憲法記念日の5月3日付の地方紙・ブロック紙の社説を、自社サイトで公開している新聞を対象にネットで調べてみました。夏の参院選を前に、安倍晋三首相が任期中の憲法改正に繰り返し意欲を示していることを反映して、目にすることができた社説の大半が改憲論をテーマにしています。目立ったのは、安倍首相の改憲方針や、自民党が2012年に策定した改憲草案への批判、ないしは懐疑的な意見です。私なりの集計では、少なくとも18紙でした。このうち信濃毎日新聞、神戸新聞、中国新聞、愛媛新聞、徳島新聞、高知新聞の6紙は、複数日やシリーズで掲載しています。ほかには、改憲論議に対して主体的に判断するよう呼びかけることに主眼を置いたものが6紙です。また、改憲の機運は熟していないことを指摘する内容のものが1紙(北國新聞)ありました。福島民報は改憲論に触れておらず、東日本大震災の被災者に現憲法が定める人権が保障されているかを鋭く問う内容です。安倍首相の改憲方針の支持を直接表明したり、早急な改憲の必要性を積極的に訴える内容の社説は、私が目にした範囲の中にはありませんでした。
安倍首相や自民党の改憲論に批判・懐疑的な論調では、改憲を志向する主たる理由がGHQによる「押し付け憲法」論にあること、自民党の改憲草案が個人よりも国家を優位に置く色彩が強いことなどへの批判や疑問がおおむね共通しています。また、いきなりの9条改正ではハードルが高いと見てか、有事や大災害時の緊急事態条項を突破口にしようとする「お試し改憲」を安倍首相や自民党が企図していることへの疑問も少なくありません。4月14日に最初の震度7を記録して以降、大きな地震が頻発している熊本県の熊本日日新聞は、3日付の社説の中で以下のように指摘しています。
熊本県が震度7の「前震」に襲われた直後の4月15日、菅義偉官房長官は自民党の憲法改正草案に規定されている緊急事態条項に触れ、「緊急時に国家、国民が果たすべき役割を憲法にどう位置付けるかは大切な課題」と述べた。
発言に対し、学識者からは「この緊急時に憲法改正を語ることなど、甚だしい場違いだ」との批判が浮上。連立政権を支える公明党の幹部も「災害法制をきちんと強化するのが基本。国民の権利を制限しないと対応できないということではない」とくぎを刺した。
前例のない2度の激震に見舞われ、緊急事態のまっただ中にある熊本県民にすれば、改憲の議論など棚上げにして救命救助や避難者の支援、生活再建に全力を挙げてほしい、というのが正直なところではないか。政府は、どれだけ改憲に前のめりなのか。被災者でなくとも、違和感を感じた国民は多かったことだろう。
※くまにちコム:社説「憲法記念日 性急な改憲志向を危ぶむ」
http://kumanichi.com/syasetsu/kiji/20160503001.xhtml
以下に、備忘を兼ねてそれぞれの社説の見出しを書きとめておきます。
◇安倍晋三首相の意向や自民党の改憲案に批判的ないしは懐疑的
▼北海道新聞「きょう憲法記念日 『上からの改憲』は認めぬ」基本原理忘れている/「お試し」は通らない/理念生かす政治が先
▼河北新報「憲法記念日/先人たちの熱情学びたい」
▼デーリー東北「憲法記念日 安保法、振り返る時だ」
▼信濃毎日新聞
2日付「憲法の岐路 首相の姿勢 民主社会が壊される懸念」解釈改憲の乱暴さ/掘り崩しが進む/世の中が変わる
3日付「憲法の岐路 押しつけなのか 礎となった歴史踏まえ」民権思想の水脈/重しとしての9条/次世代に手渡す
4日付「憲法の岐路 改憲後の社会 主人公が国民から国家に」権力の制限のはずが/徴兵制にならないか/「個人」はどこへ
▼新潟日報「憲法と災害 権力強化の改正は疑問だ」緊急事態条項が焦点/「違憲」拭えぬ安保法/立憲主義と三大原理
▼中日新聞・東京新聞「汝、平和を欲すれば… 憲法記念日に考える」満州事変は自衛権か/非常時には金言を胸に
▼福井新聞「『お試し改憲』など論外だ 憲法記念日」
▼京都新聞「憲法記念日に 国民は改憲を求めているか」説得力に欠ける議論/国のあり方が変わる/立憲主義軽視を危惧
▼神戸新聞
3日付「憲法記念日 土台がぐらついていないか」空洞化が進む/「お試し改憲」
4日付「緊急事態条項 『災害』は理由にならない」
▼中国新聞
3日付「緊急事態条項 災害の政治利用に映る」
4日付「憲法と基本的人権 その理念の実現が先だ」
▼愛媛新聞
1日付「改正論議 『変更しない』も立派な選択肢だ」
2日付「基本的人権の尊重 立憲主義を見失ってはならない」
3日付「表現の自由 民主主義の土台崩してはならぬ」
4日付「9条に向き合う 平和国家の誇りを持ち続けたい」
5日付「環境権 本質忘れた『改憲の具』にするな」
▼徳島新聞
1日付「憲法(上)表現の自由 民主主義の根幹守りたい」
2日付「憲法(中)緊急条項 『お試し改憲』は疑問だ」
3日付「憲法(下)9条 平和主義を引き継ごう 」
▼高知新聞
1日付「【自民改憲案(上)】基盤の立憲主義が揺らぐ」
3日付「【自民改憲案(下)】平和国家が崩れていく」
▼西日本新聞「憲法と震災 『人間の復興』を見据えて」不幸の連鎖で苦境に/後手に回る国の施策/改憲にはやるよりも
▼熊本日日新聞「憲法記念日 性急な改憲志向を危ぶむ」具体的項目は後回し/不可解な「お試し」/国民はなお慎重だ
▼南日本新聞「[憲法記念日] 改憲の是非を判断するのは主権者だ」緊急事態条項が浮上/不断の努力で機能
▼沖縄タイムス「[憲法記念日に]『改正』急ぐ理由がない」
▼琉球新報「憲法記念日 緊急事態条項は危険だ 人権無き改憲は許されない」地方自治の否定/国民束縛の方向
◇改憲論議に向き合い主体的に判断することを呼びかけ
▼東奥日報「改憲の可否 冷静に判断/憲法記念日」
▼岩手日報「憲法記念日 『自主的』に向き合おう」
▼山陽新聞「憲法と国家緊急権 危うさにも目を向けねば」
▼山陰中央新報「憲法記念日/重大な岐路に立っている」
▼宮崎日日新聞「憲法記念日 重大な局面だと自覚したい」違憲疑いある安保法/本県で学生ら討論会
▼佐賀新聞「憲法記念日 参院選へ論議深めよう」
◇改憲の機運は熟していないと指摘
▼北國新聞「憲法記念日 改憲の機運は熟していない」
◇改憲論に触れず
▼福島民報「【憲法記念日】被災者の人権再認識を」
ほかに、サイトでは全文公開は会員限定で、一般には見出しとリードのごく一部を公開している新聞もあります。見出しを書きとめておきます。
▼秋田魁新報「憲法記念日 公布70年、重大な岐路に」
▼神奈川新聞「憲法記念日 岐路迎え見つめ直す時」
▼山梨日日新聞「【軽んじられる最高法規】気になる 外堀からの骨抜き」
▼北日本新聞「憲法記念日/『知る義務』自覚したい」
これらの社説の中で、個人的に特に印象に残ったのは、琉球新報の社説です。自民党の憲法改正草案が政治権力者を縛るより国民を縛る方向を志向している中で、安倍首相の思うがままに緊急事態条項が憲法に加わるとどうなるか、沖縄の現代史を踏まえて指摘し、批判しています。社説の一部を以下に引用、紹介します。
言うまでもなく憲法の意義は政治権力者を縛ることにある。それが立憲主義だ。だが「国民は公益及び公の秩序に反してはならない」と定めるように、自民党の改憲草案は明らかに政府を縛るより国民を縛る方向を志向している。
沖縄の戦後史を想起する。米国の施政権下では、沖縄の人々の基本的人権は制限され続けた。
米国の高等弁務官は万能の権力者だった。立法院の立法も高等弁務官が恣意(しい)的に拒否できた。沖縄の人々は、琉球政府の主席を選挙で選ぶことすら許されなかった。
米国は沖縄の人に何ら諮ることなく、布令一つで沖縄側の権利を剥奪できた。代表例が1953年の土地収用令だ。小禄村具志、伊江村真謝・西崎、宜野湾村伊佐浜(いずれも当時)などの民間地を次々に接収し、基地を造成した。反対する住民は「銃剣とブルドーザー」で強制的に排除した。
米軍に不都合な出版物は弾圧された。大学や高校の文芸誌や小学校のPTA通信までが検閲の対象だった。米軍の軍用地料一括払い反対の集会に参加しただけで、大学生は大学を退学させられた。
政府が万能の権力を握るとどうなるかは沖縄の歴史が証明しているのだ。人権の「保障」無き改憲は断じて許してはならない。
※琉球新報「憲法記念日 緊急事態条項は危険だ 人権無き改憲は許されない」
http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-271699.html