75年前の「12月8日」の意味と安倍首相の真珠湾訪問の報道

 今年の12月8日は、1941年に太平洋戦争が開戦して75年の日でした。直前の12月5日に、安倍晋三首相が今月26、27日のハワイ訪問と、真珠湾アリゾナ記念館での慰霊を公表したことから、今年の「12月8日」は例年にも増して、新聞や放送のマスメディアは真珠湾での慰霊行事を大きく報じ、安倍首相が訪問することへの元軍人らの反応も伝えました。1941年12月8日未明、米ハワイ時間では7日朝、日本海軍の空母6隻を中心とする機動部隊が奇襲攻撃を成功させ、艦載機の大編隊が米海軍太平洋艦隊の本拠地である真珠湾を空襲しました。外交ルートによる宣戦布告が攻撃開始の後になったことから、以後、米国ではひきょうな不意打ちとして「リメンバー・パールハーバー真珠湾を忘れるな)」が合い言葉になり、戦意を高めたと伝えられています。そういう場所を日本の首相が慰霊のために訪ねる、しかもその以前の今年5月27日には、1945年8月6日に米国から原爆投下を受けた広島を、米国の現職大統領として初めてオバマ氏が訪れ、平和記念公園で演説していましたので、「12月8日」と「真珠湾」に注目が高まるのは当然のことではあると思います。

 ただ気になることがあります。日本のマスメディアの報道が「太平洋戦争開戦=真珠湾攻撃」の捉え方を強調し、今日的な意義として日米の和解をあまりにも強調していることです。「12月8日」は日米開戦の日ではあるのですが、日米関係だけにとって重要な日ではないはずです。
 史実から言えば、真珠湾日本海軍の爆撃機が第一弾を投下する1時間余り前に、日本陸軍は英国領だったマレー半島北部への上陸作戦を開始しました。翌年1月にかけて日本軍は英軍を撃破しながらマレー半島を南下し、2月15日にシンガポールの英軍守備隊が降伏します。日本の占領期にシンガポールやマレー各地では、中国系住民がスパイの嫌疑で処刑されるといった例が数多くありました。当時、日本が中国でも戦争を継続していたことと関連があったはずです。
 そもそも太平洋戦争は「蘭印(オランダ領インドシナ)=今日のインドネシア」の油田地帯の占領など、資源確保が大きな目的でした。日本と中国との戦争に米国が強硬姿勢を示し、当時、日本が米国に依存していた石油輸入を止められたことも、開戦の要因にはあります。「12月8日」を今日振り返る時には、中国との戦争に始まる前段の経緯や、真珠湾攻撃だけではない陸軍の作戦にも目を向けないと、75年後のこの日の意義を一面的にしかとらえられなくなるのではないかと危惧します。このままでは、安倍晋三首相のハワイ訪問と真珠湾での慰霊の際には、今日の日米軍事同盟の意義が高らかに喧伝されるような報道ばかりが目立つようになりかねないと思います。
 安倍首相の真珠湾訪問に対しては、米国だけでなく中国や韓国のほか、日本の戦争のために戦渦を被ったアジアを中心とした国々へも慰霊に行くべきだ、との声があります。今まで日本の首相が簡単には真珠湾には行けなかった理由の一つには、中国や韓国ほかアジア諸国との関係があったはずです。その問題は今、どうなっているのでしょうか。
 また、安倍首相がオバマ米大統領真珠湾訪問と慰霊を提案したのは、ペルーでのAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会合の場での、立ち話だったとの報道があります。年が明ければトランプ次期大統領の政権が立ち上がるという時期に、立ち話で提案せねばならないほどに「日米の和解」をこの時期に急ぐ理由は何なのでしょうか。
 ペルーでの立ち話については、安倍首相のハワイ訪問が発表される前日の12月4日、共同通信が興味深い裏話を配信し、地方紙の5日付朝刊などに掲載されています。安倍首相がニューヨークで11月中旬にトランプ次期大統領と会談したことに対して、米政府は事前に強い異議を日本政府に伝えていた上、ペルーでの会合に合わせて調整していたオバマ大統領との首脳会談は実現せず、立ち話にとどまった、との内容です。しかも、トランプ氏は安倍首相との会談直後、大統領就任直後にTPP(環太平洋経済連携協定)を脱退することを言明。TPPを日本の経済成長の大きな力と位置付ける安倍政権は、いきなり厳しい事態に直面することになりました。
 これらの情報も加味して全体を俯瞰して眺めたときに、安倍首相の真珠湾訪問と慰霊はどのような意味を帯びて見えるでしょうか。「日米の歴史的かつ意義深い和解」としてくくってしまっていいのでしょうか。マスメディアは多面的、多角的な視点を提供するべきだろうと考えています。