【憲法メモ】6月16日〜26日:平良夏芽さん「憲法9条が無くなっても、沖縄には何の損失もない」ほか

 憲法に関連した論考やニュースで目に留まったものをまとめた【憲法メモ】です。


江川紹子さん「【裁判記録は誰のものか】『これは国民の知る権利の問題です』」(ヤフーニュース、2013年6月16日)
 http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20130616-00025736/
 大阪で今、進行している事態について、渦中にいる弁護士の佐田元真己さんにインタビューしたリポートです。

 すでに無罪判決が確定している事件の取り調べの状況を録画したDVDを、NHKに提供したのは証拠の「目的外使用」だとして、大阪地検が弁護人を大阪弁護士会に懲戒請求した問題。同会に所属する刑事弁護のベテランら有志が「支援団」を結成し、DVD提供の公益性を訴えることになった。一部メディアを除いて、熱心に報道されているとは言い難いが、当の佐田元真己弁護士は、「まさに報道の自由、国民の知る権利の問題なんですよ」と語る。検察が、国民に知られたくなかったものとは何なのか…。

 佐田元さんは「(検察官の)主張の根底には、証拠が『検察官のもの』であり、弁護士には信頼関係に基づいて特別に見せてやる、という発想があります」と指摘し「そもそも、その発想がおかしいんです。証拠は『検察官のもの』ではない。国民の共有財産です」と語っています。
 インタビューでは、NHKの対応について以下のようなやり取りがあります。

ーーこの事件は検察の問題点がいくつもをあって、DVDはそれを考えるきっかけになりますね。
しかも映像の真実性が説得力を持っています。これを再現ドラマにしたら、すごく嘘っぽくなり、見た人も「ふ〜ん」で終わってしまいかねません。実際に放送された番組を見て、国民の皆さんに見ていただいた判断は間違っていなかった、と確信しました。
ーー本当は、全国の国民に見てもらうはずだったのに、NHKは「クローズアップ現代」での放送を見合わせたままです。
私は、国民の知る権利、報道の自由の重要性を考えて提供しました。にも関わらず、もし最後まで放送しない、ということになると、NHKはその重要性を理解していない、ということになってしまいます。報道機関の使命はどうしたんだ、という気がします。

 ほかのマスメディアにとっても他人事ではないと思います。懲戒請求に大阪弁護士会がどんな判断を出すのか。それに対して検察がどんなリアクションを示すか。事態は終わっていません。まずは報じ続けることが必要だと思います。

 ※毎日新聞が24日付朝刊の紙面で、この問題の特集を組みました。
  「取り調べDVD:映像提供問題 証拠の目的外使用、懲戒請求に疑問」
   http://mainichi.jp/select/news/20130624ddm004040030000c.html
  「取り調べDVD:映像提供問題 識者の話」
   http://mainichi.jp/select/news/20130624ddm004040033000c.html
    ◇検察に便利な禁止規定−−検察官出身の落合洋司弁護士(東京弁護士会
    ◇NHKは全国放送すべきだ−−メディア研究誌「放送レポート」の岩崎貞明編集長(元テレビ朝日記者)


喜田村洋一さん(弁護士・自由人権協会代表理事)「国政を左右する情報を国民から隠蔽可能にする改憲草案 ― 国民主権の骨抜き」(法学館憲法研究所「今週の一言」2013年6月17日)
 http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20130617.html
 喜田村さんはマスメディア関連の訴訟も多く手掛け、表現の自由や知る権利をめぐる実務上の問題に精通した弁護士です。この論考では、自民党改憲草案のうち「プライバシー権」の条項に対して批判しています。

 改正草案では、19条の2という新しい条文を新設するとしているが、この条文はこのようなものだ。

 第19条の2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。

 自民党が作成した改正草案Q&Aでは、この条文は、「新しい人権」の1つとされ、「プライバシー権の保障に資するため、個人情報の不当取得等を禁止しました」と説明されている。
 本当にそうだろうか?

 この後、とても分かりやすい解説が続いた後、以下のように結んでいます。

 憲法が保障する表現の自由は、民主制国家の存立の基盤を提供するものであるから、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならない(最高裁北方ジャーナル事件判決)。にもかかわらず、上記の条文は、プライバシー権を守ると称して、国政を左右する情報を国民から隠蔽することを可能にするのであり、国民主権という憲法の大原則を骨抜きにするものである。
 このように、自民党改憲草案は、19条の2という条文1つを取り出してみても、市民の権利を守り、国家権力を制限するという近代国家の憲法とは全く異なるものなのである。


毎日新聞「首相フェイスブック:民主・細野氏らに異例の応酬 懸念も」(2013年6月17日)
 http://mainichi.jp/select/news/20130618k0000m010076000c.html

 安倍晋三首相が自身のフェイスブック(FB)で、田中均外務審議官を「外交を語る資格はない」と批判した発言が、波紋を広げている。民主党細野豪志幹事長がFB上で「発信を自制すべきだ」などと指摘したところ、首相がFBで「的外れ」などと細野氏を批判。これを受けて細野氏は17日夜、FBで再反論し、異例の激しい応酬に発展した。田中氏もテレビ番組で首相に反論。「場外」で過熱する論戦に首相の足元の自民党からも自制を求める声が出始めた。
 「失礼ながら首相自身が的外れな回答をしている。私が懸念するのは表現の自由についてだ」。細野氏は17日夜、自らのFBでこう反論し、国会での論戦を求めた。
 首相が問題視したのは12日付の毎日新聞朝刊に掲載された田中氏のインタビュー記事。田中氏は首相の河野談話を巡る発言などを挙げ「右傾化が進んでいると思われ出している」などと懸念を示した。首相は12日夕、FB上で自らが官房副長官だった2002年当時、田中氏が帰国した拉致被害者5人を北朝鮮の要求通りに同国に送り返すべきだと主張したと指摘。「外交官として決定的判断ミス。外交を語る資格はない」などと批判した。

 安倍首相の田中氏への批判に対しては、その内容が当たっているか、という点に加えて、そもそも首相の地位にある政治家が今は民間人の田中氏を攻撃するのが妥当か、との観点からも、賛否両論があるようです。その後、朝日新聞毎日新聞が社説で取り上げたり、産経新聞編集委員安倍氏擁護の記事を掲載したりしています。
 わたしが関心を持っているのは、国会ではなくネット上で政治家が論戦を繰り広げ、それをマスメディアが報じている状況です。橋下徹大阪市長ツイッター発信とも通じるのですが、インターネット以前の社会では、政治家の発言はマスメディアが報じて初めて広く社会に届くのが普通でした。マスメディアが報じなければ、社会的には「ない」のも同然でした。その状況は今日、大きく変わり、政治家はSNSを通じて社会に直接発信し、その様をマスメディアが後から追いかけるように報じるのが当たり前のようになっています。その結果、マスメディアの政治報道にどのような変化が起きたのか、あるいは起きなかったのか。いずれ、わたしなりに思うところを書いてみたいと思います。
※参考過去記事
「メディアのありようを変えるTwitter」2009年12月30日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20091230/1262155761
鳩山首相Twitterで政治報道が変わる?(追記あり)」2010年1月2日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100102/1262363857


▽平良夏芽さん「憲法9条が無くなっても、沖縄には何の損失もない」(マガジン9「2013参院選を前に『改憲』を考える」2013年6月19日)
 http://www.magazine9.jp/2013sanin/taira.php
 ほんの一部を引用します。

 私は1962年に、現在は「沖縄県」と呼ばれている当時はどこだったのか分からない場所に生まれ育った。私と日本国憲法との出会いは、沖縄の「祖国復帰運動」の最中(実際には復帰でも何でもなかったのだが)だった。当時、小学生だった私は学校で「日本国憲法」、特に前文と9条についての授業を受けたことを記憶している(帝国憲法との違い、基本的人権等の説明もあった)。あまりにも素晴らしい文言に、子どもながら身震いしたことを鮮明に覚えている。
 しかし、私の住む沖縄では、今も昔も、この前文と9条が適用されたことは一秒たりともない。ただの一瞬もないのだ。したがって、憲法9条が無くなっても、沖縄には何の損失(変化)もないと思う。残念ながらそれが実態なのだ(変化は日本全土が軍事的に沖縄化するということ)。
 そもそも天皇制を護る代価としての憲法9条の制定なのだ。国体護持のために沖縄を米軍に売り渡し、自国の軍隊を捨てることまでを決断したというだけのこと。「平和主義」なる発想を第一に生まれた条文だとは考えにくい。最重要項目としていたのは国民の命や生活ではなく、軍隊でもなく、国体護持だったのだ。もちろん国民の多くが心から「平和」を希求したことは間違いのない事実だと思う。しかし、あの綺麗な文言は、その醜い実態をカモフラージュするための飾りだったのかもしれない。そして現在は、日米安保条約自衛隊の容認によって憲法9 条の中身はほとんど無に帰している。カモフラージュとしての文言であったのなら不思議はないと思う。
 それゆえ、「憲法9条を守れ!」という発想にはどこかついていけない思いが残る。「守れ」と言われているものの実態は、中身のない平和主義と沖縄の売り渡しがセットになっているからである。

 しかし、それでも現在の日本国憲法を守らなければならないと、私は思う。
 今は、実態のない条文だが、人類の希望を謳った条文だ。これほどに崇高な条文は世界に類を見ない。このことは多くの方が書くだろうし、周知の事実だから割愛する。
 実態のない条文だからこそ守らなければならないし、実現しなければならない。

 平良さんは沖縄県名護市辺野古で、普天間飛行場代替施設の建設阻止に参加されてきました。この厳しい一文を読んで、あらためて自分自身の足元を見つめ直し、覚悟を新たにしなければならないと感じています。


琉球新報社説「慰霊の日 軍は住民守らず 「心の傷」抜本調査を」2013年6月23日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-208379-storytopic-11.html

 体験者にとって戦争はまだ終わっていない。私たちはこの現実を直視しなければならない。
 日本政府は、早急に全ての体験者を対象にしたPTSD調査を実施すべきだ。深刻な心の傷を抱えている方々に、適切な治療を施す責任がある。
 同時にPTSD発症の一因とされる米軍被害をなくすためにも、普天間飛行場の閉鎖・県外移設、日米地位協定の改定は不可欠だ。

 琉球新報社説「首相あいさつ 胸に刻むなら県外移設を」2013年6月24日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-208442-storytopic-11.html

 「沖縄が忍んだ犠牲、人々が流した血や涙が、自分たちを今日あらしめていることを深く胸に刻んで、静かに頭(こうべ)を垂れたい」
 美しい言葉にもかかわらずか、それだからこそなのか、沖縄全戦没者追悼式での安倍晋三首相のあいさつは空疎に響いた。それは、沖縄県民の切実な思いに正面から向き合っているようには到底見えなかった。
 首相は「沖縄の人々に刻み込まれた心の傷はあまりにも深く」として、沖縄戦と戦後の苦難の歴史に触れた上で、米軍基地負担を「少しでも軽くするよう、全力を尽くす」と述べた。
 沖縄県民の心の傷を踏まえて基地負担の軽減を図ると言うのなら「普天間」「オスプレイ」などに触れてしかるべきだろう。

 沖縄タイムス社説「[全戦没者追悼式]埋まらない政府との溝」2013年6月24日
 http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-06-24_50842

 沖縄全戦没者追悼式の平和宣言の中で、仲井真弘多知事は「普天間飛行場の県外移設と日米地位協定の抜本的な見直しを強く求める」と述べた。喜納昌春県議会議長も、普天間問題やオスプレイ配備に対する政府の対応を厳しく批判した。
 沖縄の大多数の声をぶつけ、基地問題をめぐる負担の「不公平」を問いただしたのである。
 だが、出席した安倍晋三首相は、「負担を少しでも軽くするよう全力を尽くす」と語っただけ。式典後の記者団からの質問に対しては、辺野古移設を事実上、認めた。
 それが安倍首相らの言う「沖縄に寄り添う姿勢」なのか。オスプレイを12機追加配備し、普天間辺野古移設によって基地機能を強化し、半永久的な軍事要塞(ようさい)化を図ることがどうして負担軽減なのか。沖縄戦を体験した人々の危機感は、対中関係の悪化と沖縄の軍事要塞化の動きを反映したものだ。

 6月23日は沖縄の慰霊の日でした。1945年の沖縄戦で、日本軍の牛島満司令官が自死し、日本軍の組織的戦闘が終わったとされる日です。沖縄の琉球新報沖縄タイムス両紙の社説をいくつか紹介しておきます。


目取真俊さん「2013年『沖縄戦慰霊の日』に 1」(「海鳴りの島から」2013年6月24日)
 http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/3ec8e016df9615f541e652f7756d2160
 「2013年『沖縄戦慰霊の日』に 2」(「海鳴りの島から」2013年6月24日)
 http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/7683e1386c64b6be0b882206b10e9b75
 「2013年『沖縄戦慰霊の日』に 3」(「海鳴りの島から」2013年6月25日)
 http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/f0a684339136b010098840eeb225aa80
 沖縄県名護市在住の作家目取真俊さんのブログ記事です。本土のマスメディアでは報じられない沖縄の「6月23日」です。


森住卓さん「高江通行妨害裁判で不当判決 裁判長は判決理由すら読み上げ退廷。」(「森住卓のフォトブログ」2013年6月26日)
 http://mphoto.sblo.jp/article/70049036.html

 「控訴棄却」・・思わず弁護側から「判決理由は?」と声が飛んだ。
 6月25日午後、高等裁判所那覇支部開廷直後、判決文が読み上げられた。
 しかし、この四文字だけ読み上げた裁判長はそそくさと法廷を去って行った。

 6年前からヘリパット建設に反対して新たな基地建設と許さないと非暴力で闘い続けている高江住民。
 その先頭にたって闘っていた伊佐真次(52)さんは5年前、国に14名の住民とともに通行妨害で国に訴えられた。
 その後、福岡地方裁判所那覇支部は伊佐さんだけに有罪判決を行い、伊佐さんと住民側は高裁に控訴していた。

 この日、昼過ぎから那覇の裁判所前には支援者と高江住民が集まり、判決を待っていた。
 「不当判決」の報に「なぜ??信じられない裁判だ」「こんな裁判を許すわけにはいかない」と怒りの声が広がった。

 (中略)

 スラップ訴訟とはStrategic Lawsuit Against Public Participationの頭文字をとってSLAPP訴訟と呼んでいます。
 公の場で発言したり、訴訟を起こしたり、あるいは政府・自治体の対応を求めて行動を起こした権力を持たない比較弱者に対して企業や政府など、比較優者、発言封じ、場合によってはいじめることだけを目的に起こす、香罰的あるいは報復的な訴訟(SLAPP情報センターのHPから)です。
 高江の場合住民の恫喝、運動の萎縮を狙った弾圧裁判です。
 憲法の平和的生存権表現の自由 政治活動の自由を踏みにじるもので、きわめて不当で、悪質な判決です。

 軍事施設の建設に反対する住民を国が「通行妨害だ」として訴えたこの訴訟のことは、日本本土ではほとんど知られていないと思います。なぜなら、本土マスメディアで報じられることが極めて少ないからです。日本国が原告になり、主権者の一人である国民を訴えた訴訟。日本国の主権者である国民の間に、今からでも広く知られることが必要だと思います。