再び「民間船と船員の戦争犠牲の歴史」〜12・8開戦の日に

 今年も12月8日になりました。1941年のこの日、日本はハワイ真珠湾攻撃マレー半島上陸戦で米国、英国との戦争を始めました。73年前のことになります。欧州や北アフリカが戦場だった第2次世界大戦がこの太平洋戦争開戦によってアジア、太平洋地域にも広がりました。4年後の1945年8月、日本の敗戦でようやく第2次大戦は終わりました。
 開戦の日がめぐって来て思い出すことの一つは、日本で軍に徴用された大量の商船と大勢の船員がおびただしい犠牲を生んだことです。それらの船の在りし日の姿を記録した施設「戦没した船と海員の資料館」が神戸市にあります。ネット上のサイトでは、都道府県別の戦没船員の数、インド洋から太平洋にかけての戦没船のおおよその位置を見ることができます。このブログのことし8月の記事でも書きましたが、あらためて紹介します。運営は船員の個人加盟の労働組合である全日本海員組合。海員組合がことし8月に発表した声明によると、太平洋戦争では民間船舶や船員の大半が軍事徴用され物資輸送や兵員の輸送などに従事した結果、1万5518 隻の民間船舶が撃沈され、6万609 人の船員が犠牲となりました。軍人の死亡比率を大きく上回るとのことです。

 ▼「戦没した船と海員の資料館」 http://www.jsu.or.jp/siryo/
  全日本海員組合トップ http://www.jsu.or.jp/
 ▼参考過去記事
  「民間船と船員の戦争犠牲の歴史〜毎日新聞『民間船員も戦地に』に感じたこと」=2014年8月3日 ※リンク切れあり
  http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20140803/1407041360

 産業としてそのような戦争被害の経験を持つ海員組合は「主要な政策活動」の一つに「平和な海を希求する活動、有事法制の制定に反対する」を挙げて、以下のように説明しています。

 かつての太平洋戦争では、民間船員は根こそぎ戦時動員され、記録されているだけでも6万2000人の先輩船員たちが過酷極まる戦場の海で戦没しました。死亡率は陸軍・海軍軍人のそれを大きく上回るという痛ましいものでした。
 当時、有無を言わさず民間船員を駆り出したものが、国家総動員法にもとづく「船員徴用令」をはじめとする有事法制です。「有事法制」には、罰則付きの「従事命令」が含まれると言われており、船員や海運業者もこの命令の対象です。
 従事命令は、船員や港湾関係者、航空・鉄道・自動車などの輸送関係者、医師・看護婦といった医療関係者、土木・建設関係者など広範な国民を戦争に強制動員できる仕組みをつくるもので、憲法が第18条で禁止する「苦役労働の強制」そのものです。 「有事関連3法案」は、5月15日衆議院本会議で可決後、6月6日の参議院本会議で可決、成立しました。
 今後、関連する個別法が審議されていくことになりますが、海上を職場とする私たちは、海の平和と安寧を求めて、引き続き有事関連3法、個別法の制定と有事法制の発動を許さない運動をいっそう推進していきます。
※引用者注:有事関連3法の成立は2003年のことです

 ひとたび戦争となると何が起きるのか、民間船と船員の戦争被害の歴史は貴重な教訓ですし、その教訓を生かすこと、2度と戦争をしないことこそが、犠牲者の慰霊の唯一の方策だと私は考えています。しかし安倍晋三政権はことし7月、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認することを閣議決定しました。日本が他国から直接武力行使を受けた時のみ自衛権を発動して武力行使を容認するとしていた従来の立場からすれば、たとえ「限定的」と言おうが、戦争への参加を認めることへの転換です。今は衆院選の真っ只中ですが、伝えられるように仮に安倍氏自民党が圧勝すれば、日本の戦争参加のための関連法整備が着々と進むことになりそうです。
 間もなく年が改まれば、来年は日本の敗戦から70年です。マスメディアでもさまざまな報道があることと思いますが、今や新たな「戦前」に入ろうとしていることを強く意識しておきたいと思います。