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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

山田健太さんが解説する高市総務相「停波」発言の意味〜「政府が強引に物事を推し進めようとする場合、古今東西を問わず、秘密保護法制、緊急事態法制、名誉毀損法制(言論規制法制)を整備する。その三つ目と同じ効果」

 一つ前の記事で触れた高市早苗総務相の「停波発言」、すなわち高市総務相が、放送番組が政治的に公平であることを定めた放送法4条の規定に違反していると認めれば、電波法に基づき、その放送局に電波の停止を命じることがありうると、国会で繰り返し表明したことに対し、批判する立場から朝日新聞が21日付朝刊で、毎日新聞が22日付朝刊で、それぞれ大きく特集記事を掲載しました。発言がなぜ問題なのか、それぞれに分かりやすく書かれています。
 特に、毎日新聞が掲載した専修大山田健太教授の「放送の監視強める政府」のタイトルの寄稿は、総務相の発言の歴史的な文脈を指摘しており、とても参考になります。書き出しを引用します。

 一連の高市早苗総務相発言や、それに続く政府統一見解には二つの側面がある。一つは、総務省として放送法を根拠とした個別番組に関するチェックや、放送事業に対する内容事後審査の意思を明確化したこと。もう一つは、政権として放送番組の政治的公平性に関する監視の意思を再確認し、より厳格に適用する意思を示したことだ。背景に、政府が番組の善しあしを判断し問題があると思えばテレビを叱ることに社会的合意があるという「自信」が見える。

 続いて、山田さんは、時間軸で三つのステージに分けて解説します。最初は1950年からの2年間、電波監理委員会を設置して制度上も放送に対して政府が直接介入せず、その後、政府も放送法を倫理規範ととらえていた80年代半ばまで。続いて「政府が個別の放送番組に目を光らせ始めた時期」があり、90年代には当時の郵政省が法違反を判断する姿勢に転じます。この時期について山田さんは「テレビや新聞といったマスメディアに対する人権侵害批判が強まったことに乗じて、次々にメディア規制立法を企図した時期と重なる。そうした意味では、政府の規制マインドは、市民の後押しを受けている側面を有する」と分析しています。そして「第3のステージ」は2000年代以降。行政指導が急増したことなどで「政府が放送局に遠慮なくものを言う時代が到来したと言える」と指摘しています。
 最後に山田さんは以下のように強調します。マスメディアの内部にいる者すべてが共有しておくべき洞察だと思います。

 今、政府の対応はより厳しさを増している。政府の方針への異論を許さない姿勢をはっきりと示すようになり、放送局に対する事情聴取や要請などが引きも切らなくなった。
 政府が強引に物事を推し進めようとする場合、古今東西を問わず、秘密保護法制、緊急事態法制、名誉毀損(きそん)法制(言論規制法制)を整備する。今回の事例はその三つ目と同じ効果を生むもので、くしくもこうした状況が現出していることを知る必要がある。

 山田さんの寄稿はネット上の毎日新聞のサイトでも読めます。
 ※「電波停止」発言 放送の監視強める政府 山田健太専修大教授(言論法)
 http://mainichi.jp/articles/20160222/ddm/004/010/016000c

 特集記事では、放送局の許認可権を政府ではなく、政府から独立した機関が持つアメリカ、イギリス、ドイツの例も紹介しています。
 ※「電波停止」発言 個別番組へ干渉? 広がる懸念 独立機関が審査 欧米
 http://mainichi.jp/articles/20160222/ddm/004/010/013000c


 朝日新聞の特集記事は「いちからわかる! 放送法」。法律の理念、制定の背景などのそもそも論を丁寧に説明しています。毎日新聞と同様に、海外の独立の規制機関の記事もあります。
 主な見出しを書きとめておきます。
 「法律の理念 政治的公正『処分できない』通説」
 「制定の背景 『表現の自由』確保」
 「政治の介入 03年に置こう行政指導が急増」
 「独立の規制機関 海外」


 番組が政治的に公平であるかどうかを判断する権限が総務相にあるのか否かとは別の論点として、政府が直接、放送行政を握り、放送局の許認可権を持つことが妥当か、との論点もあります。政府から独立した機関に放送行政をゆだねるとの発想は、2009年の政権交代後の民主党を中心とした政権が関心を示していたように記憶していますが、本格的な議論には進みませんでした。
 この放送事業の許認可権のありようは、マスメディア企業の資本の持ち合い(クロスオーナーシップ)とも絡んで、マスメディアのありように密接にかかわります。しかしマスメディア内でも、特に第一線で働く人たちに十分に意識された問題ではないと感じます。関心のある方には、以前にもこのブログで触れましたが、故日隅一雄さんの「マスコミはなぜ 『マスゴミ』 と呼ばれるのか」をお勧めします。

マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか(補訂版)? 権力に縛られたメディアのシステムを俯瞰する

マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか(補訂版)? 権力に縛られたメディアのシステムを俯瞰する

※参考過去記事
 「自らのありようを客観化して確認する1冊〜日隅一雄弁護士「マスコミはなぜ 『マスゴミ』 と呼ばれるのか」補訂版」=2012年1月21日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20120121/1327107354