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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

「一人一人が当事者」と本土に問うた翁長・沖縄知事の「慰霊の日」平和宣言

 6月23日は沖縄の「慰霊の日」でした。第2次大戦末期の1945年のこの日、沖縄の地上戦では日本軍司令官が自決し、組織的戦闘が終結したとされる日です。沖縄戦の全戦没者は約20万人。このうち一般住民の戦没者は約9万4千人とされます。沖縄戦は、人々が生まれ育ち、生活している土地が地上戦の戦場になり、おびただしい住民の犠牲を生んだ点に特徴があります。教訓は、軍隊は住民を守らないということだろうとわたしは受け止めています。日本の戦争指導部は、沖縄戦を本土決戦のための時間稼ぎと位置づけていました。軍事的に劣勢でも降伏はありえず、敗北が決まっていながら戦闘が続いたことが住民被害を大きくしました。戦後は沖縄は日本から切り離されて米統治下に置かれ、軍事拠点化されました。1972年に日本に復帰した後も基地は存在し続け、今は米軍普天間飛行場の移転先として、名護市辺野古への新基地建設工事が沖縄県の反対を押し切って進められています。
 ことしも「沖縄全戦没者追悼式」で沖縄県の翁長雄志知事は平和宣言を読み上げました。その全文を私も読んでみました。翁長知事が強調しているのはやはり基地の問題です。国土面積の約0・6%にすぎない島に、米軍専用施設面積の約70・4%が集中していること。復帰すれば基地負担も本土並みになるという45年前の期待とは裏腹に、米軍基地から派生する事件・事故、騒音・環境問題などに苦しみ、悩まされ続けていること。昨年起こった痛ましい事件、オスプレイの墜落をはじめとする航空機関連事故の度重なる発生、嘉手納飛行場における米軍のパラシュート降下訓練や相次ぐ外来機の飛来、移転合意されたはずの旧海軍駐機場の継続使用の問題―。「基地負担の軽減とは逆行していると言わざるを得ません」と断じ、特に普天間飛行場辺野古移設に対して「沖縄の民意を顧みず工事を強行している現状は容認できるものではありません」と批判しました。そして「辺野古に新たな基地を造らせないため、今後も県民と一体となって不退転の決意で取り組むとともに、引き続き、海兵隊の削減を含む米軍基地の整理縮小など、沖縄の過重な基地負担の軽減を求めてまいります」と決意を表明しています。
 そのすぐ後に続く文言に、しばし目が止まりました。「国民の皆さまには、沖縄の基地の現状、そして日米安全保障体制の在り方について一人一人が自ら当事者であるとの認識を深め、議論し、真摯に考えていただきたいと切に願っています」―。翁長知事の平和宣言は2015年から今年で3回目です。過去2回も普天間移設問題に言及し、日本政府に政策の見直しを求めることはありました。しかし、直接、沖縄県外の国民に呼び掛けたのは今年が初めてです。
 普天間飛行場の移設をどうするのか、辺野古移転を進めるのか、別の道を探るのか。この問題を沖縄県外、日本本土(ヤマト)の日本人はあまり意識せずにいるかもしれません。あるいは、それは政府が考えるべき問題であって、そんな大きな問題は自分には直接関係がないこと、と考えている人もいるでしょう。もしかしたら、今まで通りで良い、それで何の不都合があるのか、と考えている人もいるかもしれません。しかし、日本国の主権者は国民一人一人です。日本政府はその主権者の総意の元にしか成り立ちえません。現政権を支持していようがいまいが、あるいは政治に関心があろうがなかろうが、この関係に変わりはありません。日本政府の行動や姿勢が問われているときには、主権者である国民もまた問われているのです。翁長知事が言う「一人一人が自ら当事者である」との、この沖縄からの問いかけを受け止めることがないとすれば、主権者として無責任であるということになるでしょう。
 わたしは主権者の一人として、同じ主権者である沖縄の人々は、日本国内のほかの地域と同じように地域の自己決定権を手にできるようになってしかるべきだろうと、ある時期から考えるようになりました。そのために必要であり、なおかつ主権者としてできることは、主権者として中央政府に対して意思表示をしていくことです。それはつまるところは選挙での1票の行使に行き着くでしょう。沖縄の人たちが過剰な基地集中に苦しみ、およそ日本の他地域ではありえないほどに地域の自己決定権を奪われている状況を変え得るのは、主権者である国民一人一人の当事者意識だろうと思います。
 今年初めて、翁長知事が丁寧な口調ながらも「一人一人の当事者意識」と問うたことに、日本本土(ヤマト)の日本人はそれだけ沖縄の人たちが本土の自分たちを見るまなざしが険しくなってきていることを悟るべきだと思います。翁長知事の問いかけの意味を知るには、ヤマトのマスメディアの役割は小さくありませんが、この平和宣言の報道ぶりはどうだったでしょうか。東京発行の新聞各紙は23日の夕刊と24日の朝刊で、「慰霊の日」を報じました。23日は東京都議選の告示日。また前夜、かねて乳がんを公表し、ブログに闘病生活の日々をつづっていた元アナウンサーで歌舞伎俳優市川海老蔵さんの妻、小林麻央さんが前夜に死去したことが明らかになって、大きなニュースになりました。相対的に、沖縄の「慰霊の日」は扱いが限られたようです。その中では毎日新聞が23日夕刊1面で「『国民が当事者意識を』」の主見出しを立てているのが目を引きました。しかし総じて言えば、本土メディアの課題はなお大きいと言わざるを得ないと思います。
 以下に、東京発行の新聞各紙が翁長知事の「平和宣言」をどのように報じたか、手元にある朝日新聞毎日新聞、読売新聞の紙面から見出しや記事の書きぶりを書きとめておきます。いずれも東京本社発行の最終版です。

朝日新聞

・23日夕刊1面 見出し「戦後72年 沖縄の苦しみ 慰霊の日 平和宣言」
 「翁長氏は平和宣言で『戦争の不条理さと残酷さを体験した県民は、平和な世の中を希求する「沖縄のこころ」を強く持ち続けている』と述べた。米軍普天間飛行場名護市辺野古への移設計画については、平和宣言に3年連続で盛り込み、4月に埋め立て工事を始めた政府を強く批判した。/さらに、昨年12月に名護市沿岸でオスプレイが大破した事故など、『辺野古』以外の米軍基地問題にも広くふれ『米軍基地から派生する事件・事故、騒音・環境問題などに苦しみ、悩まされ続けている』と訴えた。」
・24日付朝刊3面 見出し「沖縄知事、強く政権批判 『平和宣言』名護市長選へ対決姿勢」
 「辺野古への移設反対を掲げて知事になった翁長氏は、過去2回の平和宣言でも辺野古問題にふれてきた。ただ、オスプレイの事故やパラシュート訓練など、沖縄が抱える様々な基地問題を具体的に列挙したのは初めて。対決色を前面に押しだした/理由がある。『保守、革新を乗り越えて』を合言葉にしてきた翁長氏はこれまで、政権と対立しつつもパイプの維持に努めてきた…」

毎日新聞

・23日夕刊1面 見出し「『国民が当事者意識を』 沖縄知事 基地問題で訴え 慰霊の日」
 「翁長雄志知事は平和宣言で今年も、米軍普天間飛行場宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設について『容認できない』と反対を主張。『沖縄の基地の現状、日米安全保障体制の在り方について、国民の一人一人が自ら当事者であるとの認識を深めてほしい』と訴えた。/4月に辺野古の埋め立て作業に着手した政府との対立が深まる中、翁長知事は3年連続で平和宣言の多くを基地問題に割き、『辺野古に新たな基地を造らせないため、今後も県民と一体となり不退転の決意で取り組む』と述べた。」
・24日付朝刊1面 見出し「辺野古 容認できない 沖縄慰霊の日 知事改めて反対」
 「翁長雄志知事は『沖縄の民意を顧みず工事を強行している現状は容認できない。沖縄の基地の現状、日米安全保障体制の在り方について、国民の一人一人が自ら当事者であるとの認識を深めてほしい』と訴えた。就任以降3年連続で平和宣言の多くを基地問題に割いた。/知事は『戦争の不条理と残酷さを体験した県民は、平和な世の中を希求する『沖縄のこころ』を強く持ち続けている」とも述べた。

▼読売新聞

・23日夕刊1面 見出し「沖縄戦 慰霊の日」
 「安倍首相と翁長雄志知事が哀悼の意を述べ、翁長氏は『平和宣言』で、米軍普天間飛行場宜野湾市)の名護市辺野古への移設反対を改めて強調した。」
・24日付朝刊4面 見出し「首相 沖縄負担軽減に意欲 『辺野古移設』は変わらず 慰霊の日
 「これに対し、翁長雄志知事は、追悼式の『平和宣言』で辺野古移設工事について、『工事を強行している現状は容認できるものではない。県民と一体となって不退転の決意で取り組む』と政府の対応を非難した。」

 なお、24日付朝刊では毎日新聞が「知事の平和宣言」と「首相あいさつ」の全文を、朝日新聞はそれぞれの要旨を掲載。朝日新聞の平和新聞の要旨には「国民の皆様には、自ら当事者であるとの認識を深め、真摯(しんし)に考えて頂きたいと切に願っています」の一文が入っています。
 読売新聞はネット上の自社サイトに平和宣言の全文をアップしています。毎日新聞も会員向けコンテンツとして全文をアップしています。沖縄県のサイトにはまだアップされていないようです。


【写真:6月23日夕刊と24日付朝刊の朝日、毎日、読売3紙の1面】