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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「生前退位」在京紙初報の記録―天皇制報道は憲法を報じることに通じる

 NHKが7月13日午後7時の定時ニュースに合わせて、「天皇陛下生前退位』の意向示される」の独自ダネを流しました。新聞各紙も全国紙、地方紙を問わず翌14日付朝刊で「生前退位の意向」を大きく報道。その後、政府が皇室典範の改正を検討していることも報じられ、戦後の象徴天皇制のありようを考える上で、これまでになかった大きな論点が浮上しました。象徴天皇制と皇室報道の観点からは、このマスメディアの報道自体も大きな出来事として記録に残ることになるのではないかと感じます。
 戦後の象徴天皇制は、日本の敗戦を機に日本国憲法で規定されました。時間にすれば敗戦から70年以上がたちましたが、制度としてはまだ2例目です。時代のありよう、社会のありように応じて、さまざまな論点が浮上するのは当然のことかもしれません。天皇制や皇室がマスメディアにとって重要な取材対象であるのは、その報道は憲法を報じることに通じるからとわたしは考えています。「生前退位」の問題がどのように推移していくのかと同時に、この問題に対するマスメディアの報道も注視していきたいと思います。
 ここでは備忘を兼ねて、NHKと東京発行各紙のそれぞれの初報のもようと、若干の考察・感想を書きとめておきます。

 NHKは自局のサイトに「生前退位のご意向」のページを作っており、7月13日19時アップの第一報と見られるニュースの内容がテキストで収録されています。
 ※「生前退位のご意向」のページ
  http://www3.nhk.or.jp/news/word/0000098.html?utm_int=all_header_tag_003
 ※「天皇陛下生前退位』の意向示される」=2016年7月13日19:00
  http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160713/k10010594271000.html?utm_int=word_contents_list-items_027&word_result=%E7%94%9F%E5%89%8D%E9%80%80%E4%BD%8D%E3%81%AE%E3%81%94%E6%84%8F%E5%90%91
 冒頭部分を引用して書きとめておきます。

 天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示されていることが分かりました。数年内の譲位を望まれているということで、天皇陛下自身が広く内外にお気持ちを表わす方向で調整が進められています。
 天皇陛下は、82歳と高齢となった今も、憲法に規定された国事行為をはじめ数多くの公務を続けられています。そうしたなか、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示されていることが分かりました。
 天皇陛下は、「憲法に定められた象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだ」と考え、今後、年を重ねていくなかで、大きく公務を減らしたり代役を立てたりして天皇の位にとどまることは望まれていないということです。こうした意向は、皇后さまをはじめ皇太子さまや秋篠宮さまも受け入れられているということです。
 天皇陛下は、数年内の譲位を望まれているということで、天皇陛下自身が広く内外にお気持ちを表わす方向で調整が進められています。
これについて関係者の1人は、「天皇陛下は、象徴としての立場から直接的な表現は避けられるかもしれないが、ご自身のお気持ちがにじみ出たものになるだろう」と話しています。


 東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)はいずれも1面トップでした。

 ※写真は以下のリンク先にもあります
 https://twitter.com/newsworker/status/753527122828726272
 各紙の1面の主な見出しを書きとめておきます。
朝日新聞
本記「天皇陛下 生前退位の意向」「皇后さまと皇太子さまに伝える」「皇室典範の改正 課題に」「実現には慎重論も」/「宮内庁次長は否定」
解説「継承のあり方 自ら一石」北野隆一編集委員
毎日新聞
本記「天皇陛下生前退位』意向」「数年以内に譲位」「『お気持ち』表明へ」
サイド「来年にも法整備 政府検討」
▼読売新聞
本記「天皇陛下 生前退位の意向」「政府、ご負担を考慮」「皇室典範改正など検討」
サイド「『担当チーム』水面下で準備」
サイド「制度上『退位』想定せず」
日経新聞
本記「天皇陛下 退位の意向」「宮内庁、近く公表へ」「皇室典範改正 必要に」「『生前』明治以降初めて」
サイド「天皇制 最大級の変革に」
産経新聞
本記「天皇陛下生前退位』」「ご意向 数年内に」「政府 皇室典範 改正検討へ」「宮内庁憲法上、言及されぬ』」
サイド「ご公務の削減 心苦しく」
東京新聞 ※本記は共同通信の配信記事
本記「天皇陛下 生前退位の意向」「1年前から示す」「皇室典範改正に数年」
サイド「皇室典範改正手続きは法律と同じ」


 新聞各紙の記事を比較して気付くのは、毎日新聞、読売新聞が、「生前退位」を可能にするための措置として法改正、「皇室典範」の改正の検討に、既に政府が着手していることを報じていることです。NHKの初報は、天皇の意向、考えが明らかになったという点が中心で、法改正については「皇室制度を定めた『皇室典範』に天皇の退位の規定はなく、天皇陛下の意向は、皇室典範の改正なども含めた国民的な議論につながっていくものとみられます」と触れていただけでした。毎日新聞は「必要な法整備についての検討を首相官邸で始めている」と、読売新聞は「政府は、皇室典範改正などに関する『担当チーム』を作り、水面下で検討」と記しています。13日は夜7時にNHKがまず独自ダネとして「退位の意向」を報じ、事前に同じ情報を知っていたメディアも知らなかったメディアも、一斉に後を追って取材する中で、NHKが触れていなかった政府内の水面下の動きにまで迫る取材が、一夜のうちにあったわけです。

 もう一つ、留意しておきたいと思う点があります。宮内庁は13日夜のうちに山本信一郎次長が報道陣の取材に応じ、NHKの報道を否定したとも受け取れるようなコメントをしました。しかし、その紹介の仕方は新聞によっても異なります。例えば朝日新聞は、次長が「報道されたような事実は一切ない」と述べ、さらに「(天皇は)制度的なことについては憲法上のお立場からお話をこれまで差し控えてこられた」と話したことを「宮内庁次長は否定」の見出しとともに紹介しています。東京新聞(記事は共同通信の配信記事)も「そのような事実は一切ない」などのコメントを紹介しています。一方で読売新聞は「天皇陛下が『生前退位』の意向を宮内庁関係者に伝えているという事実は一切ない。そうした前提で、今後の対応を検討していることもない」と話したとしています。「宮内庁関係者に伝えているという事実は一切ない」としている点が朝日新聞などと異なったニュアンスを感じます。
 少し日がたってからですが、共同通信が以下のような記事を配信しています(ここに引用するのは、ネット上で参照できる部分です。実際の配信記事はもっと長文で、地方紙を中心に紙面に掲載されています)。
 ※47news「天皇陛下、早期退位想定せず」「公務『このペースで臨む』」=2016年7月16日
  http://this.kiji.is/126730169875546121

 天皇陛下が皇太子さまに皇位を譲る生前退位に向けた法改正を政府が検討していることを巡り、天皇陛下自身は早期退位の希望を持たれていないことが15日、政府関係者への取材で分かった。
 陛下は例年、年明けと夏に定期健康診断を受けているが、現在は目立った不安は見つかっていない。最近も宮内庁側と公務の負担軽減が話題になった際、陛下は「まだまだこのままのペースで臨む」と明言。側近らにも、退位という文言や時期を明示したことはないという。

 ※47news「陛下『齢重ね、象徴の姿を思案』」「当初、12月に説明予定」=2016年7月17日
  http://this.kiji.is/126994525885220348

 天皇陛下が今年12月の誕生日記者会見で「年齢を重ねる中で、今後どのように象徴としての立場を担っていくのがふさわしいか、思案している」という趣旨の気持ちを語られる計画を宮内庁が進めていたことが16日、政府関係者への取材で分かった。
 しかし、詳しい内容の検討が始まったばかりの今月13日、生前退位について報道が始まったため、宮内庁は前倒しで機会を設け、早期に表明する方向で検討を開始した。ただ、陛下が臨時に気持ちを表明することはあまり例がないため、現在では再び誕生日会見まで慎重に議論する案も含め、日程や内容の調整を続けている。

 天皇が直接「退位」との文言を口にしたことはないのだとすれば、内閣や政府が天皇の心情を忖度して、生前の退位を可能にする法制の検討が必要と考え着手した、それが天皇の意向に適うと考えた、ということなのかもしれません。天皇が直接、退位の希望を口にして、それがもとで法の改正が行われるなら、天皇の政治への関与が憲法上の問題として浮上することになりかねません。宮内庁次長のコメントは、象徴天皇制憲法のかかわりの中で、「生前退位」の問題の急所がどこにあるかを示すものでもあったように思います。