歴史観や倫理観、政治哲学の重みと深みを感じた翁長・沖縄知事の言葉

 沖縄県の翁長雄志知事が日本時間の9月22日未明にスイス・ジュネーブで開かれた国連人権理事会総会で演説しました。米軍普天間飛行場名護市辺野古への移設に対し、沖縄の人々は同意していないことを強調し、新基地建設が強行されることを沖縄の人々への人権侵害と位置付け、あらゆる手段で建設を止める覚悟であることを訴えました。
 仕組みの上では47都道府県の一つである沖縄県の県知事が、国連で自国政府を人権侵害と批判する構図は異例というほかありません。近年のいくつもの選挙結果で、基地に対する沖縄の民意は明らかなのに、安倍晋三首相と政府がその民意と真摯に向き合うことを避け続けてきた末に、もはや問題は国家統合のありようを問うレベルにまで進みつつあるとの印象があります。それだけに、翁長知事が語る言葉は、日本本土に住む日本国の主権者にこそ届かなければならないのですが、本土マスメディアの報道は十分とは言い難く、特に安倍政権支持が鮮明な新聞は冷淡であり、敵対的です。
 実は翁長知事の最近の発言発現の中で個人的にもっとも印象に残っているのは、スイスから沖縄に戻る途中の9月24日、東京の日本外国特派員協会で行った講演と質疑です。琉球新報のサイトにそのあらましがアップされています。


琉球新報「知事『新基地と人権検証を』 帰国講演、世界に喚起求める」=2015年9月25日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-249390-storytopic-3.html

 【東京】翁長雄志知事は24日、スイス・ジュネーブ国連人権理事会で演説した帰途に東京都千代田区の日本外国特派員協会で講演した。米軍普天間飛行場名護市辺野古への移設について「沖縄県民の自由、平等、人権、民主主義をほとんど顧みない日米安保体制で基地が出来上がることの検証を世界中に流してほしい」と述べ「安倍政権も長くて3年。参院選もある。日本の民意が変わることも十分あり得る。世界中の人に見てもらい解決の道を探したい」と、世界に注視を呼び掛けた。
 講演には国内外の報道陣約130人が集まった。翁長知事は8月10日からの1カ月、辺野古の工事を中断しての5回の集中協議の内容を報告し、「安倍総理に『世界一危険な普天間を、辺野古が唯一と言って固定化するのか』と聞いたが、総理は何も言わない。大変おかしなものだ」と批判した。

琉球新報「翁長知事講演要旨 知事帰国講演」=2015年9月25日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-249409-storytopic-3.html
琉球新報「翁長知事一問一答 知事帰国講演」=2015年9月25日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-249410-storytopic-3.html


 翁長氏の言葉、特に記者団との質疑の一問一答を見ると、戦後の過酷な米国統治、その前の凄惨な沖縄戦、さらにさかのぼって沖縄処分による琉球国からの日本への併合の歴史を踏まえた確固とした倫理観と政治の哲学が翁長氏の中にあると感じます。とりわけ心に残るのは、以下のくだりです。

 外国人記者 何年も事態は全く変わらない。日本政府が考えを変える見込みはないのではないか。
 翁長知事 堂々巡りだ。沖縄は136年前までは独立国だったが日本に併合され、立派な日本人になろうと自身の言語も使わないようにした。第2次世界大戦で悲惨な目に遭ったのが県民で、軍隊と一緒に逃げ惑い、足手まといと言って壕から出されたり、言えば言うほど惨めになるたくさんのことがあった。
 戦争が終わったら、銃剣とブルドーザー。自己決定権も何もない。大きな権力の前で、今の基地が取られた。
 1952年に日本政府は米軍に沖縄を差し出し、沖縄は国籍不明になった。
 こうした歴史を踏まえてきた沖縄がいま、日米両政府という大きな権力と、沖縄の自己決定権を含め人権を守るために発言することを、勝てそうにもないから言うことを聞けと。自らがそういう境遇に遭ったら致し方なしと自分の生き方、同胞の生き方を容認するのか。それは人間として生きる意味合いが薄れると思うので頑張っている。
 沖縄の自己選択権、人権、自由、平等を保障しない国が世界に自由や平等、民主主義を共有し、連帯できるのか。小さなものは翻弄(ほんろう)してかまわないという国が、どうして世界に民主主義を言えるのか。日米安保体制の品格という意味でさびしいものがある。

 豪州人記者 基地建設の許可を取り消せば裁判で何年もかかる。建設を止めることができるか。
 翁長知事 私が国連で演説をしたのも沖縄県民の自由、平等、人権、民主主義をほとんど顧みない日米安保体制で基地が出来上がることの検証を世界中に流してもらいたいからだ。日米両政府の権力と140万県民が闘えば、誰もが沖縄に勝ち目がないと思う。
 だが、私たちは27年間米軍施政権下で人権がじゅうりんされた時代を生き、闘って一つ一つ人権を積み上げてきた強さがある。
 行政としては法律的に取り消しできるようにやる。美しい海の埋め立ては世界の環境問題でも許されない。本土は日本の安全保障のためなら十和田湖松島湾も埋め立てるか。自分の所にできない人たちが沖縄の海を埋め立てるということ自体、日本の民主主義はおかしなものになっている。
 安倍政権も長くてあと3年。来年は参議院選もある。日本の民意が変わることも十分にあり得る。県や名護市は持っている権限もある。世界中の人に見てもらい、解決の道を探したい。

 こうした翁長氏の言葉に比べると、菅義偉官房長官が語ったという「私は戦後生まれなので沖縄の歴史はなかなか分からないが、19年前の日米合同会議の辺野古が唯一というのが私の全てです」との内容からは、歴史観も倫理観も哲学も何も感じられません。「分からないことは学ぼう」ということすらないのか。「辺野古が唯一で、辺野古を造らさないなら普天間を固定化すると言うが、本当に世界一危険な基地を固定化するつもりなのか、と聞いたら総理は何も言わない」という安倍首相も同様です。そして、翁長氏と安倍首相や菅官房長官の間には、歴史観や倫理観や哲学においてこれだけの差があることは、こうした政権を主権者の意思として(個々人の支持、不支持の意思は問われません)成り立たしめている、その主権者に何より示されなければならないと思います。


【写真説明】翁長雄志・沖縄県知事の国連演説や記者会見、講演を連日伝えた琉球新報


 以下に、翁長氏の国連での演説以降の主な琉球新報の記事を引用、紹介しておきます。スピーチ全文は沖縄タイムスのリンクです。
琉球新報「新基地は『人権侵害』 知事、国連で演説 辺野古阻止訴え」=2015年9月22日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-249254-storytopic-3.html

ジュネーブ21日=島袋良太】翁長雄志知事は21日午後5時すぎ(日本時間22日午前0時すぎ)、スイス・ジュネーブで開かれた国連人権理事会総会で演説し、日米両政府が進める名護市辺野古の新基地建設に県民が同意していないことを強調し、強行は人権侵害に当たり、あらゆる手段で阻止することを国際社会に訴えた。翁長知事は「沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている。辺野古の状況を世界から関心を持って見てほしい」と呼び掛けた。
 日本の都道府県知事が国連人権理事会で演説するのは初めて。知事は沖縄県民の過重な基地負担を放置するのは人権問題だと強調し、国内外の批判の高まりによって新基地計画を止めたい考えだ。

沖縄タイムス「『辺野古の状況を見てください』国連での沖縄知事声明全文(日本語訳)」=2015年9月22日
 http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=133924



琉球新報「『世界は辺野古注視を』 知事、新基地阻止訴え 国連で会見」=2015年9月23日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-249300-storytopic-3.html

ジュネーブ22日=島袋良太】21日に国連人権理事会で演説し、県民への過重な基地負担の継続と名護市辺野古の新基地建設は人権侵害に当たると訴えた翁長雄志知事は22日、国連訪問日程を終え、スイス・ジュネーブ国連欧州本部で記者会見した。(中略)
 翁長知事は人権の観点から新基地建設問題を国連で取り上げたことについて「米軍統治時代は少女暴行や小学校へのジェット機墜落、ひき逃げ死亡事故などがあっても、犯人が米軍人ならば無罪になる時代を過ごした。復帰後もダイオキシンなどの環境汚染があっても私たちの調査権が及ばない。米軍機の飛行も制限できず、人権がないがしろにされている」と述べ、沖縄の歩んだ歴史が背景にあると説明した。

琉球新報「『人権と関係ないというのは本当に残念』 知事、政府に反論」=2015年9月23日
 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-249301-storytopic-3.html

ジュネーブ=島袋良太】翁長知事は22日午後(日本時間同日夜)、国連欧州本部で記者会見し、知事の国連人権理事会での演説について日本政府が「軍事施設の問題を人権理事会で取り扱うのはなじまない」などと批判したことについて、県民は米軍基地から派生する事件事故、環境汚染や騒音などに苦しんできたとした上で、「人権と関係ないというのは本当に残念だ」と反論した。


※追記 2015年9月28日6時35分
 「歴史観や倫理観、政治哲学において首相や官房長官にまさると感じる翁長・沖縄知事の言葉」から改題しました。