「過ちを認めないのなら、何をしに広島に来たのか」平岡敬元広島市長の言葉 ※追記・オバマ米大統領広島訪問の在京各紙の報道の記録

 オバマ米大統領が5月27日、現職大統領として初めて広島市を訪れました。平和記念公園原爆資料館を見学した後、慰霊碑に献花し、約17分間にわたって演説しました。会場に呼ばれた被爆者とも握手し談笑したり、抱擁して語り掛けたりするさまは、資料館の内部の様子を除いて逐一、テレビで中継されました。
 原爆投下に対する謝罪はないことが、事前に広く報じられていました。日本政府が謝罪を求めないことを明示したことが、訪問が実現した大きな要因だと報じられました。また、被爆者についても、訪問が正式決定されて以降、「あえて謝罪は求めない」という人たちの声がマスメディアで大きく紹介されてきました。米国世論は原爆投下について、戦争終結を早め、その分戦死者を増やさずに済んだという意味で、今も肯定的な受け止めが多数を占めるとされます。そうした事情に鑑みれば、オバマ氏個人がどういう考えを持っているにせよ、現職大統領として謝罪は口にできない構造があるのでしょう。
 しかし、当然のことながら謝罪は不要という考えの人ばかりではありませんし、安倍晋三政権の場合は謝罪問題はただちに中国、韓国との問題に跳ね返る事情もあり、日本政府が謝罪を求めなかったことにもいろいろ異論はあるだろうと思います。また、被爆者が謝罪を求めていないから米大統領は謝罪しなくてもいい、という関係でもないだろうと思いますし、求められていなくとも謝罪することがあってもいいと思います。そういう観点を持って、28日付けの朝刊各紙(東京本社発行の最終版)の記事に一通り目を通してみました。

 各紙を通じてもっとも印象に残ったのは毎日新聞が第2社会面に「謝罪なく、なぜ来た」との見出しを付けて掲載した平岡敬・元広島市長(元中国新聞社編集局長)の談話です。一部を引用します。
 「平岡・元広島市長『何をしに来たのか』」
 ※http://mainichi.jp/articles/20160528/k00/00m/040/148000c

 オバマ大統領は再び「核兵器のない世界」に言及したが、手放しで喜んではいけない。米国が「原爆投下は正しかった」という姿勢を崩していないからだ。原爆投下を正当化する限り、「核兵器をまた使ってもいい」となりかねない。私たちは広島の原爆慰霊碑の前で「過ちは繰り返しませぬ」と誓ってきた。原爆を使った過ちを認めないのなら、何をしに広島に来たのかと言いたい。
 日米両政府が言う「未来志向」は、過去に目をつぶるという意味に感じる。これを認めてしまうと、広島が米国を許したことになってしまう。広島は日本政府の方針とは違い、「原爆投下の責任を問う」という立場を堅持してきた。今、世界の潮流は「核兵器は非人道的で残虐な大量破壊兵器」という認識だ。それはヒロシマナガサキの経験から来ている。覆すようなことはしてはいけない。
 「謝罪を求めない」というのも、無残に殺された死者に失礼だ。本当に悔しくつらい思いで死んでいった者を冒とくする言葉を使うべきではない。広島市長と広島県知事も謝罪不要と表明したのは、残念でならない。米国に「二度と使わない」と誓わせ、核兵器廃絶が実現して初めて、死者は安らかに眠れる。

 もう一つ印象に残った記事は、やはり毎日新聞で3面・総合面に掲載したQ&A「被爆地と米の関係は?/GHQが言論統制、謝罪への思いも」です。この記事は、日本の敗戦後に日本を占領した米軍中心の連合国軍総司令部(GHQ)が、言論統制を敷いて原爆被害の実相を報じる出版を禁止したことを明記し「広島、長崎は沈黙を強いられたのです」と伝えています。この沈黙を強いられていたうちに、国際的には当然のこと、日本国内でも人知れず、恐らくは絶望のうちに死んでいった被爆者が広島にも長崎にも無数にいました。平岡氏が「本当に悔しくつらい思いで死んでいった者」と指摘する人たちには、そうした人たちも含まれるのだろうと思います。
 現職の大統領が広島を訪問したことにまったく意味はないとは思いませんが、長い年月の末に「あえて謝罪は求めない」と話す被爆者の思いと、さまざまな思惑をはらんで「謝罪は求めない」と話す現政権・日本政府を言葉の類似性だけで同義・同列に置くような意義付けには、オバマ氏の広島訪問正式決定のころから強く違和感を覚えていました。それだけに平岡氏の談話はすっきり頭に入りました。

 なお、「絶望のうちに亡くなっていった被爆者」のことについては、以前、このブログでも紹介した個人的な体験があります。新聞労連の委員長当時に参加した集会で長崎新聞論説委員(当時)の方に教えていただいたことでした。
※参考過去記事「『ジャーナリストは戦争体験を継承する語り部であれ』〜被爆地長崎の先人の言葉を伝え継ぐ」=2015年8月9日
 http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20150809/1439120490

 今でこそ、新聞も被爆者の被爆体験を積極的に発掘し紹介しているが、これは実は最近のことなのだという。戦後20年間、被爆者は自らの体験を口にすることができず、沈黙するしかなかった。なぜか。被爆者差別があったからだ。長崎という地域社会の中にすら、被爆者に対する差別があった。日本人はみな、戦争の被害者という立場では同じはずなのに、差別ゆえに被爆者は声を上げることができなかった。メディアもまったく動かなかった。被爆者は身体的な苦痛に加え、精神的にも苦しまなければならなかった。そして、絶望のうちに死んでいった。
 多くの被爆者がそうやって死んでいった、死んでいくしかなかったことに、メディアはようやく気付いた。被爆者たちが死んでいった、まさにその当時は気付いていなかった。そのことに高橋さんは「痛恨の思いがある」と語った。そして、同じ戦争の被害を受けた者同士の間に差別を生み出したのは何かを考え続けることが、地元メディアの責務だと話した。
 また、戦争体験の風化があるとすれば、それはジャーナリズムから始まるのではないかとも訴えた。常に、戦争体験を掘り起こし、社会に伝えていく努力をしていれば風化は起こりえない。風化が始まるとすれば、ジャーナリズムがその努力を怠るようになったときだという。記者は被爆者の被爆体験を追体験することはできないが、体験を掘り起こしていくことで、被爆者の気持ちに近づくことはできるはずであり、ジャーナリストは被爆者が亡くなった後に、現代の語り部の役を果たさなければならない、と訴えた。


 もう一つ、各紙の紙面を意識的に見ていった観点があります。それは、沖縄で20歳の女性が遺体で見つかり、逮捕された元海兵隊員の米軍属が性的暴行と殺害を供述している事件のことです。沖縄の人たちがどのような思いでオバマ氏の広島訪問を見たのか。そうした記事は東京新聞にしか見当たりませんでした。
 このブログでも紹介していますが、オバマ氏はこの事件では「深い遺憾の意」は表明したものの明白に謝罪はしていません。そのことに対して沖縄の新聞は激しい怒りを表明しています。オバマ氏は広島での演説で、紛争の解決を戦争に頼る発想を改める必要があることを訴え、未来へ向けて核なき世界の理想は語りましたが、軍隊が駐留しているがために女性の命と尊厳が無残にも奪われた沖縄の出来事のことには「深い遺憾」で済ませてしまいました。個人的なことですが、そのことへの疑問が心の中に渦巻いています。そして安倍晋三首相は事件に対してオバマ氏に厳重に抗議したと言いながら、何ら再発防止のための具体策を確答させたわけでもなく、オバマ氏に続いて立ったスピーチでは、オバマ氏が朝鮮半島出身者の犠牲にも言及したのに、日本の植民地支配にまったく触れることもなかったことに、日本国の主権者の一人として例えようのない恥ずかしさと申し訳なさを覚えます。


 オバマ氏が行った演説は後に「広島演説」と呼ばれるのでしょう。28日付けの朝刊各紙に掲載された原文と日本語訳を読み進むうちに、演説の一番最後の段落に目が留まりました。

The world was forever changed here. But today the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child. That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as“the dawn of atomic warfare,”but as the start of our own moral awakening.
 「世界はここで永遠に変わってしまったが、今日、この都市の子どもたちは平和の中で日々を生きていくだろう。なんと貴重なことだろうか。そのことは守る価値があり、そして全ての子どもたちに広げる価値がある。それは私たちが選ぶことのできる未来だ。その未来では、広島と長崎は核戦争の夜明けとしてではなく、道徳的な目覚めの始まりとして知られるだろう」(訳文は共同通信)。

 「道徳的な目覚め moral awakening」という表現を用いることで、広島と長崎への原爆投下時は道徳的には目覚めていなかった、だから原爆を使用できた、つまり道徳的に許されるものではなかった、ということを伝えたかったと受け取るのは、強引な読み解き方かもしれません。しかし、ここだけはもしかしたらオバマ氏なりに考え抜いた表現だったのかもしれないとも感じています。


 後刻、東京発行各紙の主な記事の記録を追加したいと思います。

※追記 2016年5月28日 20時50分
 以下は東京発行各紙の28日付朝刊の主な記事と見出しの記録です。
朝日新聞
1面トップ「核なき世界へ『勇気を』」「オバマ大統領 広島演説」「被爆者と言葉交わす」
2面「ヒロシマ発 理念高く」/「『戦争の悲惨さ』強調」/「米世論に配慮も」/「両首脳『和解』印象づけ」=オバマ米大統領@広島(上)
2面・座標軸「核廃絶へ行動 日米の責任」岩盤くりぬく意志/手を携えて着実に=根元清樹論説主幹
3面「核軍縮 進まぬ現実」/「オバマ演説、具体策欠く」/「被爆国日本、『核の傘』頼み」
社会面見開き見出し「核廃絶 手を取り合って」「歴史に目背けず 未来へ」
社会面「大統領へ『一緒に頑張る』」「思い伝えた被爆者」
社会面「花捧げ 17分のメッセージ」「オバマ原爆資料館へ」
第2社会面「家族の被爆体験 米の教科書に」「広島出身・オバマ氏母校の元教師」
第2社会面「元乗組員に会った 殴れなかった」「被爆女性『手のぬくもり 60年たった今も』」
※ほか国際面に各国反応など
◇社説「米大統領の広島訪問 核なき世界への転換点に」非人道性胸に刻んで/真の和解なお遠く/核依存から脱却を

毎日新聞
1面トップ「米大統領 広島で追悼」「『核なき世界へ 勇気を』」「オバマ保有国に訴え」
1面「真の和解への道」小松浩論説委員
2面「行動求める被爆地」「理想と現実 隔たりも」「『きょうがスタート』」※中国、韓国当局反応も
3面・クローズアップ「核廃絶へ強い決意」「想定超え 所感17分」/「オバマ氏機運向上狙う」/「日本問われる戦略」
3面「被爆地と米の関係は?」「GHQが言論統制 謝罪への思いも」質問なるほドリ
5面「親密な日米 首相腐心」「『米演説が契機』強調」※与野党反応も
社会面見開き見出し「広島の苦悩 共有」「核廃絶へ 道遠く」
社会面「『原爆 人類の不幸』」「被爆者、思い伝え握手」
社会面「71年前、ここに家族と生活あった」/「抱き合い、涙」「米兵の被爆調査 森さん」/「オバマ氏も折り鶴」「広島・長崎市長 訪問を評価」
第2社会面「『具体的発言ない』」「長崎関係者、不満残す」
第2社会面「謝罪なく なぜ来た」平岡敬・元広島市長/「日本にも行動迫った」ノンフィクション作家・保坂正康氏/「米は教訓得ていない」映画監督・ジャン・ユンカーマン氏
※ほか国際面に各国の核保有状況、海外識者のコメントなど
◇社説「米大統領広島訪問 核なき世界へ再出発を」/「神話」越えた和解こそ/オバマ後の日本の役割

▼読売新聞
1面トップ「『核兵器なき世界へ』」「オバマ米大統領 広島訪問」「被爆者2人と対話」「原爆71年 現職で初」「首相『大きな希望与えた』」
2面「日米同盟 新段階へ」「首相『信頼と友情の歴史』」
2面「被爆地視察 新たな一歩」飯塚恵子・国際部長
3面・スキャナー「核廃絶 17分の訴え」/「戦争の全犠牲者追悼」/「当初は『数分間の所感』」
4面「広島訪問 直前まで調整」「米は『謝罪色』払拭に注力」「首相、オバマ氏の決断待つ」
15面(特別面)「核廃絶 願い託す」「被爆者 苦しみ今も」※世界の核保有状況なども
社会面見開き見出し「被爆者抱き寄せ」「ヒロシマで誓い」
社会面「『核ゼロへ』思い共有」/「坪井さん『米を責めず』」/「森さん『感極まり涙』」
社会面「『世界の世論 変わってきた』」「被爆体験の語り部 池田精子さん」/「自ら折った鶴持参」
第2社会面「『未来は作ることができる』」「79歳、孫娘へ伝える被爆体験」/「『謝罪聞きたかった』の声も」「長崎の被爆者」/「『歴史的な出発点』広島市長」
第2社会面「『戦争なくそう』印象的」爆心地から約3キロの自宅で被爆し、児童文学「ズッコケ三人組」シリーズで知られる作家の那須正幹さん(73)(山口県防府市)/「惨状 伝わらなかったのでは」被爆の惨状を伝える漫画「はだしのゲン」の作者・中沢啓治さん(2012年に死去)の妻・ミサヨさん(73)(埼玉県所沢市
※ほか解説面に「核廃絶 安全保障とのジレンマ」、国際面に見開きで各国反応など
◇社説「オバマ氏広島に 『核なき世界』追求する再起点」「日米の和解と同盟深化を示した」惨禍を繰り返させない/現実的な軍縮交渉を/基地負担軽減を着実に

※以下は署名評論と社会面を中心にした識者・関係者談話、社説を書きとめておきます

日経新聞
1面「『歴史的訪問』どう生かす」大石格・編集委員
第2社会面「風化食い止める好機」第五福竜丸で被曝 大石又七さん/「自ら考えること大切」反核訴える科学者 小沼通二氏/「核の傘への依存 日本人も議論を」米で原爆展 ピーター・カズニック氏/「今回を『最初』に訪問の継続期待」前広島市秋葉忠利
◇社説「日米和解をアジア安定に生かそう」広島訪問の歴史的意味/核なき世界今こそ前へ

産経新聞
1面「中国の歴史カード砕く一撃」湯浅博・特別記者
第2社会面「米国での批判避けた」中岡望東洋英和女学院大学大学院客員教授/「問題意識を示す前進」核開発の歴史に詳しい藤岡惇・立命館大教授
◇社説(「主張」)「オバマ氏広島訪問 核の惨禍防ぐ決意示した」

東京新聞
3面「核廃絶 行動で道筋を」嶋田昭浩・外報部デスク
3面「『歴史直視』踏み込む」東大の久保文明教授(米国政治)/「核廃絶への道、抽象的」長崎大・核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授
第2社会面「『言葉聞けた 行動を』」被爆者・佐藤良生さん(85)/「『訪問評価これから』」丸木美術館学芸員・岡村幸宣さん/「『誠実さを感じた』」第五福竜丸元乗組員・大石又七さん(82)
◇社説(中日新聞と共通)「オバマ大統領訪問 広島の願いを世界へ」理想と現実の間で/「人道に反する」が原点/抑止力より脅威語れ