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「完全非核化」に並ぶ「朝鮮戦争終結」の意義~朝鮮半島の苦難の現代史と日本

 韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が4月27日、板門店で会談しました。南北首脳の会談自体は史上3回目ですが、金委員長は北朝鮮首脳として初めて38度線の軍事境界線を越えて韓国側に入るなど、日本のマスメディア報道でも指摘されていることですが、全体として南北融和が強く発信された印象がありました。両者が署名した「板門店宣言」の意義は、両首脳が、完全な非核化を通して核のない朝鮮半島を実現するという共通目標を確認したこと、年内に朝鮮戦争の終戦宣言をし、休戦協定を平和協定に転換するための南北米3者、または南北米中4者会談を推進することで合意したことの2点に見出せるように思います。
 東京発行の新聞各紙(朝日、毎日、読売、日経、産経、東京)の翌28日付朝刊は、1面トップの見出しには6紙全紙が朝鮮半島の非核化を取り、朝鮮戦争終戦は脇見出しでした。備忘を兼ねて、各紙の1面の記事の主な見出しと社説を後掲の通り、書きとめておきます。
 北朝鮮の核開発は、いかなる理由からも容認できない、いわば“絶対悪”です。また米国にとっては、大陸間弾道弾ミサイル(ICBM)の開発と合わせれば大きな直接の脅威となり、その排除のためには北朝鮮への先制攻撃もトランプ政権の選択肢に含まれていると再三、伝えられてきています。日本は既に北朝鮮が実戦配備している中距離弾道ミサイルの射程に入っているとされています。これらのことからすれば、朝鮮半島で再び戦火が起こるのかどうか、という意味からも、日本の安全保障という意味からも、日本のマスメディアが今回の南北会談を巡る最重要のニュースバリューを朝鮮半島の非核化の問題に置いたのは、当然の判断です。
 板門店宣言によっても、会談後の共同記者発表の場でも、北朝鮮が核を放棄する具体的な手順やスケジュールは一切触れられておらず、それは今後の米朝首脳会談のテーマということになるようです。非核化を巡る今後については、新聞各紙の社説にも、北朝鮮をどこまで信用するか、信用できるのかを中心に、論調の温度差を読み取ることができます。
 一方の、朝鮮戦争の終戦と平和協定を巡る合意がなされたことも、わたし自身は極めて画期的なことと受け止めています。日本の現代史ともかかわる歴史的な意義という意味では、非核化にも引けを取らないと考えています。朝鮮戦争休戦(1953年)から既に65年、南北分断の始まりとなる第2次大戦での日本の敗戦(1945年)から73年、さらにさかのぼって日本による韓国併合(1910年)からは108年もの時間がたっています。日本の植民地支配35年の倍以上の時間が、日本の敗戦後に既に流れています。あえて歴史に「もし」を仮定するなら、もし韓国併合がなければ、その後の朝鮮半島の現代史は違っていたはずです。
 この73年間、日本は一度も戦争をすることなく過ごしてきましたが、その同じ時間、朝鮮半島では戦火があり、その後も民族分断が続いています。わたしにとって朝鮮半島の苦難の現代史は、そこでかつて日本が何をやったのかを知るほどに、日本人の1人として、「負い目」ともいうべき特別の思いを抱かずにはいられない対象です。「あれは昔の人たちの話。自分たちの世代に責任はない」とは思えません。
 核開発は“絶対悪”だと先に書きましたが、それにならえば朝鮮戦争の終戦は“絶対善”だろうと思います。昨年秋、朝鮮半島情勢が緊迫の度合いを強める一方の時に、日本では安倍晋三首相がそのことも理由の一つにして「国難突破解散」などとぶち上げていました。あたかも、いずれ米国の北朝鮮攻撃が十分にありうる、そうなれば選挙どころではない、だから今なのだ、と言わんばかりでした。そんなさなかでも韓国の文大統領は、絶対に朝鮮半島で戦争は起こさせないと言い続けていました。事態をここまで進展させたのはその執念からでしょうし、そこにあるのは民族分断の悲劇を終わらせたいとの強い思いなのだろうと感じます。金正恩委員長が、残虐さを指摘される独裁者だとしても、今は金委員長を交渉の相手に、朝鮮戦争の終戦、朝鮮半島の非核化の実現へ向けて文大統領が切り開いた道を、関係各国が連携して進んでいくしかないだろうと思います。そして民族分断をどう終わらせるかは、朝鮮半島の人々(在日など海外のコリアンも含めて)の選択の問題なのだろうと思います。

 以下は南北首脳会談と板門店宣言を伝える4月28日付の東京発行新聞各紙朝刊の記録です。1面の記事の見出しのほか、社説の中で印象に残ったくだりを引用しています。

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▼朝日新聞
・1面トップ「南北『完全な非核化目標』/両首脳が板門店宣言/年内終戦へ米中と協議推進」
・1面:解説「非核化 具体策示されず」
・社説「南北首脳会談 平和の定着につなげたい」戦争を終わらせる/非核化は「米朝」へ/日本も積極関与を

 このわずか数百メートルの歩みに、70年近くの分断と対立の重みがあった。金正恩・朝鮮労働党委員長はきのう、北朝鮮の最高指導者として初めて軍事境界線を越え、韓国の地を踏んだ。
 史上3度目の南北首脳会談が実現した。
 「金委員長が境界線を越えた瞬間、板門店は分断ではなく、平和の象徴になった」
 会談の冒頭で文在寅(ムンジェイン)・韓国大統領が語ったように、いまも冷戦構造が残る朝鮮半島に、新たなページが開かれつつあることを印象づけた。
 両首脳は会談後、非核化や恒久平和の定着の問題を盛り込んだ「板門店宣言」に署名した。
 文氏は今秋、平壌を訪問することが明記された。南北のトップ同士が意思疎通を深めることは望ましく、偶発事故の未然防止にもつながるだろう。
 一方で宣言の他の中身は、07年の前回に出た南北共同宣言から大きな進展はなかった。非核化も平和構築の問題も、南北だけでは解決できないという限界も浮き彫りにした。対立から和解へ。この流れを発展させるには、南北当事者と国際社会の協力が欠かせない。

 ▼毎日新聞
・1面トップ「『半島の非核化 目標』/南北首脳が板門店宣言/年内終戦目指す」
・1面「変化への備え慎重に」澤田克己・外信部長
・社説「11年ぶりの南北首脳会談 非核化への流れ 止めるな」演出された融和ムード/合意の肉付けが必要だ 

 最大の課題だった北朝鮮の核・ミサイル問題よりも、南北の融和を優先させた印象は否めない。それでも、ようやく芽生えた非核化の流れを決して止めてはならない。 
 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が南北軍事境界線のある板門店で会談し、共同宣言を発表した。
 今回の会談は、6月までに行われる米朝首脳会談を前にした「橋渡し」との位置付けだった。金委員長には、北朝鮮の外交や軍の責任者が随行していた。核問題で思い切った決断がなされるとの期待感があった。
 しかし、発表された「板門店宣言」では「完全な非核化により、核のない朝鮮半島を実現するとの共通の目標を確認した」との表現にとどまった。会談後の共同発表で、金委員長は「我々の民族の新しい未来」などと南北関係改善を強調するだけで、核問題に触れなかった。
演出された融和ムード
 「朝鮮半島の非核化」は、米国による韓国への核の傘を問題視する北朝鮮に配慮した表現だ。韓国政府は「米朝の立場をすべて考慮した現実的な方法を議論する」と説明する。議論の行方次第では在韓米軍の縮小や撤退に道を開きかねない。
 米朝首脳会談を前に原則的合意にとどめたのかもしれないが、北朝鮮の具体的な行動が盛り込まれなかったのは残念だ。
 一方宣言では、朝鮮戦争の終戦宣言を年内に行うと明記された。中でも平和協定への転換に向け「南北と米の3者ないし南北米中の4者会談の開催を積極的に推進する」との合意は目を引く。 

▼読売新聞
・1面トップ「『半島の完全非核化』合意/板門店宣言 具体策なし/朝鮮戦争 年内集結目指す/南北首脳会談」
・1面「橋のベンチ 単独会談30分」「首相『具体的行動を期待』」
・社説「南北首脳会談 非核の道筋はまだ見えない 問われるトランプ氏の交渉戦略」圧力の維持が大切だ/警戒必要な「平和協定」/日米連携を強化したい 

 北朝鮮の核実験やミサイル発射で高まっていた朝鮮半島の緊張が、南北の融和によって緩和されるのは歓迎できる。
 未知の部分が多い北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の実像が垣間見えたのも収穫だ。
 南北の合意を、6月初旬までに予定される米朝首脳会談に生かし、北朝鮮の非核化の具体的な措置に結びつけねばならない。
 ◆圧力の維持が大切だ
 韓国の文在寅大統領と金委員長が会談し、朝鮮半島の平和と繁栄、統一をうたった「板門店宣言」に署名した。南北首脳会談は3回目で、約10年半ぶりだ。
 最大の焦点である北朝鮮の核問題について、宣言は、「完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共同の目標」の確認にとどまった。金委員長の共同記者発表での発言でも、非核化に関する言及はなかった。
 北朝鮮が現有する核兵器や核関連施設について、廃棄への道筋が示されなかったのは不十分だ。
 金委員長は先に、核実験の中止や核実験場の廃棄を表明している。それ以上の非核化の措置は、米朝首脳会談を待って提示するつもりなのだろう。
 核兵器を温存したまま、対話攻勢で制裁圧力を弱めようとしているのは間違いない。
 段階的な廃棄で、制裁緩和や体制保証などの見返りを得ることも狙っているのではないか。国際社会は警戒を続けねばなるまい。
 (中略)
 気がかりなのは、宣言が、休戦状態にある朝鮮戦争の終結と平和協定への転換に言及していることだ。南北と米国の3者、または中国を加えた4者による会談を積極的に推進するとしている。
 核問題の解決のメドがつかないうちから、北朝鮮の体制の保証につながる平和協定に踏み込むのは、順序が逆ではないか。
 (中略)
 宣言に、南北間の鉄道連結などの経済協力が盛り込まれているのも看過できない。韓国が国際社会の北朝鮮包囲網に穴を開けることがあってはならない。 

▼日経新聞
・1面トップ「南北『完全な非核化』目標/両首脳 板門店宣言/年内に終戦表明」
・1面「平和構築 道のり遠く」峯岸博編集委員/「首相『動向注視』」
・社説「板門店宣言を北の完全非核化につなげよ」 

 北朝鮮の核放棄に向けた一歩となるのだろうか。韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩委員長が南北の軍事境界線のある板門店で会談し、「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島の実現」をめざすとした共同宣言を発表した。
 南北首脳会談の開催はおよそ10年半ぶりで、今回で3回目だ。
 もっとも過去2回の会談はいずれも平壌で開かれた。北朝鮮の最高指導者が軍事境界線を越え、韓国側に入ったのは初めてだ。共同宣言の署名後には、両首脳がともに記者発表に臨む演出もあった。南北融和を象徴する歴史的な出来事になったといえるだろう。
 (中略)
 北朝鮮は過去にも「非核化」や「核放棄」を約束しながら、結局はほごにしてきた経緯がある。北朝鮮に「完全な非核化」の意思が本当にあるのなら、こんどこそ米国が求めているような完全、検証可能で不可逆的な核放棄の実現につなげなければならない。
 北朝鮮が南北融和にまい進する背景には、韓国を突破口に国際的な制裁圧力を緩和する思惑があるとみられる。金委員長は先の中国訪問の際に、非核化の条件として「段階的で同時的な措置」を挙げたという。みせかけの「非核化」に向けた行動を小出しに掲げ、その度に経済支援などの見返りを求める恐れは十分あり得る。
 日米韓は引き続き北朝鮮への制裁圧力を維持しつつ、米朝首脳会談への準備を進めていくべきだ。 

▼産経新聞
・1面トップ「南北『完全な非核化』/終戦宣言 年内目指す/首脳会談、板門店宣言/日本人拉致 言及なし」
・1面「文氏自賛も具体策なし」
・1面:企画「金正恩と核―対話攻勢の行方」上「『正常国家』印象づけ画策」
・社説(「主張」)「南北首脳会談 微笑みより真の非核化を 米朝会談に向け圧力継続せよ」/「融和」にだまされるな/拉致はどうなったのか 

 韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が軍事境界線のある板門店で会談した。
 両氏が署名した共同宣言は、「南北は完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した」とうたった。年内に朝鮮戦争の終戦宣言をし、休戦協定を平和協定に転換するための会談を推進することでも合意した。
 両氏が手を携えて歩くなど、融和の演出は十二分に行われたが、これで実質的にも大きな前進があったようにとらえるのは、大きな間違いである。
 (中略)
 金氏の言動は、先の中朝首脳会談の際の態度から大きく前進したわけではない。「朝鮮半島の非核化」をうたったことにも新味はない。とりわけ、北朝鮮の核放棄に向けた具体的な道筋が示されていない点を、冷静に受け止めなければならない。
 (中略)
 満面の笑みで向き合う両氏の姿には違和感を覚えた。同じ朝鮮民族として、「分断」を終わらせたいとの思いはあるのだろう。外交儀礼の側面もある。
 だが、金氏は実力者だった叔父の張成沢氏を粛清し、兄の金正男氏を化学兵器で暗殺させた。そのような人物に、文氏は何もなかったように親しげに接した。
 北朝鮮は、日本人を含む多数の外国人を拉致し、国内では政治犯の虐待を続けている。
 (中略)
 共同宣言で注意すべきは、年内に朝鮮戦争の終戦を宣言して、平和協定を結ぶとした点だ。南北に加え、米中両国の4者協議を推進するのだという。
 在韓米軍は、在韓国連軍でもある。朝鮮戦争の終戦は、朝鮮半島の安全保障環境を根本から変えることになる。核・ミサイル問題と同様、日本の安全保障を左右する問題であり、日本が局外に置かれることは受け入れられない。

▼東京新聞
・1面トップ「『完全な非核化』明記/南北首脳が板門店宣言/『終戦』年内表明目指す」
・1面「具体化『米朝』に持ち越し」
・社説「南北首脳会談 非核化宣言を行動へ」想像できない接近/非核化で食い違い/壁がなくなる期待 

 十年半ぶりに開かれた南北首脳会談で、焦点となっていた核問題は、「完全な非核化」で双方が合意し、宣言文に盛り込まれた。次は実行に移す段階だ。
 これほど南北の距離が縮まり、首脳会談、そして共同記者会見まで行われるとは、誰も想像できなかったに違いない。
 (中略)
 まず北朝鮮を対話に導いた文在寅(ムンジェイン)・韓国大統領の粘り強い努力を高く称賛したい。
 韓国側で会談に応じた正恩氏の決断も評価したい。
 その上で、首脳会談後に発表された「板門店宣言」を見ると、不十分な点もある。
 会談の最大の焦点だった「非核化」については、「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した」という表現になった。
 (中略)
 宣言は、南北の食い違いを残したまま意見を折衷した。それでも正恩氏の非核化への意思を、文書化できたことは価値がある。
 合意文を土台に、北朝鮮はできるだけ早く、核施設の公開、査察の受け入れといった具体的行動に進むべきだ。実行がなく理念ばかりなら、米朝首脳会談は不調に終わってしまう。
 (中略)
 朝鮮戦争後に「国境」として設置されたのが「非武装地帯(DMZ)」だ。
 その中にある板門店(パンムンジョム)の軍事境界線を午前九時半、正恩氏が徒歩で越え、文氏と握手した。
 ◆壁がなくなる期待
 板門店は、朝鮮半島の希望と悲劇の縮図だった。鉄条網なしで南北が接触する場所として設けられ、多彩な交流が実現した。一方で、乱闘、銃撃、地雷の爆発が起き、多くの人命が失われている。
 二人はその後、高さ五センチ、幅五十センチのコンクリート製境界線をまたぎ、今度は北朝鮮側に立った。
 わずか十秒の出来事だったが、南北の壁が取り払われる予感を感じた人も多かったに違いない。世界は歴史の瞬間を目撃した。裏切らないでほしい。