「沖縄に人権はないのか」琉球新報社説と沖国大集会の本土紙報道

 沖縄で5日に起きた米軍ヘリ墜落事故を受けて延期されていた米軍輸送機オスプレイ第2陣の沖縄配備が12日、再開されました。山口県岩国基地に残っていたオスプレイ10機のうち8機がこの日午前8時ごろ、次々に飛び立ち、午前中のうちに沖縄・普天間飛行場に到着。午後にも1機が移動し、第2陣12機のうち11機が沖縄に移りました。14日には、米空軍が墜落したヘリの同型機の飛行を16日から再開すると沖縄県などに通告。墜落原因は特定されていないままです。
※47news=共同通信「墜落ヘリ同型機の訓練再開ヘ 米空軍『点検で問題なし』」2013年8月14日
 http://www.47news.jp/CN/201308/CN2013081401001047.html

 米空軍は14日、嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)所属のHH60救難ヘリコプター墜落事故で見合わせていた同型機の訓練を、16日に再開すると沖縄防衛局を通じ県などに伝えた。
 米空軍は報道陣に対し、再開の理由について「点検で問題は見つからなかった」と説明。ただ、事故原因は「特定されていない」としている。

 12日のオスプレイ配備再開に対する沖縄の怒りは激しく、琉球新報は13日付けの社説で「沖縄に人権はないのか」との見出しで次のように批判しています。

 きょう8月13日は、2004年の同じ日に沖縄国際大に海兵隊のCH53D大型輸送ヘリが墜落してから9年となる日だ。
 住宅地上空で操縦不能となったヘリが大学の本館に激突し、爆発・炎上した。ヘリの破片は周辺地域に飛び散り、乳児が眠る住宅の寝室も直撃。巨大なローターの破片はバイクを破壊し、家の壁に突き刺さった。乗員3人が重軽傷を負い、住民が死傷を免れたのが本当に奇跡と思える事故だった。
 記憶は今も生々しい。居合わせた人には墜落の恐怖が心の傷として残っている事例もある。こうした中、5日のヘリ事故は多くの県民の悪夢をよみがえらせた。米軍の事件や事故が繰り返される日常では、心の傷を癒やすことも難しい。県民には最低限の人権すら認められないのか。
 沖縄にとって特別な意味を持つ日を前に、米軍は移動を強行した。追加配備の12機は先月末に米本土から山口県岩国基地に搬入され、普天間への移動を3日に開始。だがヘリ事故を受けて日本政府が追加配備の一時見合わせを要望し、米側が応じていた。
 日本側が一時見合わせを求めたのは事故で米軍機の安全性への懸念がさらに高まったことを踏まえた措置だったはず。機種が違うとはいえ、乗員1人が死亡した事故の原因究明もこれからだ。日程を1週間遅らせたところで、県民がその姿勢を評価するだろうか。事故原因の公表や再発防止策、安全対策に関する説明もないままの強行配備は言語道断だ。
 追加配備の再開は日本側からの「15日の終戦記念日や夏休み時期となるお盆(13〜15日)は避けてほしい」という非公式な要請もあり、12日になったとの見方もある。沖縄を愚弄(ぐろう)するにも程がある。
 オスプレイに対して県と県内全ての市町村、全市町村議会と県議会が反対していることは、これまで何度も指摘してきたところだ。

琉球新報社説「『節目』と追加配備 沖縄に人権はないのか 配備撤回で対米要求を」2013年8月13日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-210958-storytopic-11.html

 戦争と平和を考えるとき、68年前に日本の敗戦で第2次大戦が終わった8月という時は、日本本土の日本人にとっても、沖縄にとっても等しく特別な時間を過ごす時だと思っています。しかし今年の8月は、集団的自衛権容認と憲法改正に積極姿勢を見せる安倍晋三政権のもとで、米軍と基地をめぐる動きが、直接の被害当事者である自治体や住民の意向をまったくかえりみないままに慌ただしく進んでいます。
 ヘリ墜落事故の原因も特定されないのに、沖縄へのオスプレイ配備が再開され、さらにはヘリの飛行再開が一方的に通告されました。これが沖縄にとってどれほど重い意味を持っているかを日本本土の日本人が理解するには、琉球新報の社説が指摘している2004年8月13日の沖縄国際大ヘリ墜落事故をまず知るべきではないか―。そんなことを考えながら、大阪にいて14日付の新聞各紙の朝刊を読み比べました。13日には沖縄国際大で、ヘリ墜落9年に合わせて普天間飛行場の閉鎖・返還を求める集会が開かれました。各紙の扱いや主な見出しを書き留めておきます。朝日、毎日、読売、日経、産経の全国紙各紙は大阪本社発行の最終版です。

▼朝日:第2社会面「沖縄に『平穏な空』を」「ヘリ墜落9年の集い」見出し2段、記事30行、写真
▼毎日:2面(総合面)「ヘリ墜落から9年 沖縄国際大で集会」見出し1段、記事39行、写真なし
▼読売:第3社会面「米軍ヘリ事故9年 沖縄国際大で集会 安全な生活訴え」見出し1段、記事31行、写真なし
▼日経:社会面「普天間固定『認めない』」「大学に米軍ヘリ墜落から9年」見出し横1段、記事21行、写真
▼産経:記事見当たらず
京都新聞:社会面トップ「普天間『我慢の限界』」「オスプレイに記憶重ね」「米軍に怒り、固定化懸念」見出し6段、「沖縄国際大ヘリ墜落事故」とはもの、写真
神戸新聞:第2社会面「『普天間返還 強く要求』」「沖縄国際大 ヘリ墜落9年」見出し3段、記事47行、「沖縄国際大ヘリ墜落事故」とはもの、写真、地図

 各紙の紙面を見ていて、共同通信の記事2本を組み合わせて掲載した京都新聞の扱いの大きさが目を引きました。神戸新聞も全国紙よりも大きな扱いです。特定の地域に対して、民意を無視して国策が押し付けられていくことの理不尽さに敏感になってきている地方メディアが、日本本土でも地方紙の中に出てきているのではないかと感じます。京都新聞はこの日の社説でもオスプレイ配備再開を取り上げ「事故の不安深く考えよ」との見出しを取っています。
 とまれ、ことしの8月15日は、戦争犠牲者の冥福をあらためて祈るばかりでなく、今現在進んでいるもろもろの動きをどう考えていけばいいのか、考えを深める日にしたいと思います。