NHK記者の過労死と労働組合の当事者性~裁量労働制は人件費抑制効果が顕著

 NHKの記者だった女性が2013年7月、31歳で心疾患で死亡し、長時間労働による過労死として14年5月に労災認定されていた問題は、私の記憶にある限り、マスメディアの記者の働き方がニュースとして当のマスメディアで大きく報じられた、稀有のケースです。ほぼ初めて、と言ってもいいかもしれません。背景には、先行して、電通の新入社員の女性の過労自殺が大きな社会問題になり、労働当局が法令違反を問うなど電通が厳しい批判にさらされていたことがあります。世はこぞって「働き方改革」の大号令で、マスメディア企業も例外ではありません。
 報道で知る限りですが、NHKが公表するまでに労災認定から3年半近くもかかったことを巡っては、NHKが「遺族の意向で非公表」としたのに対し、遺族の見解・認識は異なるようです。遺族には、過労死が認定されたことをNHKが局内で周知していなかったことに対して、不信感もあったようです。いずれにしても、電通事件の前にNHKの事例が明るみに出ていれば、どうなっていただろうか、ということを考えてしまいます。もっと早く「働き方改革」が叫ばれるようになっていたのか。あるいは逆に、長時間労働自体はどのマスメディア企業でも珍しくなく、過労死もこれまでなかったわけではなく、不幸ではあるがさして大きくニュースとして取り上げるほどのことではない、となっていたかもしれない、とも思います。
 私自身、労働組合運動を通じて、在職死亡したマスメディア企業の社員が過労死と認定されたケース、認定されなかったケースの両方を見てきました。過労死認定へ労働組合が積極的に動いたケースもあれば、そうでなかったケースもあります。NHKにも日本放送労働組合(日放労)という職員の労働組合があります。この女性記者のケースでは、労働組合は何をしていたのでしょうか。
 働き方、働かされ方の問題では、労働組合には当事者性があります。NHKは女性が労災認定されたことを今年10月4日に明らかにしました。報道によると、女性の死亡当時、NHKでは記者職の職員は、勤務時間の算定が難しい場合にあらかじめ決まった一定時間を働いたとみなす「事業場外みなし時間制度」を適用されていました。この制度の導入に当たっては、労働組合はNHKと交渉し、同意していたはずです。自らの働き方にかかわることですから、通常は労働組合は交渉に十分な時間を求めます。また報道によると、女性記者は亡くなる前の1カ月間の時間外労働が159時間に上ったと認定されていました。東京都庁を担当し、13年6~7月の都議選や参院選を取材。参院選の投開票があった3日後の24日に死亡しました。選挙取材で土日も出勤し、死亡前1カ月の休日は2日だったということです。「事業場外みなし時間制度」が運用される中で、労働組合は組合員の働き方の実態をどこまで把握していたのか。女性の死亡後、労働実態を把握し、改善のために労使交渉を求めたのか。そうしたことが分かりません。労働組合が何をしていたのか、今、何をしているのかは見えていません。労働組合の役割に迫るような報道も、私が目にした範囲ではありません。電通事件でも同様です。

 マスメディアの記者の長時間労働を巡って、当の記者たちから注目されていい(記者たちに注目してほしい)と思う記事がネット上のサイトにあります。弁護士ドットコムNEWSが11月15日にアップした「20連勤もざら、代休なく、給料変わらず…記者たちの『裁量労働制』どこが問題か検証」との記事です。
 NHKでは働き方改革の一環として、ことし4月から記者を対象に「専門業務型裁量労働制」が導入されたということで、「どこまで働かせてもOKなのだろうか。どこからが法律違反になるのか。最近の働き方について10月、複数の若手記者にヒアリングし、労働問題に詳しい武田健太郎弁護士に聞いてみた」との内容です。
 記事中の見出しを書きとめておくと以下の通りです。 

●ケース1:一切労働時間の報告を求められず、深夜早朝勤務しても給料変わらず
●武田弁護士「裁量労働でも割増賃金は発生する」

●ケース2:休みが潰れる。潰れても代休がない
●武田弁護士「休日出勤の場合、代休や休日出勤手当を請求すべき」

●ケース3:宿直勤務明けも、普通の勤務が丸一日続く
●武田弁護士「人事部や労働組合などの苦情処理窓口に相談して」 

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 この「専門業務型裁量労働制」は「労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使であらかじめ定めた時間を働いたものとみなす制度」です。注意が必要なのは、労使であらかじめ定めた時間を働いたものとみなすことによって賃金が定額になることです。マスメディアの記者であれば賃金は通例、月例の基本給と諸手当から構成され、1日8時間を超える時間外労働については、本来は時間に応じて支払われるのが基本です。しかしそれでは、月に100時間や200時間の時間外労働が続いた場合に人件費は膨れ上がります。裁量労働制によって、実労働時間が何時間であろうと、あらかじめ定めた時間を働いたとみなすことによって月例の賃金は一定の金額に固定されます。マスメディア企業でこの裁量労働制が先行して導入された事例では、経営側の思惑は労働時間の短縮ばかりではなく、この人件費抑制効果にも着目してのことだったと言ってよいのです。少なくとも人件費抑制効果は小さくありません。
 裁量労働制は、導入に際しての労使交渉が決定的に重要です。疑問点をあぶり出し、一つ一つ、会社や法人側と交渉し改善させるかどうかで、結果は大きく変わります。賃金が減っただけで、労働の負荷はむしろ高まり労働時間が増えた、ということが起こりかねません。労働組合の役割は決定的に重要です。マスメディアの記者の働き方にかつてない関心が向けられている今、マスメディアの労働組合も、社会的な関心の対象になるのは当然のことであるように思います。

【追記】2017年12月3日22時30分
「記者の働き方と労働組合の当事者性~NHK記者の過労死と裁量労働制に思うこと」から改題しました。