憲法、立憲主義、民主主義、安倍政治〜元日付け各地方紙の社説キーワード

 年明けに、元日付の地方紙の社説をネットではなく紙面ベースで集中的に読む機会がありました。昨年は、憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を容認した安全保障関連法の成立などで、地方紙では立憲主義を逸脱するものとして、あるいは民主主義をないがしろにするものとして、安倍晋三政権に対する批判的なトーンが目立ちました。元日付の社説でも引き続き、安保関連法や憲法解釈の変更などへの批判が目につきました。今年が憲法公布から70年ということもあり、夏の参院選から選挙権が18歳に引き下げられることから、立憲主義や民主主義をテーマにしたものも少なくありません。高齢化や人口減少への危機感から、「地方再生」や安倍政権が掲げる「1億総活躍社会」などのキーワードも多かったように思います。
 備忘を兼ねて、各紙の見出しを書き留めておきます。


北海道新聞「岐路の年に 格差と分断のない社会を」まだ終わっていない/「成長」頼みでいいか/価値観を転換したい 
河北新報「歴史の岐路に立って/未来の扉、開くのは私たち」
東奥日報立憲主義と向き合う年に/2016年展望」
▼デーリー東北「新年を迎えて 明るさ実感できる転換点に」
秋田魁新報「新年を迎えて 『地方自立』の出発点に」
岩手日報「<磨く>人口減少 人を大切にする社会に」
山形新聞「2016年が幕開け 地方再生へ踏み出そう」
福島民報「【新年を迎えて】挑み、開く福島の未来」
福島民友「新年を迎えて/自ら立ち上がる年にしよう」
茨城新聞「2016年を迎えて 復興と参院選が焦点に」
下野新聞「新年に寄せて 燃料自給にみる創生の鍵」
▼上毛新聞「新しい年に寄せて 『文化立県』の第一歩を」朔太郎と絹産業遺産/意識の高まりをさらに
▼神奈川新聞「今をしっかり見つめて 新しい年に」
静岡新聞「新年に寄せて 『対立』『分断』を超えて」
信濃毎日新聞「ことし、動く 国民主権70年 『民主主義のすみか』堅固に」とことん話し合う/旧文部省の変節/心の中につくる
新潟日報「2016年を迎えて 地域と若者が目覚める時」/「18歳」政治を変える/地方創生は自立から/行く手を照らし出す
中日新聞(東京・北陸中日)「歴史の教訓を胸に 年のはじめに考える」5年を経る原発事故/シリア内戦重ね見る/日本の目指す方向は
岐阜新聞「地域の視点から 新年を迎えて あらためて意思を示す」
北日本新聞「新たな年に 新幹線後の富山描こう」
北國新聞「開業2年目の課題 文化立県の原点に戻るとき」観光の負の面克服を/反省すべき時期に
福井新聞「不透明な2016年 二極分化これでいいのか」中庸の精神どこに/憲法制定から70年/陰るアベノミクス/福井の方向性探れ
日刊県民福井「年のはじめに考える 新たな環日本海時代を」アジアを見据えて/経済への波及/あるものを生かす
京都新聞「新年を迎えて  暴力の連鎖、断ち切るために」犠牲への不均衡な目/終わりのない「戦争」/平和国家の役割重い
神戸新聞
71年目の民意(上)「戦後の曲がり角 民主主義は機能しているか」目立つ逆行の動き/「日本が見えない」
71年目の民意(中)「対話を取り戻す 異論にも向き合うことから」議論を阻む「独白」/進む主張の二極化
71年目の民意(下)「担い手を育む ここから民主主義を始めよう」立ち止まり考える/多様な政治参加を
山陽新聞「新たな発展モデル 地方居住で国を変えよう」東京のリスク/変化の兆し/価値観の転換
中国新聞憲法公布70年 民主主義を鍛え直そう」臨時国会応じず/権力を縛るもの/本質を理解する
日本海「新年を迎えて 立憲主義と向き合う」自らの意思を示す年/数の力で押し切る
▼山陰中央「2016年地域戦略 地域を守る『攻め』の姿勢を」
徳島新聞「新年を迎えて 平和の道 歩み続けたい 徳島再生へ人を育てよう」忘れてはならないこと/なぜ今「改憲」なのか/次はないという覚悟で
愛媛新聞「平和の重み 『戦前』に戻さない決意を新たに」
高知新聞「年初に・日本 戦後の初心に立ち返る」
西日本新聞「地域と新聞 九州創生の胎動とともに」漫画指南本に反響/「18歳」が担う未来/危機感を共有して
佐賀新聞「凌風丸と明治150年 歴史の『見える化』実現を」
長崎新聞「新しい年に 希望と難題を見据えて」
熊本日日新聞「新しい年を迎えて あの時代に戻らぬために」/「たった1日で」/「リアルな感覚を」/「力対力」ではなく
大分合同新聞「古里の再生 あの熱い思いを再び」
宮崎日日新聞「宮崎創生 次世代のため幸せの種まこう」競争社会の弊害多く/地域の価値再発見を/若者と共に耕す大地
南日本新聞「新年を迎えて 冷たいビー玉にしない」日本の平和貢献とは/物言う主権者になる
沖縄タイムス辺野古正念場 安保政策 根本から問え」
琉球新報「新年を迎えて さらに平和希求を この貧困解決を最優先に」大人の責務果たそう/放置できない現状


 印象に残ったいくつかの社説の一部を以下に引用します。 
 
京都新聞「新年を迎えて 暴力の連鎖、断ち切るために」

 新しい年が明けた。今年こそは穏やかな1年であってほしいと願うが、世界を見渡せば、胸ふさぐ風景が広がるばかりだ。
 イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)などによるテロが深刻さを増し、暴力の連鎖の中で多くの命が奪われ続けている。昨年は日本人も犠牲になり、テロがもはや対岸の火事ではなくなった現実を思い知らされた。
 シリアの内戦などを逃れて難民が押し寄せる欧州では、排外主義を唱える極右勢力が台頭し、不穏な空気が広がる。この亀裂と混迷の時代に、私たちはどう向き合っていけばいいのだろうか。
 (中略)
 昨年の安全保障関連法成立で自衛隊と米軍の一体化が進み、平和国家の在り方が問われている。「テロとの戦い」の後方支援などに加わることになれば、中東での平和国家としての信頼が傷つき、人道支援に努めてきたNGOがテロの標的にされたり、活動を阻害される恐れも出て来よう。
 菅義偉官房長官は、米軍への後方支援を「考えていない」とし、難民への食料支援など非軍事面の国際貢献に徹するとしている。その方針を堅持すべきだ。同時に中東地域などの貧困と差別の解消に向け、国際社会とともに積極的に動きたい。そうした在り方こそ、平和憲法を持つ国にふさわしい。
 そのためにも「難民鎖国」と呼ばれる閉鎖的な受け入れ状況を改めるとともに、国連人権差別撤廃委員会から再三勧告を受けている包括的な人種差別禁止法の制定も急ぐ必要がある。人権無視のヘイトスピーチ(憎悪表現)を許していては、差別解消を訴えていく資格はなかろう。
 今夏には、憲法改正の攻防となる参院選がある。テロの暗雲が垂れ込める時代にどう向き合い、戦後70年続いた「平和」をどう未来へつなぐのか。私たちの選択があらためて問われる年になる。


愛媛新聞「平和の重み 『戦前』に戻さない決意を新たに」

 2016年が明けた。70年間続いた「戦後」を、絶対に「戦前」へ戻さないために、国民全体が「不戦の誓い」を再確認する一年にしたい。
 戦後70年だった昨年は、日本が戦争に一歩近づいたと言わざるを得ない一年だった。特に政府与党が9月に強行成立させた安全保障関連法は「平和主義」を定めた憲法9条の精神をないがしろにし、日本を「戦争ができる国」に変えてしまった。解釈変更による改憲は憲政史上に残る「汚点」。今からでも遅くない。廃止にするべきだ。
 ほかにも、日米防衛協力指針の改定や政府開発援助新大綱、「防衛装備移転三原則」に基づくオーストラリアとの次期潜水艦共同開発の提案が、国内での説明や議論もなく、閣議決定などで進められていった。
 防衛省内では改正防衛省設置法の成立で、背広組が制服組に優越する「文官統制」の仕組みが崩れた。さらに、軍事技術への応用が可能な基礎研究に研究費を支給する初めての公募を実施。戦前の「軍学共同」がよみがえろうとしている。
 これら一連の動きは、米国などとの連携で防衛力を高めるという安倍政権の戦略に基づく。16年度当初予算案では防衛費を増額、初めて5兆円台に乗せようとしている。明らかな軍備増強路線は中国など周辺国との不毛な軍拡競争を招きかねない。強い危惧を抱く。
 (中略)
 安倍政権が参院選後に憲法改正、特に9条の改正を目指しているのは明らかだ。今こそ戦後70年の平和の礎となった9条の大切さを国民全体が再認識しなければならない。初めて投票権を得る予定の18、19歳の若者も含めて、この一年が日本の平和を今後も維持していくために極めて重要な節目になることを肝に銘じたい。


高知新聞「年初に・日本 戦後の初心に立ち返る」

 新しい年を迎えた。2016年がどんな年になるのか。多くの人が明るさを期待しながらも、不安も抱いているだろう。
 不安の根っこには「この国はどこに向かうのか」という問題が横たわっている。不鮮明な将来の姿に漠然とした危うさを感じているといってよい。
 戦後70年の節目だった昨年、安倍政権は集団的自衛権行使を認める安全保障関連法を強引に成立させた。ことし3月までに施行され、自衛隊による対米支援などが地球規模に広がっていくことになる。
 この国の土台である立憲主義や平和主義を揺るがす同法に対し、多くの国民が反対の声を上げ、政府与党の強硬姿勢を批判した。「民主主義って何だ」という問い掛けは、憲法の「初心」をあらためて確認する声といえるだろう。
 明治維新後の日本の歴史を振り返ると、「富国強兵」を掲げ、ひたすら大国への道を歩んだ。相次ぐ戦争は「大日本主義大国主義)」が招いたものだ。
 (中略)
 安倍政権が推し進める日米の軍事的一体化は、再び「強兵」の道を歩み始めたように映る。中国の軍事的台頭などがあるとはいえ、抑止力に偏った安保政策に多くの国民が危機感を覚えるのは当然だろう。
 「富国」はどうか。安倍政権の経済政策は「経済成長至上主義」と言い換えてもよい。国内総生産(GDP)が拡大し、国力が増せば、国民の暮らしをはじめ多くの問題が解決できる、と考えているのだろう。
 だが、人口が減少し、高齢化が進む中で、安倍政権が描くようなGDP拡大は果たして可能なのか。格差が広がり、将来への不安が拭えない現状では、成長につながる消費の飛躍的な増大は望めまい。
 (中略)
 夏には参院選が控える。何事につけ、国家を優先させるかのような安倍首相の路線をどう捉えるのか。戦後の「国のかたち」を築いてきた国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という「初心」に立ち返り、しっかりと見定める必要がある。


沖縄タイムス「[辺野古正念場]安保政策 根本から問え」

 名護市辺野古の新基地建設問題は今年、最大の分岐点を迎える。
 米軍普天間飛行場を抱える宜野湾市長選が24日投開票され、6月には県議選、7月には参院選があるからだ。とりわけ宜野湾市長選の勝敗の行方は新基地建設に大きな影響を与えることは間違いない。
 (中略)
 住民は沖縄戦後、27年に及ぶ米軍施政権下の圧倒的な苦難の中で体を張って自治・自立・自己決定を求めてきた。
 私たちが生きる現在は過去の積み重ねの上にあり、未来を形づくる礎になる。
 徹底した非暴力の直接行動で抗(あらが)っている辺野古市民運動は、日本の民主主義を問い返す現場となっているのである。反響は県内外のみならず、米国にも広がりをみせている。日本の民主主義の成熟度と米国への従属度が世界から問われているのだ。
 戦後70年以上も、米国の軍隊が沖縄に集中しているのは世界的に見ても異常というほかない。異常と受け止める感覚がなければ安全保障のいびつさをただすこともできないだろう。
 米軍は地位協定・関連取り決めによって基地の自由使用が保障され、シビリアンコントロール文民統制)も及ばない。これでは日本が「独立国」とはとうてい言えない。
 憲法に軍事条項はなく、日本の安全保障は最初から日米安保体制を前提にしている。事務方同盟といわれるように関連取り決めは双方の官僚が一方的に決め、国会のチェックも十分に働かない。おかしなことだ。
 安保をめぐるこのいびつな構造を根本から問い直すことが何より重要である。
 戦後の日本は安全保障を米国に委ね、基地を沖縄に押し込めることによって、国民は安全保障のコストを免れてきた。安保論議がいっこうに深まらないのはこのような現実があるからである。
 日米安保を支持する人の割合は8割を超える。
 だが、安保の「現場」にしわ寄せされる事件・事故や騒音、環境問題など日常生活を脅かす影響は現実感をもって受け止めることができない。政府にとってはこのような状態が米軍基地を維持する上では好ましい状態かもしれないが、一地域の半永久的な犠牲を前提とした安全保障政策が持続できるわけがない。
 日本が東アジアの平和と安定のためにどういう役割を果たしていくのか。緊張緩和のための将来像を示さなければならない。沖縄はアジアの懸け橋としての役割を果たすことができるに違いない。


琉球新報「新年を迎えて さらに平和希求を 子の貧困解決を最優先に」

 2016年を迎えた。ことしは平和についてあらためて考え、さらに希求する年にしたい。
 3月には集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法が施行される。自民党は17年に憲法改正の国会発議を目指している。安倍晋三首相は今夏の参院選後に改憲論議を加速させたい考えだ。
 米軍普天間飛行場名護市辺野古移設に伴う新基地建設も、この危険な流れと無縁ではない。
 この動きを止めることができるのは主権者たる国民である。ことしは参院選をはじめとする選挙の年でもある。平和について深く考えて投票することで、主権者としての責任を全うしたい。
 13年の沖縄全戦没者追悼式で、与那国町立久部良小学校の1年生だった安里有生(ゆうき)君が読み上げた平和の詩「へいわってすてきだね」にちりばめられた言葉の重みを、いま一度かみしめたい。
 「おともだちとなかよし」「かぞくが、げんき」「えがおであそぶ」
 その一つ一つが、日常の中にあることが平和なのである。戦争になれば、それが全て失われる。安里君は平易な言葉で平和の本質を表現した。そして「これからも、ずっとへいわがつづくように ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ」と力みのない決意で締めくくった。
 平和を実感する社会を将来にわたって提供することは大人の責務である。まずは安里君のように「できることからがんばる」を実践したい。
 ことしは1月の宜野湾市長選を皮切りに県議選、参院選など重要な選挙が目白押しである。沖縄の将来が懸かった選択の年である。
 今、民意と政治のずれはあまりにも大きい。選挙はそれを正す絶好の機会である。安倍政権が沖縄の民意を踏みにじってはいるが、諦めてはならない。投票することで政治は必ず変えられる。
 各選挙では候補者の政策を吟味し、子どもたちが「えがおであそぶ」状況をより進展させるのはどの候補者なのかをしっかり見極め、大人としての子どもたちに対する責任を果たしたい。
 安保法制の成立過程で、SEALDs(シールズ)など全国の若者が声を上げたことは明るい兆しである。選挙権年齢を「18歳以上」に引き下げる改正公選法が昨年成立し、ことしの参院選から18、19歳の未成年者約240万人が有権者に加わる見込みである。若者が政治を変える核となることを期待したい。