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知的障害者殺人を理解不能ととらえるべきではない―ナチス・ドイツ「T4作戦」と酷似することの意味

 神奈川県相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」で26日、入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重体や重傷などのけがを負った事件は連日、大きな報道が続いています。地元の所轄警察署に出頭して逮捕された26歳の容疑者の男は、施設の元職員。逮捕後に「障害者なんていなくなればいい」との趣旨の供述をしたと報じられました。また、今年2月に東京の衆院議長公邸に「私は障害者総勢470人を抹殺することができます」などと記した手紙を持参し、その後、3月まで行政によって措置入院となっていたとも報じられています。
 この手紙の詳報を目にして真っ先に思ったのは、ナチス・ドイツユダヤ人虐殺のホロコーストの前に、組織的に大規模に行っていた障害者殺害と酷似していることです。ウイキペディアによると、ナチス・ドイツの障害者殺害は「T4作戦」と呼ばれています。

 T4作戦(テーフィアさくせん、独: Aktion T4)は、ナチス・ドイツ優生学思想に基づいて行われた安楽死政策である。1939年10月から開始され、1941年8月に中止されたが、安楽死政策自体は継続された。「T4」は安楽死管理局の所在地、ベルリンの「ティーアガルテン通り4番地」(現在同地にはベルリン・フィルハーモニーがある)を短縮したもので、第二次世界大戦後に付けられた組織の名称である。一次資料にはE-Aktion(エー・アクツィオーン)〔E作戦〕、もしくはEu-Aktion(オイ・アクツィオン) の名称が残されている。この作戦の期間中の犠牲者は、公式な資料に残されているだけでも7万273人に達し、その後も継続された安楽死政策により、後述の「野生化した安楽死」や14f13作戦によるものも含めると20万人以上が犠牲になったと見積もられている。

 ※詳しくはウイキペディア「T4作戦」の記述の続きをご参照ください。
  https://ja.wikipedia.org/wiki/T4%E4%BD%9C%E6%88%A6
 ※また、ネット上で見ることができるコンパクトな資料としては、以下のリンク先にPDFファイル「ナチ時代の患者と障害者たち―ドイツ精神医学精神療法神経学会(DGPPN) 移動展覧会」があります。昨年6月に大阪で開催された第111回日本精神神経学会学術総会の際に掲示された資料を翻訳してまとめたもののようです。
  https://www.dgppn.de/fileadmin/user_upload/_medien/images/Psych_im_Nat/Wanderausstellung/Broschuere_Japan_2015.pdf
 以下に、共同通信が配信した容疑者の手紙の詳報の一部を書きとめておきます。ナチス・ドイツの下で行われた歴史的事実と、今回の事件の容疑者の思考が酷似していることを記録するためです。

衆議院議長大島理森
 この手紙を手にとっていただき本当にありがとうございます。
 私は障害者総勢470人を抹殺することができます。
 常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界のためと思い、居ても立ってもいられずに本日行動に移した次第であります。
 理由は世界経済の活性化、本格的な第3次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。
 私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、および社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。
 重複障害者に対する命のあり方はいまだに答えが見つかっていないところだと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。
 (中略)
 今こそ革命を行い、全人類のために必要不可欠であるつらい決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。
 世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めていただけないでしょうか。ぜひ、安倍晋三様のお耳に伝えていただければと思います。
 私が人類のためにできることを真剣に考えた答えでございます。
 衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類のためにお力添えいただけないでしょうか。なにとぞよろしくお願い致します。

 そして「やっぱり」と言うべきでしょうか。28日にこのような報道がありました。
 ※47news=共同通信「容疑者『ヒトラー思想降りた』/措置入院中の2月」2016年7月28日
  http://this.kiji.is/131248600065312248?c=39550187727945729

 相模原の障害者施設殺傷事件で、植松聖容疑者(26)が緊急措置入院中の2月20日、「ヒトラー思想が2週間前に降りてきた」と話していたことが28日、相模原市への取材で分かった。「ヒトラー思想」の具体的な内容は話さなかった。
 ナチス・ドイツは障害者を「生きるに値しない生命」と呼び、組織的に殺害したことで知られる。
 市によると、2月19日に市が面談した際、植松容疑者は「自分はフリーメーソンの信者だ」などと話し、市は緊急措置入院を決定した。この際、植松容疑者は「世界には8億人の障害者がいる。その人たちにお金を使っている。それは他に充てるべきだ」と話した。

 ※47news=「『障害者幸せに見えない』/独善的思考背景か、相模原殺傷」2016年7月29日
  http://this.kiji.is/131441237151907843?c=39546741839462401

 相模原市知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され26人が負傷した事件で、元施設職員植松聖容疑者(26)=殺人などの容疑で送検=が「昔見た同級生が重い障害者で幸せに思えず、見ると嫌な気持ちになった。不幸だから障害者の面倒を見ようと思い施設で働いた」と供述していることが28日、捜査関係者への取材で分かった。
 「今は抹殺することが救う方法」とも供述。神奈川県警津久井署捜査本部は、こうした極めて独善的な考えが事件の背景にあったとみている。

 障害者を殺害する理由として「社会の役に立たない」ことのみならず、それは障害者自身のためになること、障害者の救済になるとの理屈も、ナチス・ドイツの障害者殺害で「ナチ総統府長官ボウラー、医師ブラントに、治癒の見込みがないほど病状が重いと判断される場合、その患者の病状に関して厳格に鑑定をした上で、特別に指名された医師に彼らが置かれている悲惨な境遇から救出する裁量を許可する権限を与える」とのヒトラーの命令書が現存していることを想起させます(ヒトラーの命令書は上記の「ナチ時代の患者と障害者たち」からの引用です)。
 このナチス・ドイツの障害者殺害と、今回の事件の容疑者の思考が酷似していることをどう考えればいいでしょうか。
 私は、容疑者はどこかでナチスの「T4作戦」に触れ、障害者の安楽死を夢想するようになった可能性が極めて高いと考えています。そして、今回の事件の発想そものは、理解不能の特異な人物が引き起こした想像を絶する特異な事例などでは決してないだろうと考えています。今回の容疑者の発想は独善的かもしれませんが、人類の歴史の上で、もっと組織的に大がかりに実行された先行例があるという意味では、彼しか持ちえない固有の発想というわけではありませんし、今後も同じことを考える人間は出て来るかもしれません。
 もう一つ考えるのは、大勢の障害者の殺害を考えること、夢想することと、実行に移すことの間にある飛躍です。容疑者の男が犯人であることを前提にした問いではあるのですが、それでもあえて思うのは、容疑者にこの一線を越えさせ、実行に移させたものは何だったのだろうかということです。
 まだ捜査も報道も始まったばかりですが、マスメディアは、容疑者を理解しがたいモンスターとみなしたり、「心の闇」といったあいまいな捉え方に陥ることがあってはならないだろうと考えています。


 以下に、東京発行新聞各紙が最初にこの事件を報じた7月26日付夕刊の1面と、27日付朝刊の1面を備忘として記録しておきます。いずれも東京本社発行の最終版です。
【7月26日付夕刊】

【7月27日付朝刊】