ジャーナリストが新聞社に所属して働く〜JCJジャーナリスト講座で伝えたかったこと

 以前お知らせしたように日本ジャーナリスト会議(JCJ)のジャーナリスト講座の講師として11月18日、「組織内記者の働き方――新聞社に就職して記者になるとは」と題して講演させていただきました。
 このブログを運営している根本の問題意識である「組織と個人」「企業と個人」について話してみる予定だったのですが、そうしたことを考えるようになるきっかけになった30代後半の横浜での経験に比重を置き過ぎて、肝心の「組織内記者の働き方」について、わたしが考えていることをうまく話せなかったように思います。当日、わたしの話を聞いていただいた方への補足として、思いつくままに少し書きとめておきます。


 「ジャーナリスト」の定義は人によって異なり、また日本では自分で名乗ってしまえばそう呼ばれる、というのが実態であると感じています。わたしが考える「ジャーナリスト」は、ジャーナリズムに関わっていることに加えて、ジャーナリズムに不可欠である表現の自由とか、情報の自由な流通などを、民主主義社会における何ものにも代えがたい価値ととらえ、それを守る責任を進んで負う、あるいは守る行動を取るような、そういう覚悟が備わり、なおかつ実践している人のことです。そして何よりも社会に知られていない事実を掘り出して提示し、社会がより良い方向に進むことを目指す人です。
 わたしは「新聞記者=ジャーナリスト」とは考えていません。新聞記者であることがただちにジャーナリストであることを満たすわけではありません。「新聞記者」は記者職である新聞社社員のことです。入社して「記者職」の辞令をもらったその日から「新聞記者」ではあるのですが、ジャーナリスト足るには経験を積み、取材や表現方法のスキルを身につけ、そして何より、自分の仕事は何のためにあるのか、洞察を深めていくことが必要だと考えています。
 記者が一人前に育つには時間がかかります。何より、どんな取材でも、ついこの間まで大学生だった若者に、ほいほいと会って話してくれる人はまずいません。新人記者であっても、曲がりなりにも取材が成り立つのは、取材する相手が記者が背負っている新聞社の看板に敬意を表してくれるからです。相手が官公庁でも民間企業でも変わりません。
 一方で、新聞社内では、持ち場には先輩記者がおり、その上にデスクがいます。取材や記事の書き方の指導を受けます。そうやって、記者は経験を積み、育っていきます。また、取材や記事にクレームがついたりした場合、対応も記者個人ではなく、新聞社の名前で組織的に行うことが大半です。これは一面では、組織が記者を守ることにもなります。特定秘密保護法が施行されている今日では、仮に記者が国家秘密の壁に挑んで法令違反に問われた場合に、新聞社はどう対応するのかが問われます。
 組織が記者個人を守る、庇護するという意味では、そもそも一定の安定した給与を支払い、生活の安定を保証していること自体がそうです。公権力や企業に日常的に接し、公表前の情報にいち早く触れる立場の人間にとって、生活が安定していることは重要な条件です。本題とはずれますが、労働組合が賃上げを求めるのも、それによって生活の安定を図り、そうすることで仕事への責任感を維持させる点に意味と意義があります。これは業種を問わず、どの分野の労働組合運動にとっても大事なことです。
 一方で、同じ業態の企業が2社以上あれば競争があるのは必然です。会社は社員に、競争に勝つことを求めます。新聞記者に付きものの「抜いた、抜かれた」の競争は、それが必ずしも新聞社の業績や売り上げに直結しているわけではないという意味では、例えば独禁法上の「競争」とは少し概念が異なるかもしれませんが、新聞が2紙以上あり、2社以上の新聞記者がいれば取材競争があります。なお、これが当てはまらない場合があります。すぐれたスクープ、調査報道であっても他紙が追いかけず“一人旅”となる場合があるのですが、詳しくはまた別の機会があれば書いてみたいと思います。
 競争に勝つ記者は、新聞社の中での評価が高くなります。所属組織から評価されているという意識は、仕事の上での励みにもなります。また組織から高い評価を得れば、処遇もよくなります。
わたしが記者になった30年以上も前は、記者の給与は年齢ごとに基本給が決まっており、一定の係数をかけて過勤料が付いたり、各種の手当てが付いて月給の総額が決まる仕組みでしたが、現在では成果反映型の賃金制度の新聞社が増えています。半年ないしは1年ごとの成果に応じて、基本給の上がり方が一人一人異なる制度の新聞社もあります。新聞社の中での評価が高まれば、給与もその分、上がる可能性があるわけです。新聞社にも社内表彰の制度はあって、部長賞、編集局長賞などがあります。どんな賞をもらったかは、成果の評価の目安の一つです。
 わたし自身の記者生活を振り返ってみると、20代から30代にかけては、小器用なところもあったのだと思いますが、職場や先輩からの要求をそこそここなし、大きな取材テーマがあればチームのまとめ役を任されたりというようなことがあって、「自分は組織に評価されている」と思い上がっていました。思い上がりが強かった分、30代の終わりに近い時期、自分がまとめ役を任されている分野の取材競争で、同業他社に完膚なきまでに負けた際の落ち込みは激しく、危うく自分を見失うところでした。自分の存在そのものの危機でした。当時のわたしは、15年以上も働いていながら、所属組織からどう評価されているか、ということばかりが気になって仕方がない会社員でした。
 自分を見失いかけながらも、何とか戻ることができたのは、自分でそうと自覚しないまま、実は自分の人生を所属組織にぴったりと重ね合わせて生きていたことに気付いたからでした。自分の人生は自分のもの、という当たり前のことを意識できたときに、正気に戻りました。
 その後、労働組合の専従役員として計3年間、休職して職場を離れ、記者の仕事を外側から見る機会を得ました。貴重な体験でした。「ジャーナリズム」や「ジャーナリスト」の定義や意味もいろいろ考えました。
 今思うのは、記者として働いて目指すべきは、いまだ社会に知られていない事実を掘り起こして社会に提示すること、その結果として社会がいい方向に向かっていくことだということです。その記者としての問題意識や取材の方向性が、所属する新聞社の方針と同じ方向なら、組織内記者としての働き方として、こんなにやりがいのあることもないだろうと思います。
 新聞記者という働き方は、新聞社の社員が記者として働く、ということです。やりようによっては、かつてのわたしのように会社の評価が自分の人生のすべてのように錯覚した会社員で終わってしまいます。しかし、これもまたやりようによっては、新聞社という組織の利点を生かしながら、真に社会に役立つジャーナリズムを実践することも可能です。言ってみれば、ジャーナリストが新聞社に所属して働く、という働き方です。そういう方が日本の新聞界にも何人もいらっしゃいます。新聞記者を志望する皆さんには、ぜひそういう働き方を目指してほしいと思います。