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安倍政権が沖縄で海保、警察、自衛隊にやらせていること〜所信表明演説の拍手劇の何が問題か

 臨時国会が開会した9月26日、安倍晋三首相の衆院本会議での所信表明演説中に、何とも奇異な光景が出現しました。安倍首相が演説の中で海上保安庁、警察、自衛隊をたたえて壇上で拍手。呼応して自民党議員たちが一斉に立ち上がって手をたたき続けたとのことです。
 以下は共同通信の記事です。
※47news=共同通信「首相の拍手に自民議員一斉起立 『北朝鮮か中国』と野党」2016年9月26日
 http://this.kiji.is/153104600219747828?c=39546741839462401

 安倍晋三首相が26日の衆院本会議で、自衛隊員らをたたえるため所信表明演説を約10秒中断し拍手、多くの自民党議員がこれに応えて、一斉に起立し拍手する一幕があった。野党は「北朝鮮中国共産党大会みたいだ」(小沢一郎生活の党共同代表)と批判した。
 首相は演説で「今この瞬間も、海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が、任務に当たっています」と訴えた上で「今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と呼び掛け、拍手した。自民党議員が立ち上がり首相に倣ったため、大島理森議長が「ご着席ください」と注意した。

 27日になって、野党が議院運営委員会理事会で抗議し、自民党は「適切ではなかった」と認め、首相に伝えることを約束しました。
 朝日新聞は、演説前に萩生田光一官房副長官が、自民党竹下亘国会対策委員長らに、海上保安庁などのくだりで演説をもり立ててほしいと依頼し、議場の前の方の議席に座る当選1、2回の議員らには「拍手してほしい」との依頼が伝わった、との話を伝えています。
朝日新聞「首相演説に一斉起立・拍手、事前に『指示』飛び交う」=2016年9月27日
 http://www.asahi.com/articles/ASJ9W55NWJ9WUTFK00D.html


 首相が壇上で拍手した場面の演説の内容を以下に書きとめておきます。「その彼らに対し、今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と、自分にならうように促しています。

 そして、わが国の領土、領海、領空は、断固として守り抜く。強い決意を持って守り抜くことを、お誓い申し上げます。
 現場では、夜を徹して、そして、今この瞬間も、海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が、任務に当たっています。極度の緊張感に耐えながら、強い責任感と誇りを持って、任務を全うする。その彼らに対し、今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか。


 日本の国会で、大勢の議員が立ち上がり、演壇上の首相とともに拍手をする光景は確かに異様です。では、なぜ問題なのでしょうか。品がないからか、国会のルールを無視しているからか、議事の進行が遅れたからでしょうか。あるいは北朝鮮中国共産党みたいだから問題なのでしょうか。
 わたしは二つのことを考えています。一つは、安倍晋三政権が沖縄で海上保安庁や警察や自衛隊を使って、何をやっているかです。
 名護市辺野古沖では、米軍普天間飛行場の移設先となる新基地建設に反対して、海上からカヌーや船で抗議行動を行う市民らを、海上保安庁が実力で排除。その手法はしばしば暴力的だったとして、市民や地元メディアから批判を浴びています。米軍北部訓練場では、ヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)工事に反対して抗議行動を続けている市民らの排除に、全国から集められた警察の機動隊が当たっています。ここでもやはり、その手法に批判があります。そして、抗議行動で大型の資機材が陸路では運び込めない状況になると、何と陸上自衛隊の大型輸送ヘリが投入され、重機などを空輸しました。これには沖縄県の翁長雄志知事も、事前に十分な説明がなかったなどと批判。米軍施設建設への自衛隊ヘリ投入には法的な根拠がなく、違法ではないか、との指摘も、沖縄のメディアでは報じられています。
 つまり沖縄では、海上保安庁、警察、自衛隊は直接ないしは間接的に、非暴力の住民らの抗議行動を実力で抑え込むために動員されています。そして、しばしばその手法は暴力的だとの批判を浴びています。そうした状況を考えると、安倍首相が国会で拍手を送り、これらの機関をことさらに称えることには、私には違和感があります。称えるのなら、自国民に対するこのような任務を解いてからではないかと思いますし、安倍政権が沖縄でやっていることが、本土ではなかなか知られないままになることを危惧します。
 もう一つは自衛隊員の戦死の問題です。安全保障法制は実行段階に入り、自衛隊が海外で武力行使する事態が現実のものになりつつあります。仮に海外での戦闘で自衛隊員に死者が出たら、安倍首相は恐らく「国際貢献に身を捧げた隊員の志をわたしちは受け継がなければならない」などと言い、そして自民党の議員らが追随することになるのかもしれません。それはすさまじい同調圧力となって、わたしたちの社会を覆うかもしれません。自衛隊が海外で武力行使すること自体の是非を問い直すことも必要なのに、そうした主張はかき消されるようなことにならないか。それはマスメディアも当事者性を持つ問題になるだろうと考えています。