地方紙は解釈改憲に反対、批判が圧倒〜憲法記念日の社説・論説

 憲法記念日の5月3日付朝刊を中心に、日本の新聞の中で主にブロック紙や地方紙が社説や論説で憲法をどんな風に取り上げているかを調べてみました。ネットの自社サイトで社説を公開している新聞が対象ですが、チェックしたのは計28紙(中日新聞東京新聞は合わせて1紙とカウントしています)。そのほとんどは、安倍晋三政権が集団的自衛権の行使容認を、憲法改正ではなく閣議決定による解釈の変更で行おうとしていることに反対する、ないしは批判的な内容です。集団的自衛権の行使容認それ自体に対しても同様です。「やむを得ない」との論調は1紙(石川県金沢市北國新聞)でした。以下に、ネットに掲載されていた各紙の社説・論説の見出しを引用、書き留めておきます。

▼5月3日付朝刊の社説・論説
北國新聞集団的自衛権 限定容認もやむを得ない

北海道新聞:きょう憲法記念日 平和主義の破壊許さない
東奥日報閣議決定では軽すぎる 憲法9条の解釈変更
デーリー東北:憲法解釈変更は正攻法ではない
岩手日報憲法記念日 意識したい国の「体臭」
秋田魁新報憲法記念日 平和主義の尊さ認識を
河北新報:揺らぐ憲法 立憲主義の本旨、再認識を
福島民報憲法と福島 避難者の権利回復急げ
茨城新聞集団的自衛権 結論ありきは看過できず
神奈川新聞:憲法記念日に ご都合解釈は許されぬ
新潟日報憲法記念日 世界に誇るべき高い理想
信濃毎日新聞:9条が問う 解釈の変更 民意を無視した改憲準備
中日新聞東京新聞:9条と怪人二十面相 憲法を考える
福井新聞憲法記念日 平和希求それでいいのか
京都新聞憲法記念日に 解釈改憲は平和の土台崩す
神戸新聞解釈改憲 空洞化する平和主義の理念
山陽新聞集団的自衛権 容認ありきでない議論を
山陰中央新報集団的自衛権 行使容認は議論が必要だ
愛媛新聞愛国心教育 政権の意向の「強要」は危うい
徳島新聞憲法施行67年(下) 秘密法の問題点考えよう
高知新聞憲法記念日 9条の精神を守るために
西日本新聞憲法記念日にあたって 護憲、改憲の前に「尊憲」を
佐賀新聞憲法記念日 安易な解釈改憲いいのか
宮崎日日新聞集団的自衛権 行使容認は国民的議論必要
南日本新聞憲法記念日 「解釈改憲」の前にやることがある
沖縄タイムス:岐路に立つ憲法 戦争の足音が聞こえる
琉球新報憲法記念日 9条を平和外交に生かせ 解釈改憲は法治の否定だ
八重山毎日:憲法9条が骨抜きに 安倍政権で平和主義、立憲主義が危機

 
 また3日付だけでなく、その前後の紙面でシリーズとして憲法を取り上げたブロック紙や地方紙もあります。以下に書き留めておきます。
▼5月1日付
神奈川新聞:憲法と自由 価値と意義、再考しよう
中日新聞東京新聞憲法を考える ベアテさんの思い、心に
愛媛新聞集団的自衛権の行使 平和国家の基盤を危うくする
徳島新聞憲法施行67年(上) 解釈改憲は許されない
▼5月2日付
信濃毎日新聞:9条が問う 戦争放棄 あの輝きを失わせない
中日新聞東京新聞憲法を考える 戦死と向き合う覚悟は
愛媛新聞特定秘密保護法 知る権利の重みを再認識したい
徳島新聞憲法施行67年(中) 砂川判決は論拠にならぬ
▼5月4日付
信濃毎日新聞:9条が問う 心の統制 表現の自由であらがう
琉球新報憲法世論調査 解釈変更拒否は明白だ
※NPJサイトに各紙の社説・論説へのリンク集があり便利です。 http://www.news-pj.net/


 なお、前回の記事で紹介した通り、3日付の全国紙5紙の社説は朝日、毎日が解釈改憲に反対・批判的、読売、産経、日経は賛同・理解と分かれています(東京新聞中日新聞と合わせてブロック紙1紙分とカウント)。以下に見出しを再掲しておきます。
【朝日】「安倍政権と憲法 平和主義の要を壊すな」本質は他国の防衛/行政府への抑止なく/憲法を取り上げるな
【毎日】「集団的自衛権 改憲せず行使はできぬ」限定容認の先は何か/国民に判断を委ねよ
【読売】「憲法記念日 集団的自衛権で抑止力高めよ」「解釈変更は立憲主義に反しない」日米同盟強化に資する/限定容認で合意形成を/緊急事態への対処も
【産経】「憲法施行67年 9条改正あくまで目指せ」「集団自衛権の容認が出発点だ」国守規定が存在せず/「軍」の位置づけが必要
【日経】「集団的自衛権めぐるジレンマ解消を」グレー領域の調整カギ/解釈と明文改憲の区別


 地方紙、ブロック紙の社説・論説はすべてを網羅しているわけではありませんが、それにしても集団的自衛権の行使容認と、それを憲法改正ではなく解釈の変更で行おうとすることに、新聞上でこれだけの反対や批判の言説があることは軽視されるべきではないだろうと思います。これまでの世論調査でも、安倍晋三政権が高い支持率を維持している一方で、憲法改正に対してはそれほどの支持がないことは明らかです。


 以下に、各紙の社説・論説の中で特に目を引かれたもの、強く印象に残ったものを一部引用し、書き留めておきます。

京都新聞5月3日付
 「戦後レジームからの脱却」を目指す安倍首相は、60年の日米安保条約改定で日本防衛義務を米国に認めさせた祖父の岸信介元首相について、日米の双務性を高めるために行ったとし、自らの世代の責任を「日米安保条約を堂々たる双務性にしていくことだ」と語ったことがある。集団的自衛権行使に向けた執念の背景には、そうした対等な「血の同盟」を目指す国家観がある。東アジアの安全保障環境の変化だけが理由ではない。
 政治学者の故丸山真男氏は、憲法の平和主義の意義について「現実の政策決定への不断の方向づけ」にあると説いた(「憲法第九条をめぐる若干の考察」)。国際緊張を激化させず、緩和する方向に政策を積み重ね、全面軍縮への積極的な努力を不断に進める。
 その9条の精神を、遺産として未来へ引き継げるのか。私たちは大きな瀬戸際にある。

 京都新聞の社説の結びです。「集団的自衛権行使に向けた執念の背景には、そうした対等な『血の同盟』を目指す国家観がある。東アジアの安全保障環境の変化だけが理由ではない」との指摘は、安倍晋三首相の国家観を端的に言い当てていると感じました。改憲を支持する言説では「東アジアの安全保障環境の変化」として、中国や韓国との領土問題をめぐるあつれきや北朝鮮の核開発などが挙げられますが、そこにばかり目を奪われることなく、「血の同盟」に対置し軍事的発想から離れて東アジアの安全と平和に寄与できる国家観を見出していくことも政治に必要だと思います。そうした政治の議論に寄与することがジャーナリズムの課題の一つとも思います。

南日本新聞5月3日付
 数年来、巨大化した軍事力を背景にした中国のふるまいは目に余る。尖閣諸島周辺への度重なる領海侵犯がそうだ。北朝鮮はミサイル発射や核実験など挑発を繰り返すばかりである。十分な警戒を怠ってはならない。
 だからといって、違憲とされてきた集団的自衛権の行使を解釈見直しで認めることが、アジアに平和と安定をもたらすだろうか。むしろ、緊張を高め、「安全保障のジレンマ」に陥ることにならないか。
(中略)
ソフトパワー生かせ
 領土問題や歴史認識で一向に溝が埋まらない日本と中韓両国の政府と異なり、自治体や民間レベルでは地道な交流が続いている。
 微小粒子状物質「PM2.5」など大気汚染がひどい中国の環境改善を支援する試みだ。公害を克服した北九州市三重県四日市市が中心になっている。
 鹿児島では、南京大虐殺記念館を何回も訪ねて和解の道を探る県日中友好教職員の会などだ。
 こうした活動は「ソフトパワー」と呼んでいいだろう。軍事力に代わって、文化などを通じて他国を引き寄せる力のことだ。北九州市などの実践は、日中韓の政府間で大気汚染の実態解明を進める協力に結びついたのである。
 こう考えると非戦の誓いを述べた憲法の前文や、それを担保する9条の規定こそ最大のソフトパワーといえるのではないか。
 中国でも「軟実力」と訳され、世界で中国語の普及に力を入れているという。もともと漢字文化圏の韓国にも、そして北朝鮮にもこの言葉は通じそうだ。
 「軟実力」で大気汚染対策を進展させる。歴史認識や領土問題でも、外交力を含めたこの力で相互理解を深める。必要なのは「対立」ではなく、「対話」である。
 21世紀は憲法を核にしたソフトパワーを全開にして、北東アジアだけでなく世界全体の平和へ活用するべきである。

 軍事大国としての中国の脅威を認めながらも、現憲法の前文や9条を積極的に生かすことを具体的に説いており、何度もうなずきながら読みました。「軍事力に代わって、文化などを通じて他国を引き寄せる力」であるソフトパワーは、上記の京都新聞社説の項で触れた「血の同盟」に対置しうる国家観に通じるものではないかと思います。

愛媛新聞5月3日付
 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない(憲法第19条)。学問の自由は、これを保障する(23条)。思想統制で国民を戦争に駆り立てた苦い経験の後に獲得した、大切な条項だ。
 この平和の礎が、教育の現場で崩される危機にある。
 安倍政権は今、防衛力増強と愛国心育成教育を連動し、強力に推し進めている。教育や思想信条への政治介入は許されない。平和国家の変貌を黙って見過ごすことはできない。
(中略)
 一連の教育政策は、特定秘密保護法集団的自衛権行使容認、憲法改正の動きとセットであることに留意したい。
 自民党日本国憲法改正草案は、国防や国旗国歌尊重、領土・資源確保など、国民の義務を前面に打ち出し、国民を縛る。人権も、現行憲法は「公共の福祉」、すなわち多くの人々の幸せに反しない限り保障するが、草案は「公益及び公の秩序」に反しない範囲の保障に置き換え、個人より国益を優先する。
 憲法とは個人の権利を保障するため国家権力を規制するものだ。その立憲主義の精神を忘れてはならない。
 教育もまた、一人一人の幸せを生むためにあると心に刻みたい。愛国心の強要は国への服従を促す。戦争の悲しい歴史が証明した愚を、あらためて思い起こさなければならない。国を愛する心は、誰もが尊重され生かされる中で、おのずと生まれてくるに違いない。愛せる国をつくることにこそ力を尽くしたい。

 「一連の教育政策は、特定秘密保護法集団的自衛権行使容認、憲法改正の動きとセットであることに留意したい」との指摘はその通りだと思います。

沖縄タイムス5月3日付
 「ウセーラットーン(ばかにされている)という屈辱感を感じる」。詩人の中里友豪さん(77)=那覇市=は、政権の動きをこう批判した。沖縄戦のころ9歳だった。やんばるに避難。飢えに苦しみ、悪臭を放つ死体をいくつも見た。戦後の59年6月、石川市(当時)の宮森小学校に米軍の戦闘機が墜落し、児童ら17人が犠牲になった。琉大生だった中里さんは、現場に駆けつけ規制線をくぐり、黒こげになった遺体を見た。
 「琉大文学」に掲載したルポルタージュで「操縦士にはパラシュートがあったが、子どもたちにはパラシュートはなかった」と書いた。
 沖縄戦と米軍統治下の記憶は強烈に脳裏に焼き付いている。米軍によって文章の発表の自由は制限された。「僕らは閉塞(へいそく)感の中で青春を過ごした。世界的遺産ともいえる平和憲法をないがしろにすることは許せない」
    ■    ■
 中里さんは、米軍普天間飛行場の移設に伴う辺野古へのV字形滑走路計画について警鐘を鳴らした。「沖縄はアジアに向かう日本という軍艦の舳先(へさき)にされようとしている。そのための橋頭堡(ほ)が新たに強化されようとしている」(文芸誌『前夜』、2006年秋号)。
 当時の市長は基地建設に合意した。中里さんはこうつづっている。
 「この屈辱は堪え難い。ぼく(たち)は合意しない。忘れ難い記憶があるからだ。記憶は未来の先導者である」

 日本国憲法のことを考えるとき、なかんずく9条を考えるときに忘れてはならないと思うのは沖縄のことです。「沖縄はアジアに向かう日本という軍艦の舳先(へさき)にされようとしている。そのための橋頭堡(ほ)が新たに強化されようとしている」。それは沖縄の人たちが自ら選び取った道ではなく、日本という国家が強いていることなのだということを、日本国の主権者の一人としてあらためて胸に刻みます。


 以下は日経新聞の社説です。論調としては集団的自衛権行使をめぐる解釈改憲を容認しているのですが、同じ立場に立つ読売新聞や産経新聞とは少し肌合いが異なっているように感じました。解釈改憲は認められないと考える立場からも、3つのジレンマの指摘は興味深いと感じましたので、一部を引用し書き留めておきます。

日経新聞5月3日付
 政府見解の見直しを進めるにあたり3つのジレンマがある。その解消に動くことが求められているといえるだろう。
 第1は「安倍首相のジレンマ」である。集団的自衛権の解釈変更は安倍首相が前面に出てくれば出てくるほど、抵抗が大きくなるという政治の現実がある。靖国神社参拝にみられるように首相は保守のイデオロギー色が濃い。見直し反対派がボルテージをあげる理由のひとつがここにある。
 このジレンマを解消するには、集団的自衛権の見直しに反対してきた公明党の理解を得ることが何よりも必要になる。個別的自衛権や警察権の拡大で対応できると主張する公明党をいかに説得できるかにかかっている。
(中略)
 第2は進め方の問題である。「政権公約のジレンマ」を抱えているからだ。
 自民党は2012年の衆院選政権公約で、国家安全保障基本法を制定し集団的自衛権の行使に道を開く方針を打ち出した。ところが、首相の側から聞こえてくるのは安保基本法によるのではなく、自衛隊法などいきなり個別法を秋の臨時国会で処理する段取りだ。
 筋論からすれば基本法を制定し、考え方をはっきり示したうえで個別法に入るべきである。
(中略)
 第3は「改憲のジレンマ」である。もし政府解釈の変更によって集団的自衛権の行使に風穴をあけると、首相が掲げる改憲が差しせまった問題ではなくなり、むしろ遠のくという皮肉な結果をもたらす可能性をひめているためだ。
 改憲ではさまざまなテーマが取り沙汰されるが、9条問題のように明文改憲をしない限り動かないというものはほとんどない。取りあえずの対応策として、そこをいわゆる「解釈改憲」でしのぐとすれば、国論を二分する憲法改正は急ぐまでもないといった意見が強まってくる事態も予想される。
 解釈変更でできるのはどこまでで、武力行使を伴う多国籍軍参加のようにここからは明文改憲をしないとできないといった改正の仕分けをきちんとしておくべきだ。