ニュース・ワーカー2

組織ジャーナリズムに身を置き40年余

危機の実相に報道は見合っているか~「ミサイル再び日本越え」は有事ではないし、災害と同列ではない

 北朝鮮が9月15日朝、平壌から弾道ミサイル1発を発射しました。前回の8月29日に続いて、北海道の上を飛び太平洋に落下。飛行距離は前回より1000キロ伸びて約3700キロ、最高高度も前回の約550キロに対し今回は約800キロだったと伝えられています。国連の安全保障理事会で北朝鮮への制裁強化決議が採択されたことへの反発とみられ、米軍の拠点があるグアムまで平壌から約3400キロであることから、グアムへの直接攻撃能力を誇示する狙いがあった可能性が報じられています。
 ミサイル発射は午前6時57分。日本政府は今回も7時ちょうどに全国瞬時警報システム(Jアラート)で「国民保護情報」を発出し、前回と同じ12道県に避難を呼びかけました。前回の反省から、「頑丈な建物」を単に「建物」とする(周辺に頑丈な建物がない場合はどうするのか、との疑問が示されていました)など、文言には変更が加えられたようですが、実際のミサイルの飛行コースから遠く離れた北関東や長野まで警報が出た点は変わりがありません。破片が落ちてきたわけでもなく、人的、物的被害はゼロ。ただ、一時ストップした交通機関があったほか、学校では授業開始が遅れたり、臨時休校にした例(茨城県で1校)が報じられています。

 東京発行の新聞各紙は9月15日当日の夕刊、翌16日付朝刊で大きく報じましたが、8月29日の際と比べると、変化もあるようです。一般に、新聞の1面トップの見出しは、ニュースの重要度が高くなれば縦位置が横位置になり、黒地に白字抜きになります。8月29日の夕刊は東京発行5紙(朝日、毎日、読売、日経、東京)はそろって横位置、白字抜きでしたが、今回15日の夕刊は毎日新聞は黒地白抜きではなく、東京新聞は縦位置でした。主見出しは朝日、日経が「ミサイル再び日本通過」、読売、東京が「北ミサイルまた日本通過」で同じでした。「再び」や「また」からは、国連の制裁強化にもかかわらず、のニュアンスが感じ取れます。同じ見出しになるのは、文字数に制約がある中で、ニュースの本質を伝える表現のバリエーションには限りがあることを示しています。

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【写真】東京発行各紙の9月15日夕刊1面 ※産経新聞は東京本社では夕刊発行なし

 ※前回8月29日の際の在京紙紙面については、このブログの9月2日アップの記事を参照してください。 

news-worker.hatenablog.com

 16日付朝刊では、経済専門紙の日経新聞のほか、東京新聞も1面トップからは落としました。また、夕刊発行紙の中で朝刊でも黒地白抜きの見出しにしたのは読売新聞だけでした。総じて、前回よりも落ち着いた紙面が多い印象を受けます。

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【写真】東京発行各紙の9月16日付朝刊1面

 前回の8月29日のミサイル発射を巡る報道について、わたしは前掲の9月2日のブログ記事で以下のように書きました。 

 北朝鮮のミサイル実験は「有事」なのかと言えば、攻撃を受けているわけではないので「有事」とは言い難いでしょう。しかし、有事法制に基づく「指定公共機関」の枠組みが発動している状況は「準有事」ととらえてもいいように思います。なのに、マスメディア自身がその自覚を欠いてしまえば、公権力による情報統制・操作はいともたやすく行われてしまうのではないか。そういう懸念を持っています。 

 この問題意識に即して、今回は注目すべきだと感じる記事がありました。

 ▼有事の「指定公共機関」
 一つは共同通信が16日付朝刊用に配信した記事です。「実際の危機に見合った警報なのか」との問題意識から、テレビの報道の実態や生活面への影響をまとめました。各地の地方紙を中心に掲載されていると思います。在京紙では毎日新聞が社会面に、テレビ報道の部分を抜き出して掲載しています。共同の記事の一部を引用します。

「ここで今、北朝鮮のミサイルの情報が入りました」
 NHK総合のニュース「おはよう日本」で15日午前7時すぎ、高瀬耕造アナウンサーがやや緊迫した口調でこう伝え、Jアラートの黒い画面に突然切り替わった。午前8時からの連続テレビ小説「ひよっこ」の放送を休止し、ミサイル発射関連の番組の放送を続けた。
 放送事業者は国民保護法に基づく「指定公共機関」の一つで、警報の内容などを速やかに放送することを盛り込んだ「国民保護業務計画」を各社で定めている。このため、公共放送のNHKだけでなく、民放各局も朝はミサイル報道一色に。
 TBSは「国民の生命・財産に大きな影響を及ぼす可能性があるための判断です」と説明。テレビ朝日は「視聴者の方々からさまざまなご意見をいただいていますが詳細は控えます」とした。
 上智大の水島宏明教授(ジャーナリズム論)は「実際のリスクに見合う放送になっているか。国民の命に関わる切迫した事態が生じていたのか。冷静に考えると、今回は恐らくなかったのでは」と疑問を投げ掛けた。 

  国民保護法は、小泉純一郎内閣当時の2002年から整備が始まった有事法制の一環です。当時、わたしは勤務先では社会部デスクでした。NHKをはじめ、東京の民放キー局、大阪や名古屋の準キー局が指定公共機関に指定されることに対して、政府が有事と認定すればテレビは政府が発表した情報だけを流すことになり、自由な取材や報道ができなくなる恐れはないのか、との危惧がメディア研究者らから挙がっていました。わたしたちも職場で、あるいは新聞労連や民放労連などの労働組合活動の中でも同じ問題意識を持っていました。
 そもそも今は日本にとって有事ではありません。北朝鮮はミサイル発射の後には、これが実験であるとの公式見解を発表しています。武力攻撃ではありません。ミサイルは日本列島の上空というよりもはるかかなたの宇宙空間を飛び、前回より高度はさらに高くなり、落下地点もさらに日本から遠ざかりました。しかし、警報の発出は変わらずに有事の際の仕組みで行われており、結果として、マスメディア、特に放送メディアは、政府から提供された「国民保護情報」を元に、危険情報だけを強調しているように視聴者からは見えると言わざるを得ない状況ではないでしょうか。

 ▼「作られた危機」への加担
 「Jアラートが国民保護情報を出したらどこに逃げればよいか」は、例えば地震や津波、台風、大雨などの災害は普段の備えが重要でしょう。しかし、今回のような北朝鮮のミサイル実験ではどこまで必要で、なおかつ有効なのでしょうか。高度500キロとか800キロの宇宙空間を飛んでいく物体から何か落ちてくることを、どこまで現実味のあることとして想定しなければいけないのか。日本のマスメディアはただ危険情報を流すだけではなくて、自由な取材と自由な報道によって、こうしたことも報じていくべきなのではないかと思います。
 さらに言えば、北朝鮮の脅威を言うなら、日本にとっては日本列島を越えていくICBMよりも、日本をめがけて落下してくる弾道ミサイルです。自衛隊と米軍が2段構えで迎え撃つとしていますが、どうやらその迎撃能力を上回る発射能力を北朝鮮は備えているらしいことも指摘されています。日本政府は迎撃能力の強化を指向しているようですが、それは果てしない軍拡の始まりではないのか。つまりは100%の防衛は理論上も無理であり、ならば撃たせないための外交をどう展開するべきなのか。そうした論点を社会に提供していくことも、マスメディアの役割のはずです。
 共同通信の記事が触れている放送各局の「国民保護業務計画」は各局のWEBサイトでも閲覧できます。例えばNHKは以下のリンク先です。
 http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/hogo/index.html
 前文には「NHKは、有事の際にも、報道の自由、編集の自由を確保しつつ取材・放送にあたることを前提として、NHKが使命を果たすために必要な対策を業務計画として定めました」との一文があります。民放各局の国民保護業務計画にも同じような趣旨の文言があります。有事ではない現状ではもちろんこと、仮に有事になっても「報道の自由」「編集の自由」が確保できているかどうかは、指定公共機関の縛りはない新聞・通信各メディアも含めて、不断に自己点検し、相互に確認し合っていなければならないと思います。「作られた危機」の演出にマスメディアが結果的であるにせよ加担していると言われて、否定できなくなることを恐れます。

 ▼事実をもって検証
 もう一つ印象に残った記事は、毎日新聞が16日付朝刊の第2社会面(30面)に掲載した「予想進路を9分類」の見出しの記事です。Jアラートの送信地域があらかじめ9パターンに分けられていることを書いています。記事によると、それぞれ当該地域と関連地域があり、例えば北朝鮮ミサイルで2回続けて送信された「東北パターン」は、当該地域が東北地方の6県、関連地域が北海道、北関東3県と新潟、長野両県となっています。今回は防衛省から「東北地方方向にミサイルが発射された」との情報を受けた内閣官房が「東北パターン」を選択したということのようです。ちなみに記事によると、「北海道パターン」なら当該地域は北海道、関連地域は青森県のみです。首都東京を含むのは宮城、山形両県から静岡、岐阜、福井各県まで(愛知県は除外)を含む「関東パターン」と福島、新潟両県から三重、滋賀、京都、兵庫の各府県の「中部パターン」の二つです。
 前回も今回も、北朝鮮のミサイルは北海道のはるか上の宇宙空間を飛んでいきましたが、Jアラートはおよそ危険があるとは思えない長野県にまで送信されたことに、その必要があったのかどうかなどで論議があるようです。前述したマスメディアの課題とも関わってくることとして、警報のありようはマスメディアが検証すべきテーマの一つです。Jアラートの送信先設定の仕組みを9枚の図表とともに伝える毎日新聞の記事は、基本的な事実を明らかにする検証の第一歩だろうと思います。

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【写真】毎日新聞16日付朝刊の第2社会面