ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

ジャーナリストと危険地取材〜志葉玲さんの論考の紹介

 前々回の記事(「哀悼・後藤健二さん」2015年2月3日)の続きです。
 「イスラム国」(日本のマスメディアの呼び方の大勢にならって、ここではこう表記します)に殺害されたとみられるジャーナリスト後藤健二さんをめぐって、自民党高村正彦副総裁が「日本政府の警告にもかかわらず、テロリストの支配地域に入ったことは、どんなに使命感が高くても、真の勇気ではなく蛮勇と言わざるを得ない」と発言したことが報じられました。高村氏は「亡くなった方にむちを打つつもりはない」とも述べていて「自己責任論」を強調するのが本意ではないようですが、政府当局を政党人が代弁した本音のように思えます。
 ※「高村副総裁、後藤さんめぐり発言 『真の勇気ではない』」(47news=共同通信)2015年2月4日
  http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015020401001016.html

 自民党高村正彦副総裁は4日、過激派「イスラム国」に殺害されたとみられる後藤健二さんについて「日本政府の警告にもかかわらず、テロリストの支配地域に入ったことは、どんなに使命感が高くても、真の勇気ではなく蛮勇と言わざるを得ない」と党本部で記者団に述べた。
 同時に「亡くなった方にむちを打つつもりはない」とした上で「後藤さんの遺志を継ぐ人たちには、細心の注意を払って行動してほしい」と呼び掛けた。
 外務省は、後藤さんに対し計3回にわたり渡航自粛を要請していた。

 戦地や紛争地で何が起きているのか、現地に入って取材したジャーナリストが情報を発信することで、わたしたちは戦争や紛争の実相を知ることができます。また個々の状況もジャーナリスト個々人により、経験により様々だと思います。「危険だから行かない」という選択肢ばかりでなく「準備を重ねて可能な限り安全を確保し、取材を模索する」という選択肢も尊重されていいのではないかと思います。
 ジャーナリストの危険地取材を考える上で、イラク戦争などの取材経験が豊富な志葉玲さんの以下の論考が参考になると感じました。一部を引用して紹介します。
 「日本のジャーナリストは紛争地に行くべきか?行くべきでないのか?−戦場ジャーナリストとしてモノ申す」2015年2月3日
  http://bylines.news.yahoo.co.jp/shivarei/20150203-00042780/

 外務省が退避勧告を発令するのは、邦人保護という職務上、仕方ない部分もある。しかし、ジャーナリストにはジャーナリストとしての職務がある。イラク戦争やガザ侵攻など、日本の国家の政策と絡む紛争も多い(自衛隊イラク派遣やF-35などの武器輸出など)。そうした政策を国会で審議する場合も現地情報として報道が果たす役割は大きい。また一般の人々も現地で何が起きているのか、主権者として知る権利がある。日本人のジャーナリストが現地で取材するからこそ、現地の問題を日本と関連付けて取材することができる。情報がろくに無い中で、何を決めることができるのか。政府に都合のいい情報だけでいいのか。ジャーナリムが人々の知る権利を保障する、民主主義に不可欠な役割を果たすことを、一般の人々は勿論、メディア関係者すらも忘れているのではないか。
 公的な仕事をする人間は、危険だからと言って、職務を放棄していいのか?警察や消防隊員が「危ないから」と職務を放棄するだろうか?人命が関わっているのは、ジャーナリズムも同じだ。ジャーナリストの報告を多くの人々が真剣に受けとめ、戦争を止めるならば、流される血、奪われる命も少なくなるだろう。筆者は、危険な紛争地の取材であっても、ちゃんと日本に生きて戻り、現地の状況を伝えるまでが仕事であると考えている。しかし、万が一、紛争地で死ぬことになっても、それは職業上のリスクにすぎない。

 後藤さんのケースで言えば、日本政府は「救出に全力で取り組む」フリをしただけだ。実際には常岡浩介さんや中田考さんらのISISとのパイプを活用しなかったし、ISISが後藤さんのご家族にメールしていたのに、そのメールを使っての交渉も「一切しなかった」(今月2日午後の菅官房長官の会見での発言)。結局は「自己責任」ということなのだろうが、それならば、より一層、政治家や官僚が「報道の自由」に口出しするべきではない。まして、メディアがそうした取材活動の制限に関わるのは、本当に愚かしい「メディアの自殺」なのだ。

 また、後藤さん殺害についての英メディアの報道をまとめたロンドン在住の小林恭子さんの以下のレポートも、とても興味深く読みました。
 「イスラム国の蛮行を英メディアはこう報じた」東洋経済ONLINE=2015年2月4日
  http://toyokeizai.net/articles/-/59727

 国際報道の重要さ、ジャーナリズムの意義が広く認知されている英国で、「ジャーナリストが仕事中に命を落とした」場合、メディアはその名誉を後々にまで伝えるため、熱い報道記事を残す。
 これを如実に現すのが、BBCが作成した、最後に亡くなった後藤健二さんについての充実したプロフィール記事だろう。
 最初に「紛争地の市民の苦しみを紹介することに力を入れた、映像作家でベテランのジャーナリスト」として後藤さんは紹介されている。シリアに行く前に「自分の身に何か起きたら、シリアの人を責めないでください」と言ったことや、著作があること、自分の会社インデペンデント・プレスを立ち上げたことが記されている。
 その後にはNHKテレビ朝日でのリポート、日本の「クリスチャン・トゥデー」でのインタビューなどにリンクが貼ってあり、仕事ぶりが良く分かるようになっている。
 危険を承知で紛争地に出かけ、自分の命が危なくなったときのことまで考えた人、重要な仕事をした人という情報が頭に入ってくる。ジャーナリスト後藤さんへの敬意がにじみ出た記事だ。


 7日には、シリア渡航を計画していたフリーカメラマンに、外務省が旅券(バスポート)を返納させる措置を取ったことが明らかになりました。今後もこうした事例が続くのか、注視したいと思います。
 ※「シリア行きを旅券返納で阻止 外務省、新潟のカメラマン」(47news=共同通信)2015年2月8日
  http://www.47news.jp/CN/201502/CN2015020701001851.html

 外務省は7日、シリアへの渡航を計画していた新潟市在住のフリーカメラマン杉本祐一氏(58)に対し、旅券法に基づいて旅券(パスポート)の返納を命じ、渡航を阻止した。外務省筋によると、杉本氏はトルコを経由して、シリアに入国することを公言していたという。今回の措置は初めてで、憲法が保障する「渡航の自由」との兼ね合いで論議を呼ぶ可能性もある。
 邦人人質事件を踏まえ外務省は警察と共に、杉本氏に対し自粛を強く要請したが、渡航の意思を変えなかったという。外務省職員が7日に杉本氏に会い、命令書を渡して旅券の返納を求めた。