「主権回復の日 首相、沖縄の苦難言及」「式典後に万歳三唱」/「屈辱の日 政策頭越し高まる反発」
3面「『主権回復の日』首相式辞(要旨)」「沖縄抗議大会決議(要旨)」
社会面トップ「屈辱 怒りの拳」「政府の式典 平成の沖縄切り捨てだ」写真2枚/「広島でも いら立ち」

【毎日】
本記1面トップ「政府 初の主権回復式典」「『屈辱の日』沖縄抗議」「首相『未来へ決意新た』」写真2枚・天皇皇后と式辞を述べる安倍晋三首相・「屈辱の日」大会の参加者
2面「主権回復の日なぜ4・28?」「講和条約発効で『占領終結』」質問なるほドリ
3面クローズアップ「『祝賀色』排除に躍起」「突然の『万歳』に苦慮」「ドイツ、イタリアは式典なく」/「痛み分からぬ首相」比屋根照夫・琉球大名誉教授談話
6面「主権回復記念式典 安倍首相の式辞(要旨)」「伊吹衆院議長あいさつ」「平田参院議長あいさつ」/「記憶とどめる『苦い日』に」(京都大大学院教授・佐伯啓思氏)「開催の意義見いだせぬ」(作家・半藤一利氏)
社会面トップ「『がってぃんならん』」「集会 立ち見の輪」「屈辱の日 15歳『沖縄に主権ない』」写真/「沖縄出身者ら大正でも集会」

【読売】
本記1面「主権回復 政府が記念式典」写真・天皇皇后と式辞を述べる安倍晋三首相
※1面トップは「参院山口補選 自民圧勝」、準トップは「北方領土『交渉を再開』」
3面スキャナー「主権 再考の機会」「政治主導で実現」「領土問題など影響」「沖縄に配慮 祝賀色削る」
第2社会面「独立61年 思いはせる」「沖縄、奄美では抗議集会」写真なし

【産経】
本記1面準トップ「首相『決意新たにする日』」「両陛下お迎えし開催」「主権回復式典」写真・天皇皇后を前に万歳する出席者ら
※1面トップは「北方領土交渉 再開へ」
5面(総合面)「出席議員『意義あった』」「『沖縄思う機会』の声も」/政論「勝者の断罪 苦渋の独立」/「沖縄の辛苦に思い寄せる努力を 安倍首相式辞要旨」
第2社会面「沖縄『屈辱の日』政府式典に抗議」18行・写真なし

【日経】
本記2面「『主権回復』で式典」「初の政府主催 沖縄知事は欠席」/「万歳唱和に苦言 公明・山口代表」
※1面トップは「円安効果 2ケタ増益」
社会面準トップ「『屈辱の日』怒る沖縄」「抗議集会『式典、納得いかぬ』」写真/「『原則』から逸脱の懸念」「『主権回復』式典に天皇陛下」(井上亮編集委員

▼社説
【朝日】主権回復の日「過ちを総括してこそ」「47分の1の重い『ノー』」
【読売】主権回復の日「国際社会復帰の重み忘れまい」
【産経】主権回復の日「強い国づくり目指したい」


※追記 2013年5月1日午前9時10分
 琉球新報を自宅で購読しています。1日遅れですが、沖縄で配られているのと同じ紙の新聞が、郵送で届きます。昨日(4月30日)、4月29日付の紙面が届きました。宜野湾市での抗議大会の写真と「沖縄切り捨て再び 1万人が式典抗議」の大きな見出しが1面トップから最終面を貫いています。新聞という紙メディアが持っている最大の表現方法だと思います。