ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

居座る稲田朋美防衛相~「誤解」34回、「緊張感」16回、理解も納得もできない釈明

 一つ前の稲田朋美防衛大臣の「自衛隊としてもお願い」発言に関する投稿「防衛相の資質問われる『自衛隊としてお願い』発言」の続きです。

 稲田氏が特定の都議候補の名を挙げて「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と述べたことに対しては、公務員の地位を利用した選挙運動を禁じた公職選挙法136条の2に明白に違反しており、発言を撤回したところで選挙違反の既遂であることに変わりはない、との指摘が法律の専門家からは挙がっています。そうであるなら罷免でも辞任でも、稲田氏は即刻、防衛相の任から離れて然るべきですが、どうやら安倍晋三首相はあくまでも稲田氏を防衛相にとどめておく意向のようです。稲田氏に続投を支持したと報じられています。

 稲田氏には公選法違反の事実のほか、防衛省と自衛隊の政治的中立を危機にさらした責任があり、安倍首相には内閣の責任者、閣僚の任命権者としての責任があるのですが、違法行為が内閣の判断で野放しにされかねない状況のようです。木村草太・首都大学東京教授(憲法学)は朝日新聞の取材に「稲田氏は発言当日に撤回したが、違法行為をした事実は消えない」と述べ「菅義偉官房長官は発言撤回を理由に稲田氏の職務を続行させる考えを示した。これは違法行為がすでになされたのに、官房長官自身が違法性がないと表明したことになる。発言が違法ではないとの判断は内閣の判断ということになり、稲田氏だけでなく菅氏、そして安倍内閣の責任問題につながってくるだろう」と指摘しています。

※朝日新聞デジタル「『撤回しても違法の既遂、内閣の責任問題』木村草太教授」=2017年6月28日

 http://www.asahi.com/articles/ASK6X55XPK6XUTFK00Y.html

 その稲田氏は6月30日、閣議後の定例の記者会見で、問題の発言と自らの進退についての見解を述べました。結論としては、発言のうち誤解を招きかねない部分を撤回して謝罪する、辞任はせずに緊張感を持って職務に邁進する、ということでした。しかし防衛省のホームページにアップされている記者会見での質疑の一問一答の詳報を読むと、その言いぶりと主張の内容は到底、理解も納得もしがたいものです。まさに「地位に恋々」という言葉が浮かんできます。

 詳報はかなり長いのですが、白熱した質疑が交わされた様子がよく分かります。

※「■防衛大臣記者会見概要 平成29年6月30日(11時15分~12時11分)」

 http://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2017/06/30.html

 1時間近くに及んだ会見で、稲田氏は突き詰めると二つのことしか言っていません。「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」との発言のうち「防衛省・自衛隊、防衛相」は誤解を招く恐れがあるから撤回しておわびするということと、辞任はせずにしっかりと緊張感を持って職務に邁進する、ということです。

 前者については、公務員の地位を利用した選挙運動のつもりはなく、自民党員としてその場にいたつもりだったこと、「防衛省・自衛隊、防衛相」は自衛隊への協力に感謝していることを述べるのが真意だったこと、しかし誤解を招く恐れがあるので撤回する、ということを繰り返し言い張っています。しかし、発言はどう読んでも「誤解」の余地はなく、文字通り「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党として」特定候補への支援を呼び掛けているとしか受け取りようのないものです。会見では記者もそのことを繰り返し追及していますが、何を言われようとも「誤解を招きかねない」の一点張り。わたしが数えた限りですが「誤解」という言葉を34回も口にしています(報道では「35回」という数字もあるようです)。

 進退についても、何を言われても「緊張感を持ってしっかりと職務に邁進してまいりたい」「しっかりと緊張感を持って、防衛大臣としての職責を果たしていかなければならない」と繰り返すのみ。こちらも「緊張感を持って」というフレーズを16回繰り返しました。表現は異なりますが、同じニュアンスの物言いがほかにあります。

 記者たちも相当激しく突っ込んだ様子がうかがえますが、答えはまったくかみ合っていません。稲田氏の言葉遣いは記録を目で追っている限りでは丁寧ながらも、その答えの内容から言うならば、これほど閣僚の職責も、衆院議員としての責任もなめ切って、そして何よりも国民を愚弄する態度はないだろうと感じます。以下に備忘も兼ねて、やり取りの一部を書きとめておきます。

 Q:法曹資格をお持ちの大臣に対して大変失礼かと思うのですが、この発言については、公職選挙法136条の2に違反するものではありませんか。 

A:今、記者御指摘の公職選挙法についてでございます。公職選挙法を遵守すること、これは政治家として当然でございますが、そういった地位を利用した選挙運動を行うということは全く意図しておらず、しかしながら、誤解を招きかねない発言であり、撤回をしたということでございます。

 

Q:全く誤解を招く余地はなくて、それはもう誤解を全く招かないのですよ。この当時の発言で、法曹資格をお持ちの稲田大臣はこれを公職選挙法違反と判断されるかどうか、136条の2に違反すると考えられるかどうかということを聞きたいのですが。

A:防衛大臣としては、防衛省・自衛隊として感謝するという趣旨はございました。そして、誤解を招きかねない「防衛省・自衛隊、防衛大臣」のところは撤回をしているところでございます。あくまでも自民党員として、自民党の国会議員として、その場に伺っているということであり、そういった意図は全くございません。さらに、私としては、その公職選挙法、地位を利用した選挙活動を行うという意図は全くないということでございます。

 

Q:意図はなくても、発言は、公職選挙法136条の2に違反するというふうに法律の専門家、法曹の方は仰います。これは、撤回してもしなくても既遂であると、公職選挙法違反の既遂であるというふうに考えられる法律家の方が多いのですが、それについて法曹資格をお持ちの稲田大臣はどうお考えになりますか。

A:私といたしましては、発言の誤解を招く部分、この点については、撤回を申し上げているところでございますし、地位を利用した選挙運動を行うということは全く意図もしておりません。そして、私は自民党の国会議員として、応援演説に伺ったところでありますが、そういった誤解を招く点については撤回をし、お詫びを申し上げているところであって、地位を利用した選挙運動を行う意図というものは全くなかったということであります。

 

Q:地位を利用した選挙運動ではないですか。まさにこれが、公職選挙法の136条の2に違反するというふうに法律の専門家は仰るわけですよ。撤回したからといって、既遂は既遂ですから、撤回しても意味はないのですよ。それについて法曹資格を持つ稲田大臣はどうお考えですか。

A:そういう御指摘があるということは報道で承知しておりますが、私といたしましては、公職選挙法、政治家として基本的に遵守すべきものであって、その地位を利用した選挙運動を行うことなど全く企図、意図はしておりません。そして、誤解を招く発言については撤回し、そして、お詫びを申し上げているところでございます。

 

Q:誤解を招くことでは全くないと思うのですが、どういうふうに誤解を招くのですか。「防衛省・自衛隊、防衛大臣、自民党」と言っているじゃないですか。誤解を招くところは一切ないじゃないですか。何をどう誤解するのですか。我々を馬鹿だと言っているのですか。

A:そんなことは申し上げておりません。私は「防衛省・自衛隊、防衛大臣」としてお願いをするという意図はなく、あくまでも自民党としてお願いをしたいという趣旨でその場にいたわけでございます。しかしながら、御指摘のようにそれが真意について誤解を招きかねないものであることから、撤回し、お詫びを申し上げているところであり、御指摘の公職選挙法に関しては、しっかりと守っていくべきものであることは当然でございますし、そういった政治的地位を利用する意図は全くないということでございます。

 

Q:大臣が前言を撤回したり、軌道修正するケースというのは今回が初めてではないと思うのですけれども、御自分でこういうことを繰り返される原因がどこにあると考えるか聞かせてください。

A:今、記者の御指摘の件は、弁護士時代、すなわち13年前のことですけれども、訴訟に出廷していたということを記憶違いに基づいて事実の異なる答弁を行ってしまった件について、国会においてお詫びをして訂正をさせていただいたところでございます。私としては国会の場でも国会において、しっかりと誠実に今後は答弁をしてまいりたいと申し上げたと同時に、これからは一層緊張感をもって、誠実に防衛大臣としての職務を全うしてまいりたいと考えているところでございます。

 

Q:つまり、失言を何回か繰り返されているわけですけれども、原因は御自身でどうお考えですか。反省されていないんじゃないかと、だから繰り返すのではという気もするのですが、御自身はどのようにお考えですか。

A:今回のことも含めて、政治家の言葉というのは重いわけですから、しっかりと緊張感を持って職務に邁進してまいりたいと考えているところです。

 

Q:大臣が、昨年防衛大臣に就任した時というのは、報道もそうなのですけれども、総理は抜擢の意味を込めたと思います。将来を見据えたというところも報道でありますが、今、党内でも交代論は強まっていて、あと防衛省・自衛隊でも困惑が強く広がっているのですけども、結果的に、こういう状態に陥ったことについて、大臣は、一政治家としてどうお考えですか。

A:報道は承知をいたしておりますし、様々な御批判も指摘をいただいているところでございます。私としては、そういった御批判についてしっかり真摯に受け止めて、そして緊張感を持って誠実に職務に邁進してまいりたいと考えています。

 

Q:先程、政治家の言葉は重いと仰いましたけども、特に、23万人の実力組織の指揮官に服する防衛大臣の言葉は重いと思いますが、そこで、自衛隊の中立性に関わるような失言、暴言をされたわけですから、責任は極めて重いと思うのですが、それでも辞めるおつもりはありませんか。

A:はい。緊張感を持って職務に邁進したいと考えております。 

 

Q:大臣が野党時代は、かなり政権幹部の出処進退に厳しく当たられていたと思うのですが、当時の総理大臣に、内閣総辞職を迫ったりとか、出処進退ということに厳しい方だったと思うのですが、当の御自身の釈明がですね、それが整合性がきちんとつく政治姿勢だと言えるのか、その点、いかがお考えでしょうか。

A:御指摘のとおり、野党時代、大変厳しい質問を予算委員会、所属委員会でしたことも事実でございます。そういう意味において、私自身もしっかりと緊張感を持って、この厳しい安全保障環境の下で、防衛大臣としての職責を果たしていかなければならないということは、痛感をいたしております。

 

Q:相手に対しては責任を迫って、辞めろと言いながら、御自身はほとんど説明がつかないような状態で続投というのは、その整合性をどうやって付けるのでしょうか。

A:そういった御批判は真摯に受け止めますけれども、緊張感を持ってしっかりと職務に邁進してまいりたいと考えております。

 

 稲田氏が多用している「しっかり」という言葉遣いは、実は安倍首相もよく口にしています。おそらく「緊張感を持ってしっかりやれ」と、直接安倍首相に指示を受けたのではないかと想像します。そしてこれも想像ですが、稲田氏は仮に自ら辞任を申し出たいと思っても、安倍首相がそれを許さないのだろうと思います。そうだとすると、そこまでして稲田氏を続投させなければならない理由は何なのでしょうか、どんな事情があるのでしょうか。

 新聞の論調の「2極化」を感じる中で、安倍政権支持の論調が目立つ読売新聞も産経新聞も、今や社説やコラムで稲田氏を極めて厳しく批判しています。安倍首相にとっては、直ちに稲田氏を更迭した方が痛手は少なくて済むはずですし、防衛省と自衛隊の名誉を守るためにも、そうするほかないように思うのですが、そうしないのはなぜでしょうか。その事情を探るのもマスメディアの役割だろうと思います。

※読売新聞・6月30日付社説「稲田防衛相発言 政治的中立に疑念持たれるな」 

 http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20170630-OYT1T50016.html

※産経新聞「産経抄」6月30日:「防衛省の『お子様』大臣」

 http://www.sankei.com/column/news/170630/clm1706300003-n1.html

 

 今、わたしたちの社会は大きな曲がり角にあるのではないかという気がしています。「自民一強」の中の「安倍一強」の果てに、「共謀罪」法が参院で委員会採決を飛ばして本会議での採決が強行されるような事態になっています。平行して、安倍首相は憲法改正にどんどん前のめりになり、自らの考える9条改正案をいきなり外部で発表し、既成事実化させた上で自民党内の合意形成手続きを後追いさせるような、乱暴なやり方を通しています。そうしたことに自民党内からは反対の声が聞こえてこず、異論や疑問があったとしても大きな声になりません。そうしたことと、今回の稲田氏の発言が首相サイドの意向によって不問に付されようとしていることは無関係ではないでしょう。

 だからこそ今、おかしいことをおかしいと言う、言える空気を社会の中に維持しておくことが必要だと思います。「共謀罪」法は成立してしまいましたが、それでも「共謀罪」が悪法として猛威を振るうようなことがないようにするには、社会の誰であっても萎縮することなくモノを言うことを続けていくことしかないのだと思います。

 やはり、稲田氏の発言が不問に付されるのはおかしい。一体どんな事情があるのか、マスメディアは取材を深めていかなければならないと思います。 

【写真】稲田朋美防衛相の会見の様子を伝える朝日、毎日、読売3紙の6月30日付夕刊

f:id:news-worker:20170702030048j:plain