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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

この衆院選で問われるべきは憲法改正

 安倍晋三首相が18日、消費税再増税の延期と、衆院を21日に解散することを表明しました。安倍氏は記者会見で「国民生活にとって重い決断をする以上、速やかに国民に信を問うべきだ」「消費税率の引き上げを18カ月延期すること、平成29年4月には確実に10%へ消費税率を引き上げることについて、そして、私たちが進めてきた経済政策、成長戦略をさらに前に進めていくべきかどうか、国民の判断を仰ぎたい」(産経新聞の詳報より引用)などと述べました。会見はNHKの午後7時の全国ニュースで中継されており、わたしも職場で見ました。首相は、解散の理由はあくまでも消費税再増税の延期であり、経済政策への信を問うためである、と言っているように聞こえました。市井の生活者で増税を歓迎する人はまずいないでしょうし、いても極めて少数であることに異論は少ないと思います。そんなことから、安倍氏が挙げる理由では解散の大義たりえない、大義のない解散・総選挙ではないか、との批判が野党などから出ていると報じられています。わたしも、世論が割れる中で国会での採決が行われた特定秘密保護法や、国会審議のないまま閣議決定で決まった集団的自衛権の行使容認など、増税先送りよりも前に、国民の信を問うべき政治テーマはいくつもあったはずだと考えています。今回の衆院解散・総選挙には正直、違和感が残ります。
産経新聞「【衆院選】首相会見詳報」
http://www.sankei.com/politics/news/141119/plt1411190013-n3.html
 18日の安倍首相の会見での発言は、東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)とも19日付朝刊の1面トップで大きく扱い、ほかに関連記事も多数載っています。
【写真説明】在京各紙の19日付朝刊の1面

 各紙の紙面を読み比べる中で、もっとも目を引かれたのは、産経新聞の1面に掲載された「首相、一気に勝負手改憲へ布石」という見出しの記事です。書き出しは以下の通りです。

 安倍晋三首相が消費税再増税を先延ばしし、衆院解散・総選挙の断行を決めたのは、大目標である憲法改正に向け、できるだけ議席を失わずに済むタイミングは今だと考えたからだ。

 もっとも安倍氏に近いマスメディアの一つである産経新聞のベテラン政治記者、阿比留瑠比氏の簡潔で分かりやすい指摘です。後述するように、各紙とも社説ではこの衆院解散・総選挙の大義や、選挙で問われるべきものについて論じていますが、実はこの総選挙で究極的に問われるべきなのは、憲法改正の是非なのだと思います。
 この記事はネット上の同紙サイトでも読めます。
 http://www.sankei.com/politics/news/141119/plt1411190016-n1.html

 各紙とも19日付の社説でも解散・総選挙を取り上げており、この衆院解散・総選挙に大義があるか、衆院選で問われるべきは何なのか、それぞれに論を展開しています。以下に各社の見出しを小見出しも含めて書き留めておきます。これだけでも、各紙ごとの論調の違いがある程度、読み取れるのではないかと思います。

朝日新聞「首相の増税先送り―『いきなり解散』の短絡」解散に理はあるか/国民の思い逆手に/「信を問う」の本音は
毎日新聞「首相 解散を表明 争点は『安倍政治』だ」自らの政権戦略を優先/戦後70年に向けた審判
▼読売新聞「衆院解散表明 安倍政治の信任が最大争点だ」消費再増税できる環境が要る/体制をリセットする/アベノミクスどう補強/社会保障財源の確保を
日経新聞アベノミクスに通信簿つける選挙」難しい途中での評価/他の課題にも目配りを
産経新聞「首相解散表明 『安倍路線』の継続を問え 経済再生へ実りある論戦を」政治の安定が不可欠だ/集団自衛権にも審判を
東京新聞衆院21日解散へ 『安倍政治』問う機会に」増税先送りを大義に/格差拡大は経済失政/低すぎる勝敗ライン

 沖縄知事選などと同じように、安倍政権に批判的な朝日、毎日、東京と、安倍政権に好意的な読売、産経という傾向はここでも変わらないように感じます。解散の目的について、朝日の社説は「あまりに都合のよい使い分け」「乱暴な民主主義観」と厳しく批判しています。少し長くなりますが、社説の一部を引用します。

 首相は昨年の特定秘密保護法案の審議や今夏の集団的自衛権の容認をめぐる議論の過程では、国民の審判を仰ぐそぶりすら見せなかった。
 表現の自由や平和主義という憲法価値の根幹にかかわり、多くの国民が反対した問題であるにもかかわらずだ。
 国論を二分する争点は素通りし、有権者の耳にやさしい「負担増の先送り」で信を問う。政治には権力闘争の側面があるにせよ、あまりに都合のよい使い分けではないか。
 首相は先の通常国会で、憲法解釈の変更について「最高の責任者は私だ。そのうえで私たちは選挙で国民の審判を受ける」と答弁した。「選挙で勝てば何でもできる」と言わんばかりの乱暴な民主主義観である。
 来年にかけて安倍政権は、原発の再稼働や集団的自衛権の行使容認に伴う法整備など、賛否がより分かれる課題に取り組もうとしている。
 世論の抵抗がより強いこれらの議論に入る前に選挙をすませ、新たな4年の任期で「何でもできる」フリーハンドを確保しておきたい――。
 そんな身勝手さに、有権者も気づいているにちがいない。

 毎日新聞も、結論としては「最大の争点は安倍政治」としつつ、やはり解散表明までの経緯には以下のように、「自らの政権戦略を優先させたのではと疑わざるを得ない」と疑義を示しています。

 実に不可思議な展開だった。
 安倍首相が国際会議で外国を訪問している最中に、消費増税の先送りを大義名分にした年内解散論が急浮上した。そして首相の帰国を待たずに12月2日公示、14日投票という総選挙日程が既定路線になった。
 消費税率は今年4月の8%に続き、来年10月には10%にすることが法律に明記されている。ただ、首相は景気への影響を見極めるとして、12月初旬に出る7〜9月期の国内総生産(GDP)の確定値を待って最終判断すると話していた。
 ところが、実際には有識者からの聞き取り作業も終わらないうちに先送りを決めていた。初めに結論ありきで、自らの政権戦略を優先させたのではと疑わざるを得ない。

 東京新聞も「地方創生と女性の活躍推進が最大の課題と言いながら、女性活躍推進法案は廃案となる見通し」であることなどを挙げて、以下のように指摘します。

 政権が重要法案と位置付けていたものを棚上げしてまで解散を急ぐのは、政権の成果よりも解散時期を優先させた証左でもある。
 今回の衆院選では、自らの「延命」を優先する首相の政治姿勢も含めて、問われるべきだろう。

 一方、読売新聞の社説は異例の経緯だったことを挙げつつ、以下のように安倍氏へ理解を示しています。

 安倍政権は今、多くの難しい課題に直面している。消費増税先送りと連動したアベノミクスの補強、集団的自衛権の行使容認を反映する新たな安全保障法制の整備、原発の再稼働などである。
 あえて国民の審判を受け、勝利することで、政策遂行の推進力を獲得し、政治を前に進めようとする首相の決断に異論はない。
 長年のデフレからの脱却を最優先して、経済政策を総動員する。「積極的平和主義」を体現し、日米同盟や安保政策を実質的に強化する。こうした安倍政治の信任を得ることが解散の大義だろう。
 首相は、自らの言葉で、こうした意図を国民に繰り返し説明することが求められる。
 そもそも「伝家の宝刀」と呼ばれる解散の判断は、首相の専権事項である。「常在戦場」の構えを怠り、選挙準備が遅れている野党が「党利党略」と首相を批判しても、説得力を持つまい。

 これだけ理解あふれる読売にしても、「首相は、自らの言葉で、こうした意図を国民に繰り返し説明することが求められる」と注文は付けざるを得ないようです。
 安全保障政策については、産経新聞の社説(紙面では「主張」の表記)も以下のように強調しています。

 野党は、集団的自衛権の行使容認の決定や秘密保護法の制定などをとらえ、安倍政権が民意を無視した政治を進めているなどと批判してきた。なぜ、それらの問題で解散を求めなかったのか。
 集団的自衛権で日米共同の抑止力を高めることは極めて重要である。安全保障法制の見直しとともに、自衛隊にどのような活動が可能になるのかを与党は分かりやすく説明する必要がある。
 首相は米軍普天間飛行場辺野古移設や憲法改正を引き続き目指す姿勢も明確に打ち出したうえで、国民の信任を得るべきだ。