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組織ジャーナリズムに身を置き40年余

相模原の障害者殺傷事件から2年

 神奈川県相模原市の障害者施設「やまゆり園」で19人が殺害された事件から7月26日で2年です。東京発行の新聞各紙も26日付の朝刊で関連の記事を掲載しています。
 各紙の記事から伝わってくるのは、犠牲者の家族の癒えることのない悲しみです。その中で朝日新聞は、当時60歳の姉を失った59歳の男性を取材し、拘置所での植松聖被告との接見にも記者が同席しました。初めての接見は1年前。男性はこの1年で、被告に対する感情が変化した一方、被害者の氏名が匿名のままになっていることに対して「『遺族が被害者の実名を明かさないから、被害者は命を奪われただけでなく、この世に存在した事実さえ消し去られている』と言われている感じがして、葛藤を覚えるようになった」とのことです。「実名を出すことは、生きた証しを残すことにもなる」として、男性は家族の了承を得て、名前の「宏美さん」を明らかにしました。
 読売新聞は1面から社会面まで大きく展開。特に目にとまったのは「やまゆり園」入所者の家族ら36人に取材した第2社会面の記事です。被告の公判でも被害者側の意向によっては、被害者は匿名で審理されます。「障害者差別の歴史を考えれば、事件が起きてなお、怖くて名前も顔も出せない人がいるのは当然」との声の一方で「1人の人間なのだから隠す必要はない。被害者だって悔しいはず」との反対の声があることなどを伝えています。
 事件の発生当初から、犠牲者を実名で報じるか匿名とするかの問題は、論議が続いています。神奈川県警は現在に至るまで実名は発表しておらず、各メディアが独自に取材を続けています。実名で報道すべき、というのが新聞各紙の基本的な立場ですが、実際に遺族への取材を続けている中で、理屈だけで割り切って判断できる問題ではありません。いずれにしても、家族らが社会に対して何かを訴えたいときには、マスメディアはその受け皿たり得る、そういう存在でありたいと、マスメディアの内部に身を置く1人として考えています。
 各紙とも接見や手紙を通じて、植松被告本人への取材も続けています。重度の障害者に対する考え方と主張は変わることがないようです。それを認めるわけにはいきませんが、一方で、被告に固有の、社会一般の大多数の人には理解不能で特異な主張かと言えば、そうではないようにも思います。東京新聞は社会面で、旧優生保護法の下で障害者に行われた強制不妊手術の問題と重なり合うことを指摘しています。実はわたしたちの社会では、優生思想や障害者差別につながる考え方や発想は決して珍しくはなく、そういうものに出会った時には、見過ごしたり、他人ごとととらえることなく、一つ一つに向き合わなければならないと思います。
 以下に、各紙の26日付朝刊の主な記事の見出しを書きとめておきます。

▼朝日新聞
・社会面トップ「やまゆり園 宏美さんは生きた/事件2年 姉失った男性向き合う/植松被告と面会重ね 憎しみよりも『更生してやり直そう』」実名が証しに/青空はいいよ

▼毎日新聞
・社会面トップ「写真の娘 そばに居る/浴衣姿や好物ほおばる顔/母の喪失感は埋まらず」ワッペン「もう二度と 相模原殺傷事件2年」

▼読売新聞
・1面「相模原殺傷2年/『やまゆり園』解体進む」
・11面(解説面)論点スペシャル「相模原殺傷2年 共生への課題」:「優生思想 形変えて今でも」日本障害者協議会代表・藤井克徳氏/「隔離せず互いに理解を」コラムニスト伊是名夏子氏/「人の息吹 もっと感じて」NPO法人ハイテンション代表・かしわ哲氏
・社会面トップ「優しい兄 奪われた/風化恐れ 思い語る遺族」/「植松被告 主張変えず/接見・書面 取材に応じ」
・第2社会面「匿名審理 意見分かれる/家族の心境 依然複雑」

▼日経新聞
・社会面トップ「元入所者、揺れる思い/『地域と共生』『施設戻る』」/「あれしか方法なかった 障害者は金かかる/植松被告、正当化なお」

▼東京新聞
・1面「公判日程なお未定/相模原殺傷 責任能力めぐり争い」ワッペン「『やまゆり園』事件から2年」
・社会面トップ「施策と事件 重なる/国の強制不妊も植松被告も/手術女性の義姉 過ち認めぬ姿が差別助長」

 解体工事中のやまゆり園の現地では26日、献花台が設けられ、訪れた人たちが手を合わせたと報じられています。ただ夕刊で大きく報じられたのは、この日午前のオウム真理教元幹部6人の死刑執行でした。6日に松本智津夫(教祖名・麻原彰晃)ら7人が処刑され、わずか20日間に計13人が処刑されました。そのことも書きとめておきます。