国鉄色の思い出

 ちょっと気になるニュースがありました。
 ※47news=共同通信「JR西、さよなら国鉄色の特急 最後の定期運行」2015年10月30日
  http://www.47news.jp/CN/201510/CN2015103001002394.html

 JR西日本が「こうのとり」(新大阪―城崎温泉)「はしだて」(京都―天橋立)など3特急で使用していたクリーム色にえんじ色のラインが入った381系の特急車両が30日、定期運行の最終日を迎えた。「国鉄色」とも呼ばれる塗装の最後の特急で、鉄道ファンらが別れを惜しんだ。
 この色合いは東海道新幹線開業前の1958年に、東京―大阪を結ぶビジネス特急「こだま」に採用後、各地の特急電車に使われたが、国鉄民営化(87年)前からは路線ごとの色に塗装されることが多くなった。

 1960年生まれのわたしは、さすがにビジネス特急「こだま」のことは知りません。しかし、この「国鉄色」には色々な思い出があります。北九州市で育った子どものころは、九州でもこの色合いのボンネット型の特急が「有明」や「にちりん」として走っていました。いちばんよく乗ったのは、就職して最初の赴任地である青森で過ごしたころ、1980年代の半ばだったと思います。
 当時、東北新幹線は大宮―盛岡間が開業。盛岡から青森まで乗り継ぐ特急「はつかり」に、この色合いの車両がよく走っていました。休暇を取って上京する際や、三沢や八戸など県内に取材に出掛ける際にもよく乗りました。当時は名実ともに「国鉄」の時代。青森から函館まで青函連絡船が運航していました。東京から青森までは7時間かかりました。国鉄が分割され民営のJR各社が再出発したのは1987年。わたしが青森を離れる年でした。記者の仕事をそれなりに分かったつもりでいながら、本当の面白さややりがい、そして本当の怖さは何も分かっていなかった、そんな駆け出し時代を思い出すニュースでした。


【写真説明】2012年12月、JR京都駅の山陰線ホーム。昨年春までの大阪在勤時、「国鉄」色の特急には何回か乗る機会がありました。