「汝、平和を欲すれば、平和を準備せよ」ケロッグのペンの金言:中日新聞・東京新聞社説―2016憲法記念日・在京メディアの報道(2)※付記・朝日新聞阪神支局事件から29年

 安倍晋三首相が憲法改正に積極的な姿勢を見せていることから、東京発行新聞各紙の5月3日付朝刊の社説では、各紙それぞれに「改憲」を論じています。
 各紙の社説の見出しと文中の小見出しは以下の通りです。

朝日新聞「個人と国家と憲法と 歴史の後戻りはさせない」改憲のさきがけか/前面にせり出す国家/押しつけは筋違い

毎日新聞「公布70年の節目に まっとうな憲法感覚を」内面には立ち入らず/国論の分裂を招くな

▼読売新聞「憲法記念日 改正へ立憲主義を体現しよう 『緊急事態』を優先的に論じたい」より良い最高法規に/民進を含む合意形成を/国会改革も重要テーマ

日経新聞憲法と現実のずれ埋める『改正』を」大規模災害に備えよ/9条論争は卒業したい

産経新聞(「主張」)「憲法施行69年 9条改正こそ平和の道だ 国民守れない欺瞞を排そう」抑止力の理解が重要だ/緊急事態への備え急げ

東京新聞中日新聞)「憲法記念日に考える 汝、平和を欲すれば…」満州事変は自衛権か/非常時には金言を胸に


 従来から改憲に消極的ないしは慎重な姿勢の朝日新聞毎日新聞は、自民党が2012年にまとめた憲法改正草案をともに批判し、安倍晋三首相の下での改憲は危険だとのトーンを打ち出しています。
 現憲法が戦後、国民の間に定着してきたことを指摘した上で、朝日は第1次安倍晋三政権の際の教育基本法改正を引き合いに出し「自民党が12年にまとめた憲法改正草案は、改正教育基本法のめざす方向と一致する。草案では国家が過剰なまでに前面にせり出す。後退するのは個人の自由や権利だ」と断じています。毎日も「自民党改憲論の基盤となる憲法改正草案は、立脚点が違う。敗戦で押しつけられた憲法を自分たちで書きかえたいという、戦後レジーム脱却論が基調である」と指摘します。
 それにとどまらず、本質的には改憲論と思える日経新聞も、「『押し付け憲法だから、全てを捨て去る』という結論にはならないはず」などと、それと名指しはしていないものの、自民党憲法改正草案の基調的な発想に対しての批判をにじませています。緊急事態条項を憲法に設けるかどうかについては、直接的に自民党の草案に対して「自衛隊の治安出動すら実例がないのに『社会秩序の混乱』に超法規的権限が必要なのか」と疑問を投げかけ、「自民党は無用な誤解を招かないように『緊急事態は自然災害に限る』と明言すべきである」としています。


 一方、従来から改憲を社論にする読売新聞と産経新聞は、自民党憲法改正草案に直接言及していないことが共通点と言えば共通点ですが、そのほかの趣は随分異なるように感じます。
 読売新聞は「国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の3大原則を堅持しながら、21世紀にふさわしく、多くの目前の課題に的確に対応できる憲法にしていく必要がある」とし、「集団的自衛権の行使の限定容認のような現行憲法の枠内の見直しは、政府の憲法解釈を変更し、国会の法律制定で担保する。枠外のものは、憲法96条の改正手続きに則のっとって改正する。こうした取り組みは、まさに立憲主義を体現するものだ」と、同紙なりの「立憲主義」のありようを示しています。現憲法の基本精神自体は必ずしも否定していないようにも思えました。
 産経新聞は「戦後日本の平和を守ってきたものは何か。これを『9条』だとみなすのは大間違いだ。突き詰めれば、自衛隊と、日米同盟に基づく米軍の抑止力に行き着く」と主張し、安全保障を中心に展開。憲法前文の「日本国民は、(略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」との文言に対し、「平和を愛する諸国民」ばかりではないと指摘し、「極めて残念なことに、安全保障をめぐり、現行の憲法は欺瞞(ぎまん)に満ちている」と厳しく批判しています。また「国民を守る精神がない憲法を持つ日本は、国の総力を挙げて平和を守る態勢がとれないでいる」と断じています。


 もっとも印象に残ったのは、1931年の満州事変直後に軍部を批判した東大法学部教授の横田喜三郎が1933年に執筆した論文を紹介し、「平和主義」のありようを論じた東京新聞中日新聞)の社説です。それによれば論文の表題にはラテン語で「汝(なんじ)、平和を欲すれば、戦争を準備せよ」と「汝、平和を欲すれば、平和を準備せよ」の二つの言葉が書かれていました。
前者はオーストリア・ハンガリー帝国陸軍省の扉に書いてあった標語。強大な軍備を用意しておけば、他国は戦争を仕掛けてこないとの抑止論ですが、帝国は軍拡競争の果ての第一次世界大戦で崩壊しました。後者は不戦条約が大戦後にパリで結ばれた際、フランスのアーヴルの市民が米国国務長官だったケロッグに贈った金ペンに書かれていた言葉です。ケロッグはフランス外相とともに条約を提唱。この金ペンで不戦条約に記名したとのことです。
 横田は論文で「歴史は繰り返すと言う。人は忘れ易(やす)い。(中略)満州事件を契機として、まず太平洋の舞台に戦争の準備が開始され、軍備の拡張と競争が展開しようとしている」と懸念を表明。社説は以下のように結びます。
 「横田は非常時の国民に向かって最後を締めくくります。平和を欲するならば、戦争を準備するのか、平和を準備するのか、『いずれを選ぶべきかを三思せよ』と…。三思とは深く考えるという意味です。歴史の教訓に立てば、答えは明らかでしょう」
 「横田の論文については、樋口陽一東大名誉教授が著書で紹介しています。昨年には東大でのシンポジウムでも取り上げました。改憲が現実味を帯びているからでしょう。今もまた“非常時”です。軍備の拡張と競争になれば…。猜疑(さいぎ)と不安の世界になれば…。ケロッグのペンに書かれた金言を忘れてはなりません」。
 ありふれた格言のようにも聞こえる「歴史は繰り返す」との警句を、「人は忘れ易い」との警句とともに、あらためて胸に刻み付けておきたいと思いました。
 ※東京新聞の社説は同紙のサイト上で読めます
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016050302000121.html


※付記
 5月3日は憲法記念日であると同時に、1987年に兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局が襲撃され、小尻知博記者=当時29歳=が殺害された日です。29年がたちました。
 47news=共同通信朝日新聞襲撃事件から29年 『風化してほしくない』」
 http://this.kiji.is/100059778255521269?c=39550187727945729

 大阪暮らしだった2011年から14年までは、毎年この日、朝日新聞阪神支局を訪ね、小尻さんの遺影に手を合わせた後、支局に設けられた事件の資料室を見学していました。朝日新聞社は毎年この日、支局に祭壇と記帳台を設けるとともに、資料室を一般に開放していました。東京勤務になった2年前からは、一人で静かに事件のことを考えています。
 「赤報隊」を名乗る一連の事件の犯行声明の中で「反日朝日は五十年前にかえれ」との要求がありました。当時から50年さかのぼれば1937年。7月7日の盧溝橋事件で日中戦争が勃発し、1945年の敗戦まで「15年戦争」とも呼ばれる長い戦争が始まった年です。異論を許さず社会が戦争遂行一色になっていく、それにすべての新聞が加担していく時代でした。赤報隊事件とは、「国益」を大義に戦争遂行のためなら容易に筆を曲げるような社会に立ち返ることを、暴力をもって強いようとした愚行だったとわたしは受け止めています。事件は決して忘れられてはならないと思います。語り継ぐのは、事件当時からマスメディアに身を置き、ジャーナリズムを仕事にしてきた者の責務だと考えています。

 大阪にいた3年間、支局を訪ねた際のことを毎年、このブログにも書いていました。一読いただければ幸いです。
▼2013年5月4日「改憲志向高まる中で語り継ぐ意味〜朝日阪神支局事件から26年」
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20130504/1367595842
▼2012年5月3日「語り継ぐ責務〜朝日阪神支局事件から25年」
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20120503/1336055101
▼2011年5月4日「『憲法記念日ペンを折られし息子の忌』〜朝日阪神支局事件から24年」
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20110504/1304439961