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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

秘密保護法から考える「マスメディアと戦争」〜民放労連の学習集会で話したこと

 週末2月2日の日曜日、民放各局の労働組合でつくる「民放労連」の近畿地方ブロック組織である近畿地連からお招きをいただき、京都市で開かれた学習集会で特定秘密保護法とマスメディアをテーマに、話をさせていただきました。
 参加者は近畿地方の民放局の労働組合(単組)の執行部の皆さん。職場は報道以外にも営業や技術などさまざまとのことでしたので、マスメディアの取材・報道にとって特定秘密保護法はどんな影響があるのか、わたしなりに考えていることを中心に、報道以外の現場で働く方たちにも身近な問題にとらえてもらえるように努めました。
 準備したのは大きく分けて4点です。まず、特定秘密保護法の何が問題なのか。次に、戦争と情報保護とマスメディアをめぐって日本で起きたことの実例、3点目は昨年秋以降のこの法律(法案)をめぐる新聞各紙の報道ぶり、最後に労働運動の役割です。


 まず最初の、この法律の問題点です。この法律の危うさはさまざまに指摘されています。その概要については、日弁連が発行しているQ&A集のリーフレットが簡潔かつ分かりやすくまとめており、あらかじめ民放労連の事務局にお願いして入手していただき、参加者に配布してもらいました。その上で、わたしなりにマスメディアの取材報道にとってとりわけ大きな影響があると考えていることを2点に絞って説明しました。
 一つは「何が秘密か」それ自体が秘密であること、それによって取材・報道活動が直接、法違反に問われる恐れがあることです。新聞社や放送局の正当な業務であれば罪に問われないといったことが喧伝されていますが、正当な業務かどうかを判断するのは捜査機関ということになります。仮に、取材・報道が最終的に正当な業務として無罪になるとしても、記者の逮捕や新聞社、放送局への家宅捜索などはそれ自体で取材活動に大打撃です。特定秘密の周辺をかぎまわる報道機関や記者を狙い撃ちにして、恣意的に弾圧することすら可能になりかねません。
 二つ目は、秘密を洩らした公務員らが最高で懲役10年の厳罰に処せられることで、公務員らに萎縮を招き、良心に基づく内部告発や情報提供がなくなりかねないことです。結果として、わたしたちの社会には公権力が公表した情報しか流通しなくなることが危惧されます。わたしたちの社会にとって極めて深刻な問題だと考えています。
 この法律は、安倍晋三首相が国家安全保障会議(NSC)の創設と車の両輪だとして、成立に執念を見せました。安倍首相の悲願は憲法改正であり、集団的自衛権の行使容認です。そうした政治的な文脈を踏まえて考えると、この法律は戦争を容認する社会への条件整備の意味を持っているように思えます。わたしはそうとらえています。


 2点目の、戦争と情報保護、マスメディアをめぐって日本で起きたことの実例では、以下の三つの例を、このブログに書いた関連の過去記事とともに紹介しました。
▼読売新聞の情報源の自衛官が懲戒免職=2008年10月
 「軍事が無原則に『表現の自由』『知る権利』に優先する危険〜読売新聞情報源の懲戒免職の意味」2008年10月5日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20081005/1261275338
 マスメディアの取材に対して軍事情報を漏らしたとして、幹部自衛官が職を失った事例が現実に起きていることの一例として紹介しました。
イラク自衛隊派遣に際しての新聞協会、民放連と防衛庁(当時)の申し合わせ=2004年3月
 「クウェート派遣空自隊員の事故が明るみに〜メディアの『検閲容認』を忘れない」2012年9月8日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20120908/1347078476
 戦時に軍事組織は情報を隠したがることの実例でもあり、マスメディアが一致団結(してはね返すことが)できなかったことの先例でもあります。
 この2004年当時の関連文書は、今も防衛省のホームページからダウンロードできます。
東京大空襲の「大本営発表」報道=1945年3月11日
 「日米密約と東京大空襲に共通するもの(再録・大本営発表報道)」2010年3月11日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100311/1268241655
 よく耳にする「大本営発表」ですが、実際の報道を目にしたことがある方は、そう多くないのではないかと思います。当時の朝日新聞紙面(45年3月11日付)の縮刷版の紙面もコピーを配布しました。今日では、東京大空襲では一晩で10万人以上の住民が犠牲になったことが知られていますが、この大本営発表には人的被害が一言も触れられていません。
 この3例に限らず、こと戦争あるいは軍事と情報公開は相いれないものだと考えています。「戦争で最初に犠牲になるのは真実」という言葉の通りだと思います。


 3点目の、昨年秋以来の新聞各紙の報道は、このブログに書き残した関連記事の紹介です。カテゴリー「秘密保護法案」の各記事で記録に残した通りです。ブロック紙、地方紙は法案に対して「反対」や慎重審議を求める論調が圧倒していましたが、全国紙では読売新聞、産経新聞が政権寄りの姿勢でした。また、法案に反対、慎重の新聞と読売や産経では、紙面の関連記事の量に大きな差があったことも顕著な特徴でした。読売や産経の紙面で、法案に反対する人たちの抗議行動や肉声が紹介されることはありませんでした。
 全国紙では朝日新聞毎日新聞は反対を明示し、日経新聞も事実上の反対との論調でした。地方紙やブロック紙も合わせると、新聞紙面に表れた法案への反対と政権への批判は相当なものだったと思いますが、その中でも有力な全国紙が政権寄りだったことは、安倍首相にとっては大きな励みだったのではないかと思います。
安倍首相が敬愛するという祖父の故岸信介氏も首相在職時の1960年の日米安保条約改定(いわゆる「60年安保」)では、世論の激しい批判に遭いました。国会周辺をデモ隊が取り巻く中で「私には声なき声が聞こえる」と強がったという祖父に比べれば、全国紙の一角に支持された安倍首相は、はるかに恵まれていると言うべきかもしれません。


 最後の労働運動の役割については、わたしの話の時間配分の拙さから、大急ぎの駆け足となってしまいました。伝えたかったのは、労働組合とは働く者が団結する権利を具現化したものであること、なぜその権利が保障されているかといえば、団結することで使用者側と対等の立場で労働条件の交渉をできるようにするためだということです。大切なのは、そうやって労働者の地位や待遇を向上させることがなぜ必要か、その理由をどう考えるかです。わたしは、戦争を防ぐため、平和を守るためだと考えています。わたし自身の労働組合運動への関わりの経験を通じて、そう考えるようになりました。
 労働組合運動を通じて知ったものの一つに、国際労働機関(ILO)のILO憲章前文があります。日本語訳がILO東京駐在事務所のホームページにあります。少し長くなりますが、以下に引用します。

ILO憲章前文
ILO駐日事務所HP
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/standards/constitution.htm#constitution

世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができるから、
 そして、世界の平和及び協調が危くされるほど大きな社会不安を起こすような不正、困苦及び窮乏を多数の人民にもたらす労働条件が存在し、且つ、これらの労働条件を、たとえば、1日及び1週の最長労働時間の設定を含む労働時間の規制、労働力供給の調整、失業の防止、妥当な生活賃金の支給、雇用から生ずる疾病・疾患・負傷に対する労働者の保護、児童・年少者・婦人の保護、老年及び廃疾に対する給付、自国以外の国において使用される場合における労働者の利益の保護、同一価値の労働に対する同一報酬の原則の承認、結社の自由の原則の承認、職業的及び技術的教育の組織並びに他の措置によって改善することが急務であるから、
 また、いずれかの国が人道的な労働条件を採用しないことは、自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害となるから、
 締約国は、正義及び人道の感情と世界の恒久平和を確保する希望とに促されて、且つ、この前文に掲げた目的を達成するために、次の国際労働機関憲章に同意する。

 ILOは第1次世界大戦終結後の1919年に発足しました。人類が初めて経験した過酷な「総力戦」を経た後のことです。ILO憲章の前文には、戦争と貧困や社会不安は親和性が高いこと、戦争の惨禍を繰り返さないためには、貧困や社会不安を招かないように労働者の権利を保護することが必要だ、との思想が貫かれているように思えます。その労働者の団結権を具現化した労働組合は、生まれながらにして本来的に平和勢力なのだと思います。
 加えてマスメディアの労働組合なら、自らの仕事と密接不可分な「表現の自由」を守り抜くことは、労働組合として負うべき社会的な責任でもあるだろうと考えています。


 残念ながら特定秘密保護法は成立し、公布されました。しかし、これでおしまいなのではなく、これから何をするのかが大事だと思います。わたしの話を受けての質疑応答では、マスメディアは何をなすべきかについても話が及びました。まずはわたしたち自身が萎縮してはいけないと思います。


 もう退任から7年以上がたちましたが、東京で新聞労連委員長を務めていたころ、民放労連出版労連などマスメディア関連の産別組合などでつくる日本マスコミ文化情報労組会議(略称MIC)の議長を兼任していました。民放労連の皆さんとも交流させていただきながら、放送のことをいろいろ教えていただきました。わたしは今は労働組合に所属していない身ですが、労働組合活動の意義や重要性について、当時と考えは変わっていません。今回、民放労連近畿地連の皆さんの前でお話しできたのは、とても光栄でした。つたない話を最後まで聞いていただいたことに、ここであらためてお礼申し上げます。
【写真説明】学習集会で配布してもらったレジュメ(左)と日弁連の秘密保護法リーフレット