ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

戦争許容社会と表現の自由、知る権利〜福岡県歯科保険医協会の市民公開講演会で話したこと

 5月24日の土曜日、福岡県歯科保険医協会のお招きを受け、協会の第37回定期総会に続いて福岡市内のホテルで開かれた市民公開講演会で講演をさせていただきました。昨年11月、全国保険医団体連合会(全国保団連)の機関紙誌交流会でお話をさせていただいたのがきっかけで、わたしが福岡県出身ということもあり、声を掛けていただきました。全国保団連とは、開業医や勤務医の方々でつくる各地の保険医協会・保険医会が加盟する全国組織で、福岡県歯科保険医協会も加盟組織の一つです。
※参考過去記事
2013年11月25日「戦争を許容する発想は『表現の自由』『知る権利』を制限する」:全国保団連で話させていただいた報告です
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20131125/1385309124

 今回はタイトルを「ニュースの現場から見る日本のこれから」とし、副題に「戦争許容社会と表現の自由、知る権利」と付けました。戦争と社会での自由な情報流通とは相いれないのではないかとのわたし自身の考えをもとに、現在進んでいる特定秘密保護法施行への準備や、集団的自衛権の行使容認に向けた政府の憲法解釈変更などの動きが、表現の自由や知る権利、あるいはマスメディアの取材活動を制限しかねない危惧について、努めて具体的にお話しさせていただきました。
 主な内容は以下の通りです。このブログでも何度も触れてきたことが中心です。会場に来ていただいた方々に配布していただいたレジュメ代わりのメモにも、ブログの過去記事を記載しておきました。

 ▼1945年3月10日の東京大空襲の大本営発表報道
 戦争を進める側にとっては、ありのままの実相が伝わると到底戦意を保てません。「戦争で最初に犠牲になるのは真実」の言葉通りです。遠い外国の話ではなく、この日本の社会でわずか約70年前に実際に起きていたことです。ただちに同じような状況が現出することは考えにくいかもしれませんが、戦争放棄、戦力不保持と表現の自由との関連性をふだんから意識しておきたいと思っています。
※参考過去記事:2010年3月11日「日米密約と東京大空襲に共通するもの(再録・大本営発表報道)」
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100311/1268241655


 ▼イラク自衛隊派遣に際しての新聞協会、民放連と防衛庁(当時)の申し合わせ=2004年3月
 当時わたしは社会部の取材班のデスクでした。自衛隊は戦闘をするつもりはなかったでしょうし、隊員の生命を守る上からはやむを得ない措置として、報道の制限を持ち出してきたのだろうとは思います。しかしそれでもなお、軍事的な発想と自由な情報流通の発想とが衝突したケースとして、今日なお、とりわけマスメディアの内側にいるわたしたちは忘れずにいなければならない実例だと考えています。
※参考過去記事:2012年9月8日「クウェート派遣空自隊員の事故が明るみに〜メディアの「検閲容認」を忘れない」
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20120908/1347078476


 ▼特定秘密保護法の危惧
 特定秘密保護法の危険性を一言でいえば「何が秘密か、それは秘密」ということに尽きます。「秘密」が恣意的に指定される恐れがあり検証もできない、公権力にとって都合の悪いことを隠すのではとの不信はぬぐえない、マスメディアの取材も違法とされる恐れが残る、 厳罰化で公務員に萎縮を招き善意の内部告発もなくなる、などなど、疑問が山積している状況に変わりはないと考えています。
 最近の気になる動きでは、沖縄への陸自部隊配備をめぐる琉球新報の今年2月の報道に対し、防衛省が文書で抗議し訂正を要求したことを挙げました。日本新聞協会にも同様の抗議文が送られました。編集権は各新聞社固有のもので、新聞協会に編集上の権限は何もないのにです。特定秘密保護法の施行後であれば、どのようなことが起こるのでしょうか。
 もう一つ、最近の気になる動きとして、海上自衛隊の護衛艦「たちかぜ」乗組員のいじめ自殺訴訟のことを話しました。海自は当初、内部調査の結果を隠蔽。1審判決後、国側の指定代理人だった海自3佐が内部告発して明るみに出ました。ことし4月の2審判決(東京高裁)は海自の責任を厳しく問い賠償を増額し、判決は確定しましたが、内部告発した3佐は一時、懲戒処分を受ける恐れがありました。艦内のいじめ調査の情報が特定秘密に当たるかどうかはともかく、海上自衛隊のこのような現状では、特定秘密保護法が恣意的に適用されるのではないかとの疑念は尽きないと思います。
※参考過去記事:2014年4月27日「護衛艦『たちかぜ』いじめ自殺訴訟と秘密保護法」
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20140427/1398608949

 
 ▼集団的自衛権の行使容認論議
 これは今も現在進行で動いている大きなテーマです。論点はさまざまあり、マスメディアでも賛否は割れています。会場では、地方紙、ブロック紙の論調は批判、反対が圧倒していることを説明しました。
 いずれにせよ、民主主義社会にとって表現の自由と自由な情報流通は絶対不可欠です。マスメディアで働く一人としては、表現の自由と知る権利はわたしたちの仕事に欠くことができない憲法上の大きな価値であると考えていること、同時に、表現の自由や知る権利を守ることはわたしたちの社会的な責務でもあると考えていることをお話ししました。
※参考過去記事
・2014年5月4日「地方紙は解釈改憲に反対、批判が圧倒〜憲法記念日の社説・論説」
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20140504/1399213215
・2014年5月18日「地方紙はやはり反対、批判が圧倒〜安倍首相の憲法解釈変更表明の報道」
http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20140518/1400342263


 事前の準備はしていなかったのですが、講演の冒頭では、5月21日に言い渡しがあった二つの判決、福井県の大飯原発の再稼働を認めない福井地裁判決と、米軍厚木基地を使う自衛隊機の夜間の飛行差し止めを命じた横浜地裁判決にも触れて、思うところを少し話しました。
 2011年3月11日に東日本大震災が発生し、ほどなく東京電力福島第一原子力発電所で過酷事故が発生していることが明らかになった当時、わたしは勤務先の人事異動に伴い、東京から大阪に移り住んだばかりでした。慣れない土地で自分の眼前の職責に追われながら、わたしたちの社会はこの災害と事故によって、それ以前とは全く違う位相に移り、もはや引き返すことはできないだろうと漠然と考えていました。あれから3年余。司法分野で、従来にはなかった新しい判断が示されたことには、大きな意味と意義があると感じます。原発に対する個人的な賛否はともかく、司法の変化はできる限り肯定的にとらえたいと思っています。


 会場においでいただいた皆さんには、つたない話ながら熱心に聞いていただきました。この場を借りて、あらためてお礼申し上げます。また、このような機会を与えていただいた福岡県歯科保険医協会の皆さまにも感謝しています。ありがとうございました。

【写真説明】福井地裁判決と横浜地裁判決を大きく報じる東京発行の5月22日付朝刊各紙